2015年11月13日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10037 無効審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年11月10日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清 水 節
裁判官片 岡 早 苗
裁判官新 谷 貴 昭 
「 イ 「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の
内部に位置し」ていることについて
(ア) 原告は,甲1に記載された「半球状凸曲面10dの半径」は,下図の青色の矢印で示した箇所の長さを指すことが明らかであると主張する。

そして,原告は,甲1の「略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10b」という記載(【0017】)は,フランジ部10bが半球状凸曲面10dよりも外側に延びていることを意味するにすぎないとした上で,「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも大きくも設定可能である。」という記載(【0018】)は上図の構成だけでなく下図の構成も可能であることを意味すると主張する。
 
 確かに,半球状凸曲面10dの半径は,あくまでも,「凸曲面」の「半径」であるから,原告が主張するとおり,半球状凸曲面10dをその一部として含む仮想円(仮想球面)の半径(つまり,上記2つの図の青色の矢印で示した線分の長さ)を意味すると解される。また,半球状凸曲面10dは,「ピストン6のピストン連結部6aの内側面に形成されている半球凹状の摺接面6bに摺接する」(【0017】)から,半球状凸曲面10dの半径は,明らかに,ピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径と同じかそれより小さくなければならない。すなわち,甲1には,半球状凸曲面10dを含む仮想球面が,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置することが,記載されている。
 しかし,甲1の「略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10b」という記載(【0017】)は,フランジ部10bが半球状凸曲面10dよりも外側に延びていることを意味する。そして,甲1には,「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも大きくも設定可能である。」(【0018】)と記載されているところ,平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対して大きく設定した場合,フランジ部10bが半球状凸曲面10dを含む仮想球面の内部に位置しないことは,明らかである。また,小さく設定した場合も,フランジ部10bは,前記ア(イ)に示した図から明らかなように,半球状凸曲面10dを含む仮想球面の内部には位置しない。そうすると,半球状凸曲面10dの半径がピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径と同じ場合は,フランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置しないし,半球状凸曲面10dの半径がピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径より小さい場合も,フランジ部10bがピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置するか否かは,半球状凸曲面10dの半径がピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径よりどれくらい小さいか,フランジ部10bが半球状凸曲面10dよりもどれくらい外側に延びているかなどに依存するから,一義的に定まるものではなく,結局,フランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置しているとは認められない。また,甲1発明の課題,解決手段及び作用効果(前記(1)イ(ア))から見ても,フランジ部10bがピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置することが想定されていると認めることはできない。
 原告の主張は,甲1の図2に示されたシュー10の半球状凸曲面10dには半球からずれる箇所(すなわち,筒状部)が存在することを前提とするものであるが,この前提に根拠がないことは,前記アで述べたとおりである。
 したがって,原告の主張は,採用することができない。 
(イ) 原告は,シューは斜板が回転することでピストンの半球凹状の摺動面内を移動するものであり,仮に,シューのある部分が半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しないとすると,シューが最大角まで傾斜した際にその部分とピストンとが衝突してしまうため,シューはピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しなければならないという大前提(原告大前提)が存在すると主張し,したがって,甲1発明のシュー10のフランジ部10bはピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置すると主張する。そして,原告は,上記大前提が存在することの根拠として,本件公知文献の各図(甲2の図1,甲3の図11,甲4の図8,甲5の図4,甲6の図5,甲16の図1,甲17の図1。)に示されたシューを,甲1に記載されたシュー10に置き換えた場合,仮に,フランジ部10bがピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しないとすると,シュー10が最大角まで傾斜した際にフランジ部10bがピストンに衝突することを挙げる。
 しかし,本件公知文献に記載されているのは,いずれも,フランジ部を有しないシューに関する発明であり,公開特許公報である本件公知文献の各図は,その発明に係る技術内容を当業者に理解させるための説明図にすぎないから,そこに示されたシューを,本件公知文献に記載された各発明と技術的関連性のないシュー(例えば,甲1に記載されたシュー10)に置き換えたときの状況を見て取れるほど正確なものではない。したがって,原告の主張は,そもそも根拠がない。
 また,本件公知文献の各図に示される斜板式圧縮機(斜板式コンプレッサ)に,同文献に記載された各発明と技術的関連性なくフランジ部を有するシューを組み込むことは,およそ想定されておらず,そのような想定されていない状態を仮定した場合に何らかの技術的な不都合が生じるとしても,それによって格別の技術常識の存在が根拠付けられるわけではない。
 以上のとおりであるから,原告大前提が存在すると認めることはできず,したがって,甲1に記載されたシュー10のフランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置すると認めることができない。」

【コメント】
 これは機械系の発明ですので,図を見た方が早いと思います。
 
【請求項1】
回転軸を中心に回転する斜板と,該斜板の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面の形成されたピストンと,上記斜板に摺接する平坦状の端面部および上記ピストンの摺動面に摺接する球面部の形成されたシューとを備えた斜板式コンプレッサにおいて,
 上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに,該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも半径方向外方に突出して斜板に摺接するフランジ部を形成し,
 上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し,筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径としたことを特徴とする斜板式コンプレッサ。
」(本件発明1) 

 クレームはこんな感じなので,上の図と対照しながら見ていくといいでしょう。

 何に使うかというと,コンプレッサーなのですが,主としてカーエアコン用で,冷媒を圧縮するのに使っているらしいのですね。軸が回転すると斜めの板も回り,それにつられて,回りのピストンがピストン運動をするという機構です。うまく考えたものです。
 そして,今回問題になったのが,斜めの板とピストンとの間に入る,シューです。本件発明1で,その部分を拡大すると,下の図のようになります。
 
 シューの端に,フランジ部があり( 14),それが仮想球面Sの内部に位置しているということがポイントです。

 こうすると,「フランジ部は上記空間に流入した潤滑油の外部への排出を可及的に阻止し,上記空間に潤滑油を保持するためのもの(【0006】)である。」という利点があるようです。

 今回問題になったのは,進歩性です。
 主引例の甲1発明は,上の判旨での図のとおり,フランジ部が,仮想球面の外部に若干飛び出ているように見えます。
 一致点・相違点認定です。
(一致点)
「回転軸を中心に回転する斜板と,該斜板の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面の形成されたピストンと,上記斜板に摺接する平坦状の端面部および上記ピストンの摺動面に摺接する球面部の形成されたシューとを備えた斜板式コンプレッサにおいて,半径方向外方に突出して斜板に摺接するフランジ部を形成した斜板式コンプレッサ。」である点。
(相違点)
本件発明1は,「上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに,該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも」半径方向外方に突出するフランジ部を形成し,「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し,筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とするのに対し,甲1発明は,「半球状凸曲面10dと平坦面10aとの境界部分に上記半球状凸曲面10dよりも」半径方向外方に突出して斜板11に摺接するフランジ部10bを形成した点。
 相違点は何点かあるのですが,このフランジ部が出ているか出ていないかが一番のポイントのように見えます。 

 そして,判旨で指摘しているように,無効を主張したい原告のいうとおりに甲1の明細書が書かれているとは思えず,フランジ部の相違点はなかなか克服できないのだと思います。
 そうなると,審決の認定・判断は妥当と言え,審決を取り消すのは難しいところです。