2015年9月7日月曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)7548 東京地裁 請求認容

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成27年8月25日
裁判所名
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩 二
裁判官 清野正彦
裁判官 藤原典子

「1 争点(1) (構成要件Cの充足性について)
 証拠(甲6,7)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品には,非シリコーン系オイルであるグリセリントリ脂肪酸エステル及び乳化剤であるエタノールアミン塩が含まれていること,エタノールアミン塩は炭素数8~24の脂肪酸とエタノールアミンとの中和物であり,エタノールアミンはアミン化合物であることが認められる。
 したがって,被告製品は,構成要件Cを充足する。 これに対し,被告は,①構成要件Cにいう「アミン化合物」はモルホリンのみをいい,また,②乳化剤として脂肪酸とアミン化合物との中和物のみを含むと解釈すべき旨主張するので,以下,検討する。
ア ①について
 本件明細書(甲2)における実施例及び参考例はいずれもアミン化合物としてモルホリンを用いているが(実施例として段落【0056】~【0075】,参考例として段落【0081】〔表2〕),発明の詳細な説明中の【発明を実施するための形態】欄には,「上記アミン化合物としては,モルホリン,アンモニア,エチレンジアミン,エタノールアミン,ジエタノールアミン,トリエタノールアミン,ジイソプロパノールアミン等が挙げられる。これらは単独で用いても,複数を混合して用いてもよい。これらの中でも,アミン化合物としては,乳化安定性の観点から,モルホリン,ジエタノールアミン又はトリエタノールアミンであることが好ましい。」との記載があり(段落【0040】),モルホリン以外のアミン化合物が明記されている。
 また,モルホリン以外のアミン化合物を用いた場合には本件発明の作用効果を奏しなくなることをうかがわせる証拠はない。
 被告の主張は,特許請求の範囲にいう「アミン化合物」を実施例に限定するべき旨をいうものであり,失当というほかない。

イ ②について
 本件発明の汚染防止剤組成物は,特許請求の範囲の記載上,非シリコーン系オイルと乳化剤とを含有すること(構成要件B)及び上記乳化剤が脂肪酸とアミン化合物との中和物であること(同C)を要件とするものであるが,これらを満たすものであれば,それ以外の成分(脂肪酸とアミン化合物との中和物以外の乳化剤を含む。)を含有することが構成要件充足性の妨げになるものではない。
 また,特許メモがその性質上特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するための資料となるか否かはさておき,本件特許メモ(乙1)には,「乙2文献には,汚染防止剤組成物において,乳化剤としてオレイン酸モノエタノールアミド等の脂肪酸とアミン化合物との中和物やアルキレンオキサイド化合物等の多数の化合物を併用することにより,汚染防止剤組成物の貯蔵安定性が向上する旨が記載されているものの,多数の化合物の中から,脂肪酸とアミン化合物との中和物を選択し,単独で用いることは記載も示唆もされていない」旨の記載があるところ,これは,乙2文献中の実施例4(段落【0033】,【表1】)が,乳化剤としてアルキレンオキサイド化合物,ポリオキシエチレン(6)ソルビタンモノオレエート,オレイン酸モノエタノールアミド及びポリオキシエチレン(5)セチルエーテルを用いていることを踏まえた記載と解される。しかし,オレイン酸モノエタノールアミドはオレイン酸(脂肪酸)のアミド化合物であり,アミン化合物との中和反応によって生じる中和物ではない(弁論の全趣旨)。したがって,本件特許メモを作成した審査官が本件発明の特徴を「脂肪酸とアミン化合物との中和物を単独で用いること」にあると認識していたとしても,これを根拠に構成要件Cの乳化剤を脂肪酸とアミン化合物との中和物のみに限定して解釈することは困難である。
 さらに,本件明細書は,乳化剤について,「乳化剤は,脂肪酸とアミン化合物との中和物であることがより好ましい。」(段落【0038】),「非シリコーン系オイルに脂肪酸を溶解し,一方で,水にアミン化合物を溶解する。そして,脂肪酸を溶解した非シリコーン系オイルを,アミン化合物を溶解した水に加えて乳化させる(直接乳化法)。これにより,オイル層と水層との境界において,脂肪酸とアミン化合物との中和反応が生じると共に,オイル層と水層とが乳化する。」(段落【0044】),「上記実施形態に係る汚染防止剤組成物の製造方法の乳化工程においては,(中略)脂肪酸を溶解した非シリコーン系オイルに,アミン化合物を溶解した水を投入して乳化させる方法(反転乳化法)を用いてもよい。」(段落【0054】)と記載するのみで,被告主張のように乳化剤を脂肪酸とアミン化合物との中和物のみに限定して解釈すべき根拠となる記載は見当たらない。
 以上によれば,前記②の被告主張は採用することができない。」

【コメント】
 クレームは以下のとおりです。
A 抄紙工程のドライパートにおけるピッチ汚染を防止する汚染防止剤組成物であって,
B 非シリコーン系オイルと,該非シリコーン系オイルを乳化させる乳化剤と,を有し,
C 前記乳化剤が,脂肪酸とアミン化合物との中和物である
D 汚染防止剤組成物。

 問題になったのは構成要件Cですが,乳化剤がどんなものか問題になったのでした。
 これに対して,被告製品の乳化剤は, エタノールアミン塩が含まれ,このエタノールアミン塩は,脂肪酸とアミン化合物の中和物でありました。
 だとすると,即, 構成要件充足性あり!と判断されそうですが,被告は,アミン化合物について,実施例記載のホルマリンのみに限定されると主張し(これが判旨の①の主張),また,構成要件Cの乳化剤以外にも他の乳化剤(グリセリンモノ脂肪酸エステル)を含有するのだから,Cの構成要件「のみ」に限る本件特許の技術的範囲には入らない(これが判旨の②の主張)と主張したのでした。

 判旨は,上記のとおり,①の主張について,実施例に限る根拠なしとこれを排除し,②についても,いわゆるオープンエンド型クレーム(特段の縛りはありませんから。)と解釈してこれを排除しました。
 文言侵害は確実な場合,これを避けるために, クレーム解釈を争うことはあまり得策と言えないようです。何とか必死で無効論を構築するしかなさそうです。