2015年9月14日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10277 不服審判 拒絶審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年9月10日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 高 部 眞 規 子
裁判官 柵 木 澄 子
裁判官 鈴 木 わ か な

「 2 取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
(1) 新規事項の追加について
原告は,「蛇腹方式」の隔壁は,本願当初明細書等の【0013】に記載された「折りたたみ形式」の隔壁の一態様であるといえるものであり,このことはその記載から容易に理解されることであるから,本件審決が,本件補正後の請求項13に係る補正事項は新規事項の追加に該当する旨判断したのは誤りである旨主張する。
 本願当初明細書等には,特許請求の範囲の請求項3に「前記隔壁が,高さ及び/又は長さにおいて調整可能な隔壁である」との記載,請求項17に「該隔壁が,引き戸方式及び/又は折り畳み方式で長さが可変となっている」との記載,【0013】には「例えば,引き戸や折りたたみ形式或いはそれらを組合わせた,長さが可変である隔壁とすることもできる。長さが可変である場合には,移動する隔壁底部に戸車を使用する必要がある。特に,引き戸形式又は折り畳み形式である場合は,先端部近傍に取っ手を付けておくことにより,開閉可能な扉として機能させる上で好都合である。」との記載があるものの,「蛇腹方式」を用いた隔壁は記載されていない。また,本願当初明細書等の記載から,「蛇腹方式」を用いた隔壁であることが自明であるともいえない
 したがって,本件補正後の請求項13に係る補正事項(「蛇腹方式で長さが可変となっている隔壁」との事項の追加)は,新たな技術的事項を導入するものであって,本願当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものであるとは認められない。
 そうすると,本件審決が,本件補正後の請求項13に係る補正事項は新規事項を追加するものであるとして,上記補正事項を含む本件補正は,特許法17条の2第3項の規定に違反するものであると判断した点に誤りはない。」
「(1) 相違点1の容易想到性について
ア 本願発明1と引用発明とは,本願発明1の「隔壁」が,「少なくとも,ベッド本体部高さの3倍以上の高さを有する」ものであるのに対し,引用発明の「ベッド壁3」は,「ベッド本体2の約2倍の高さに形成され」ている点(相違点1)において相違する。
イ 引用発明は,広い寝室等に設置するだけで,ベッドとその他のゾーンとを開放感を持たせつつ区切ることができるベッドを提供することを目的とするものであり,ベッド本体の外周部の一部を除いて,ベッド本体の外周に沿って立設され,かつ,ベッド本体より高く形成されたベッド壁を設けることにより,引用発明のベッド1を寝室に設置するだけで,ベッドと,その他のゾーンとを開放感を持たせつつ区切ることができ,引用発明のベ
ッド1が設けられた住居によれば,寝室を間仕切り壁等を用いることなく, 開放感を持たせつつ区切って,有効利用することができるというものである。
 そして,引用発明のベッド1は,引用例の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明の実施例に相当するところ,請求項1は「ベッド壁は,・・・ベッド本体より高く形成されている」と規定するのみで,ベッド壁がベッド本体部の高さに比べどの程度高く形成されているものであるのかやベッド壁の高さの上限については具体的に規定していない。また,引用発明のベッド1を設けた住居は,引用例の特許請求の範囲の請求項3に記載された発明の実施例に相当するところ,引用例には,引用発明のベッド1を寝室12に設けることにより,「ベッド壁3によって,寝室12を区切って,サンルームとなるゾーン14と,書斎となるゾーン20と,化粧室となるゾーン16とを区切った」実施例が記載されているが(【0016】,【0018】),請求項3には「ベッド壁と寝室の内壁との間に所定目的の居住空間が設けられている」と記載されており,ベッド壁により区切られる空間の用途も特に限定されていない。
 そうすると,引用発明において,ベッド壁3の高さをどの程度のものとするかは,これを設置する寝室の広さや天井の高さ,ベッド壁3により区切られる居住空間(ゾーン)の用途,居住者(当該寝室を使用する者)の特性等を考慮しながら,当業者が適宜設定し得る設計的事項であるというべきである
ウ そして,本願発明1の隔壁の高さは,「少なくとも,ベッド本体部高さの3倍以上の高さ」であると規定されているが,本願明細書中には,ベッド本体部の高さや隔壁の高さについて,具体的数値に言及した記載は存しないから,そもそも,本願発明1は,その隔壁の高さの下限値を具体的数値をもって規定したものではなく,さらに,「少なくとも,ベッド本体部高さの3倍以上の高さ」に規定することに関しても,僅かに「隔壁の高さは,ベッドとしての機能を維持する観点から,ベッド本体の高さの3倍以上であることが必要である。」(【0013】)との記載があるのみで,「ベッド本体部高さの3倍以上」という範囲を選択した数値的な根拠や,当該範囲外の場合と比較して,当該範囲内の場合に顕著な作用効果を奏すると認められるに足りる十分な検証結果等が記載されているわけではない。
 したがって,本願発明1において,隔壁の高さを「少なくとも,ベッド本体部高さの3倍以上の高さ」であると規定したことに格別の技術的意義があると認めることはできない
 加えて,引用発明の「ベッド壁3」は,「ベッド本体2の約2倍の高さに形成され」ているものの,引用例中にも,ベッド本体2の高さやベッド壁3の高さについて,具体的数値に言及した記載は存しないところ,ベッド本体部の高さは,その用途(子供用か大人用か)やデザイン等によっても一様でないことは明らかであるから,本願発明1における隔壁の高さ(「少なくとも,ベッド本体部高さの3倍以上の高さを有する」)と引用発明における「ベッド壁3」の高さ(「べッド本体2の約2倍の高さに形成され」)の関係も,常に前者が後者を上回るというような,一様なものではないこと,本願発明1の「隔壁」も引用発明の「ベッド壁3」も,いずれも,その上端と天井との間に,開放感が得られる程度の間隙がある状態で部屋を複数の領域に分ける機能を有する壁(仕切り)であることに照らせば,引用発明において,ベッド壁3の高さをベッド本体2の高さの3倍以上とすることに阻害要因があるとはいえない。
エ 以上によれば,引用発明において,相違点1に係る本願発明1の構成を備えるようにすること,すなわち,「ベッド壁3」の高さを「少なくとも,ベッド本体部高さの3倍以上の高さを有する」ようにすることは,当業者が容易に想到することができたものであると認められる。
(2) 相違点2の容易想到性について
ア 本願発明1の「ベッドが有する足に移動用のキャスターが設けられて」いるのに対して,引用発明は,その点につき明らかでない点(相違点2)において相違する。
イ 甲8(特開2001-128795号公報)の【0012】,図1,図4,甲3(特開2007-2541号公報)の図7,甲9(特開2007-332685号公報)の図7,図8には,足を有し,該足に移動用のキャスターを設けたベッドが開示されており,ベッドを移動させるために,ベッドに足を設け,該足に移動用のキャスターを設けることは,本願の出願前に,当業者において周知慣用手段であったと認められる
ウ そして,引用例には,「ベッドを寝室に設置するだけで,ベッド壁によって,ベッドと,その他のゾーンとを開放感を持たせつつ区切ることができる。」(【0009】),「寝室12に設けられている各種機能,設備等によって,ベッド1の設置場所を変えて,ベッド壁3によって区切るゾーンを変更することにより,部屋の空間および雰囲気を可変とすることができる。」(【0019】)などと,引用発明のベッド1が一旦設置した場所から他の場所に移動され得るものであることを示唆する記載があるから,引用発明において,ベッドを移動させるための周知慣用手段である,ベッドに足を設け,該足に移動用のキャスターを設けるという構成を採用することには動機付けがあるというべきである。
エ 以上によれば,引用発明において,相違点2に係る本願発明1の構成を備えるようにすること,すなわち,「ベッドが有する足に移動用のキャスターが設けられて」いるようにすることは,当業者が容易に想到することができたものであると認められる。」

【コメント】
1 補正却下の対象となった,クレーム13は以下のとおりです。

【請求項13】前記開閉可能な隔壁が,蛇腹方式で長さが可変となっている隔壁である,請求項10~12の何れかに記載された隔壁付きベッド用隔壁。

 明細書を見るとわかりますが,長さを可変とするのに,引き戸形式又は折り畳み形式のものの開示しかありません。蛇腹方式はこれらとは異なった方式であることとは確かです。ただ,折り畳み形式の下位概念と言えないことはなく,下位概念への補正が問題となるわけです。
 で,この下位概念への補正は,記載のない限り,伝統的に認められにくいものです。ですので,これは従来の扱いのとおりです。記載があっても,単に羅列されていたもののうち一個を選ぶ,のような補正も,認められない場合があると思います。
 
 他方,上位概念への訂正(補正)を認める例としては,平成26年(行ケ)10087号(知財高裁平成27年1月28日判決)があります。他の要件(限定的減縮)を満たすのであれば,上位概念化でも補正が新規事項追加とならないこともある,というのは覚えておいて損はないでしょう(いつもOKとは限りませんが。)。

2 進歩性欠如の対象となった,クレーム1は以下のとおりです。


 【請求項1】部屋を分割するために使用される隔壁付きベッドであって,ベッドの一つの側面,又は(逆)L字型を構成する二つの側面に,少なくとも,ベッド本体部高さの3倍以上の高さを有する,間仕切り用の隔壁を設けてなると共に,前記ベッドが有する足に移動用のキャスターが設けられてなることを特徴とする隔壁付きベッド。


 引用例との一致点相違点は以下のとおりでした。

イ 本願発明1と引用発明との一致点
部屋を分割するために使用される隔壁付きベッドであって,ベッドの(逆)L字型を構成する二つの側面に,間仕切り用の隔壁を設けてなる,隔壁付きベッド。
ウ 本願発明1と引用発明との相違点
(ア) 相違点1
本願発明1の「隔壁」が,「少なくとも,ベッド本体部高さの3倍以上の高さを有する」ものであるのに対し,引用発明の「ベッド壁3」は,「ベッド本体2の約2倍の高さに形成され」ている点。
(イ) 相違点2
本願発明1の「ベッドが有する足に移動用のキャスターが設けられて」いるのに対して,引用発明は,その点につき明らかでない点。


 要するに,間仕切り用の隔壁の高さと,ベッドのキャスターしか相違点が無かったのです。

 これはちょっと厳しいかなと感じます。
 本願発明では,3倍とあるので,数値限定発明ですから,引用例とその数値しか違いがなければ,その数値に臨界的意義が必要であることが求められます。 そして,その数値に特段意義がなければ,進歩性はなしとなるでしょう。
 他方,足のキャスターはこれは言わずもがなの慣用技術ですので,実質的な差はない所です。
 以上のとおりですので,この発明はなかなか登録するのが難しいものと言えましょう。