2015年9月28日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10026 無効審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年9月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 柵 木 澄 子

「 (2) 本件発明1について
 そこで,本件発明1が引用発明1-1に基づき容易に発明をすることができたかについて判断するに,事案に鑑み,まず,相違点2の容易想到性について検討する。
ア 前記1(2)のとおり,本件発明1は,従来のフェライト系ステンレス鋼をベースとし,高温水蒸気雰囲気に曝される石油系燃料改質器の環境を考慮して,加熱初期の酸化皮膜を強化するとともに,中温から高温域での高温強度を改善し,常温から900℃前後の高温に至る温度域で,水蒸気等を含む酸化性の雰囲気に曝され,水素の需要に応じて加熱・冷却が頻繁に繰り返される過酷な環境下で十分な耐久性を呈するとの改質器の要求特性を満足する燃料電池用石油系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼を提供することを目的とし,かかる課題を解決する手段として,本件発明1の特許請求の範囲請求項1の構成を採用することにより,Cr系酸化物が安定化した酸化皮膜が表面に形成され,高温雰囲気に長時間曝された状態でも酸化皮膜が優れた環境遮断機能を呈し,高温水蒸気雰囲気下での酸化や硫化が防止され,また,組織強化により優れた耐熱疲労特性が維持されるため,過酷な高温水蒸気雰囲気下で稼動され,高温から常温の広い温度域にわたって加熱・冷却が繰り返される燃料電池用石油系燃料改質器に好適な材料として使用されることができるとの効果を有するものである。
 これに対して,前記(1)のとおり,引用発明1-1は,排気ガスによって強い酸化を受けるととともに繰り返し加熱と冷却(約50℃から850℃の範囲で変化する)を受け,引っ張り応力と圧縮応力を交互に受ける自動車エンジンのマニホールドの材料として,自動車エンジンの高出力化及び高効率化に伴って排気ガス温度が900℃を超えるものについても,良好な加工性と溶接性を備えるとともに,優れた耐酸化性と耐熱疲労特性を有する自動車エンジンのマニホールドなどに好適なフェライト系ステンレス鋼を提供することを目的とし,かかる課題を解決する手段として,耐熱疲労特性を高めるためにC含有量をできるだけ低くし,炭化物の結晶粒界への析出を少なくし,やむを得ず析出するものは結晶粒内に広く分散させ,所定温度域での脆化を防止するとともに耐酸化性を向上させるために,Crの含有量を減らすと同時に適正量のAlを含有させることで,高い耐熱疲労特性と耐酸化性を兼備させることができるとの知見に基づき,特許請求の範囲記載のフェライト系ステンレス鋼とすることにより,加工性がよく,しかも高温環境における耐酸化性と耐熱疲労特性がともに優れ,最近の高性能化された自動車エンジンのマニホールドなどの材料として最適であるとの効果を生じるものである。
 そして,当業者が,引用発明1-1に基づいて,引用発明1-1に開示されたフェライト系ステンレス鋼を,本件発明1の燃料電池用石油系燃料改質器の用途に使用することを容易に想到できたか否かを判断するに当たっては,引用発明1-1に係るフェライト系ステンレス鋼について,これを本件発明1の燃料電池用石油系燃料改質器用のフェライト系ステンレス鋼に用いることについての動機付けがあり,本件発明1の上記の高温水蒸気耐酸化性,耐熱疲労特性,高温強度を備えるものとすることを容易に想到し得るかを検討しなければならない。
 イ 引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼は,自動車エンジンのマニホールドなどの材料に好適なものとされており,引用例1には,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器の部材として使用することについての記載も示唆もない。・・・
オ 引用発明1-1に基づく容易想到性について
(ア) 前記アないしエによれば,引用例1には,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器の部材として使用することについての記載も示唆もない上,当業者であっても,引用発明1-1に係るフェライト系ステンレス鋼が,少なくとも燃料電池用石油系燃料改質器に要求される高温水蒸気耐酸化性及び耐熱疲労特性を備えるものと予測することは困難であるから,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器に用いることについての動機付けがないというべきである。
 そうすると,当業者が,引用発明1-1に基づいて,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼を,燃料電池用石油系燃料改質器に用いることを容易に想到し得たということはできない。」

【コメント】
 引用発明については,2系統あるのですが,そのうち1系統のみ示します。進歩性を有するという論理付けが,双方で基本同じでしたので。

 本件発明1は以下のとおりです。
【請求項1】
Cr:8~35質量%,C:0.03質量%以下,N:0.03質量%以下,Mn:1.5質量%以下,S:0.008質量%以下,Si:0.8~2.5質量%及び/又はAl:0.6~6.0質量%を含み,更にNb:0.05~0.80質量%,Ti:0.03~0.50質量%,Mo:0.1~4.0質量%,Cu:0.1~4.0質量%の1種又は2種以上を含み,残部がFe及び不可避的不純物からなり,Si及びAlの合計量が1.5質量%以上に調整された組成を有していることを特徴とする燃料電池用石油系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼。

 つまり,ある特殊用途(燃料電池用石油系燃料改質器用)の合金(鉄系)の発明です。
 他方,引用発明1-1との一致点・相違点は,以下のとおりです。
ア 一致点
Cr13.27%,C0.005%,Mn0.52%,Al2.02%,Nb0.10%,Ti0.06%を含み,残部がFe及び不可避的不純物からなり,Si及びAlの合計量が2.51%に調整された組成を有しているフェライト系ステンレス鋼

イ 相違点
(ア) 相違点1
本件発明1がN:0.03%以下,S:0.008%以下と規定しているのに対して,引用発明1-1がこれらを規定していない点
(イ) 相違点2
本件発明1が燃料電池用石油系燃料改質器用と規定しているのに対して,引用発明1-1がこれらを規定していない点

 上記のとおり,重要なのは,相違点2です。つまり,用途が全然違うということが重要なわけです。
 本件発明1が,燃料電池用石油系燃料改質器用で,他方,引用発明1-1は, 自動車エンジンのマニホールド用(排気ガスの出るパイプがグニャグニャしている部分です。)で,かなり用途が違うのですね。
 そうすると,どのような化学組成の気体,圧力,頻度,時間に耐えればよいかなどの点に大きな違いがあることが容易に推察されます。
 この点,用途発明の技術的範囲の認定と,発明の要旨認定の件について,PBPクレームと同様の論点もあるのですが(客観的構成以外のものが構成要件に入り込んでいる点),PBPクレームとは異なり, 技術的範囲の認定と,発明の要旨認定との間に齟齬がありませんので(例えば,裁判所と特許庁審査の間で),大きな問題とはなっておりません。
 ですので,今回,進歩性の論点に当たり,客観的構成の差異の方ではなく(客観的構成も異なりました。),用途の差異に着目して, 判示したというのは実に着目すべき点ではないかと考えます。