2015年10月9日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10176 無効審判 無効審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年10月8日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 柵 木 澄 子

「 (1) サポート要件の判断基準について
 特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。特許法36条6項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2) 本件発明について
 ・・・
(3) 本件発明の課題について
 本件明細書の【0001】によれば,本件明細書に記載された発明は,光電子デバイスのうち,燐光ドーパント化合物を含む発光層を有する有機発光デバイスに関するものであるということができる。
 そこで,本件明細書の発明の詳細な説明における「燐光ドーパント化合物を含む発光層を有する有機発光デバイス」に関する記載に着目して,本件発明の課題について検討するに,本件明細書の【0027】には,有機発光デバイス中に生じた励起子の大部分が非発光三重項電子状態になり,そのような三重項状態の形成は,有機発光デバイスの励起エネルギーの基底状態への無放射遷移による実質的な損失を与える結果になるが,この励起子三重項状態を通るエネルギー遷移経路を利用することにより,例えば,励起子三重項状態のエネルギーを発光物質へ移行させることにより,全有機発光デバイスの量子効率を向上させることが望ましいところ,励起三重項状態からのエネルギーはある環境下で燐光発光分子の三重項状態へ効果的に転移させて,全有機発光デバイスの量子効率を向上させることができることは知られているが,燐光消滅速度が,表示デバイスで用いるのに適切になるほど十分速いものとは考えられていなかったという従来のデバイスの問題点に対処した有機発光デバイスを提供することが記載されている。そうすると,本件発明の課題は,「非放射性励起子三重項状態のエネルギーを励起子三重項状態のエネルギーに移行させ,励起子三重項状態から燐光放射線を発光し,かつ,その燐光消滅速度が表示デバイスで用いるのに適切になるほど十分速い,有機発光デバイスを提供すること」であると認めるのが相当である。
(4) 本件優先権主張日当時の有機発光デバイスにおける燐光発光に関する技術常識について
 ・・・ある金属錯体を用いた燐光発光を示す有機発光デバイスにおいて,金属錯体の金属イオンを別のものに変えても,同様な燐光発光特性を有する有機発光デバイスが得られるとの技術常識は確立されていなかったということができる。
(5) 本件発明の課題を解決できると認識できる範囲について
 ・・・しかし,前記(4)のとおり,ある金属錯体を用いた燐光発光を示す有機発光デバイスにおいて,金属イオンを別のものに変えても,同様な燐光発光特性を有する有機発光デバイスが得られるとの技術常識は確立されていなかったことを考慮すると,一般式【化45】において,【0175】に記載された「M1は,二価,三価,又は四価の金属」のうちどのような金属を選択すれば,ホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーを励起子三重項状態のエネルギーに移行させ,励起子三重項状態から燐光放射線を発光し,かつ,燐光消滅速度が表示デバイスで用いるのに適切になるほど十分速くなるのか,当業者にとって自明であるということはできない。
 したがって,M1がPtとは異なる一般式【化45】の構造を有する燐光化合物をドーパントとして用いた有機発光デバイスは,当業者において,本件発明の課題を解決できることを認識し得たということはできない。
エ さらに,本件明細書の【0183】~【0186】には,【化46】の構造を有する燐光化合物が記載されているところ,【化46】の構造を有する燐光化合物は,M1がPtであり,一般式【化45】に包含される構造を有することから,PtOEPと同様な燐光特性を示し,燐光消滅速度が表示デバイスで用いるのに適切になるほど十分速く,本件発明の課題が解決できるものと認識できる。
 また,本件明細書の【0187】~【0189】には,【化47】の構造を有する化合物が,本件発明の有機発光デバイスに用いることができる旨記載されていることから,【化47】の構造を有する燐光化合物をドーパントとして用いた有機発光デバイスは,PtOEPと同様な燐光特性を示し,燐光消滅速度が表示デバイスで用いるのに適切になるほど十分速く,本件発明の課題が解決できるものと認識できる。
オ 前記アないしエによれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先権主張日当時の技術常識に照らせば,本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるのは,【化43】,【化44】の構造を有するPtOEP,一般式【化45】においてM1=Ptである燐光化合物,【化46】又は【化47】の構造を有する燐光化合物をドーパントとして用いた有機発光デバイスであると認められる。
(6) 本件発明のサポート要件の適合性について
 本件発明には,燐光材料の構造に関わらず,「電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室温において発光する有機発光デバイス」は,全て包含される。
 しかし,前記(5)オのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先権主張日当時の技術常識に照らして,当業者が本件発明の課題を解決できると認識できるのは,【化43】,【化44】の構造を有するPtOEP,一般式【化45】においてM1=Ptである燐光化合物,【化46】又は【化47】の構造を有する燐光化合物をドーパントとして用いた有機発光デバイスであると認められる。
 したがって,燐光材料の構造が特定されていない本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先権主張日当時の技術常識に照らして,当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えており,サポート要件に適合しないというほかない。」

【コメント】 
 本件は,サポート要件が問題となりました。
 クレームは, 請求項1で,以下のとおりです。
【請求項1】
 発光層を有する,エレクトロルミネッセンスを生ずることができる有機発光デバイスであって,
 前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料のドーパントとして用いられる燐光材料とからなり,
 前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前記電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室温において発光する有機発光デバイス。
 要するに有機ELのデバイスに関するものです。 

 審決は,以下のとおり判断しております。
本件明細書の記載において,課題を解決できると認識できる範囲,又は,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲は,「発光層を有する,エレクトロルミネッセンスを生ずることができる有機発光デバイスであって,前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料のドーパントとして用いられる燐光材料とからなり,燐光材料が,【化44】…,【化45】…,【化46】…,又は,【化47】…であり,前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前記電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を発光する有機発光デバイス」であって,励起子三重項状態から燐光放射線を発光する有機電界発光材料として見いだされたのは,上述の【化44】~【化47】(ただし,M1は白金である。)のみである。これに対して,本件発明は,ドーパントとして用いられる燐光材料として,具体的な材料が何ら限定されていないことは明らかであるところ,ドーパントとして用いられる燐光材料として,具体的な材料が何ら限定されていない本件発明には,例えば,金属を考えてみても,Eu,Gd,Ru,Ir等というPt以外の金属が広く含まれることになる。してみると,本件発明は,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいうことはできず,発明の詳細な説明の記載の範囲を超えているものである。

 つまりは,明細書中には,ドーパントとして用いたのは,白金を含む燐光材料だけの記載しかなかったのに,クレームは,広く別の金属を含む燐光材料までのものだったのですね。

 そして,技術常識からしても,明細書記載以外の何の金属を用いたら発明の課題を解決できるか全くわからないということでもありました。

 そうすると,これはなかなか厳しいです。

 なお,規範は,もう10年前になりますか,いわゆるパラメータ事件判決の規範そのままです。

 ところで,この程度と言いましょうか,無効事由があることが比較的わかりやすい事案だと思いますので,現在でしたら異議申立ての方で決着がつくのではないかと思われます。