2015年12月28日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10018 不服審判 拒絶審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年12月17日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 鈴 木 わ か な
「⑵ 引用発明に周知技術Aを適用することの阻害要因について
ア 周知例3及び4には,周知技術A,すなわち,端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき,そのうちの1つを選択するようにすることが開示されているものと認められる(甲4,甲5)。
 したがって,周知技術Aは,周知性の有無はともかく,本願優先日当時において公知の技術であったことは明らかである。
 そこで,以下では,引用発明に周知技術Aを適用することにつき,阻害要因の存否を検討する。
イ(ア) 前記2⑵のとおり,従来,サーバ装置から提供されるコンテンツデータは,端末装置の種類等の違いにかかわらず,同一の表示形式で提供されていたので,端末装置の画像解像度によっては,必ずしも提供されたコンテンツデータを適切に表示することができないという問題があった。その対策として,様々な種類の端末装置ごとに別々のコンテンツデータを製作(制作)し,それらのコンテンツデータを端末装置の種類ごとに分けてサーバ装置に用意しておく方法等があったものの,そのような方法においては,サーバ装置側に,バッチファイル等の複数の選択肢(例えば,バッチファイル等)をあらかじめ用意しておく必要があることから,端末装置の種類や機種の増加に伴って,サーバ装置側の製作負荷が膨大なものとなり,コストも増大するという問題がある。
(イ) そこで,引用発明は,これらの問題をいずれも解決すること,すなわち,端末装置の特性や能力等に応じて別々のコンテンツ及び選択肢を用意することなく,コンテンツのメンテナンスに要する負担やコスト等を軽減しつつ,端末装置に応じた最適なコンテンツを提示することができる情報提示装置の提供を課題とした。そして,引用発明は,前記課題解決手段として,ユーザに対して情報を提示する端末装置の表示画面サイズを含む端末情報を取得し,コンテンツを構成するページに対応する構造化データに規定された素材データの提示形式を,前記端末情報に基づいて前記端末装置に合った提示形式に調整した上で,前記素材データをフォーマット変換してXHTML文書とCSSから成るページデータを生成するという構成を採用した。引用発明は,同構成を採用して,各コンテンツに係る素材データにつき,前記調整,変換を行い,最終的に各端末装置に合った提示形式を備えたページデータにすることにより,各端末装置の特性等に応じて複数のコンテンツ及び選択肢を用意しなくても,各端末装置に応じた最適なコンテンツを提供できるようにして,前記課題を解決するものである。
ウ 他方,周知技術Aは,端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき,そのうちの1つを選択するようにすることであり,これは,前記イ(ア)において従来技術の一例として挙げた「様々な種類の端末装置ごとに別々のコンテンツデータを製作(制作)し,それらのコンテンツデータを端末装置の種類ごとに分けてサーバ装置に用意しておく方法」と同様に,サーバ装置側に複数の選択肢をあらかじめ用意しておく必要があることから,端末装置の種類や機種の増加に伴って,サーバ装置側の製作負荷が膨大なものとなり,コストも増大するという問題を生じさせるものである。
 そして,この問題は,引用発明がその解決を課題とし,前記イ(イ)の課題解決手段の採用によって解決しようとした問題にほかならない。
 したがって,引用発明に周知技術Aを適用すれば,引用発明の課題を解決することができなくなることは明らかであるから,上記適用については,阻害要因があるものというべきである。」

【コメント】
  本願発明のクレームは以下のとおりです。
A:マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置であって,
B :前記装置は,ネットワークを介して,前記マルチデバイスとしての複数の端末のうちの少なくとも1つの端末に接続されるように構成され,
B1:前記装置は,プロセッサ部とメモリ部とを含み,
B2:前記メモリ部には,少なくとも1つのスタイルシートが予め格納されており,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,コンテンツの表示形式を定義するものであり,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,前記少なくとも1つの端末のうちの1つに対応し,
C :前記プロセッサ部は,
C1:要求端末からの要求を前記ネットワークを介して受信することであって,前記要求端末は,前記少なくとも1つの端末のうちの1つである,ことと,
C2:前記要求端末のユーザ・エージェント情報を認識することにより前記要求端末のタイプを判定し,
C3:前記要求端末のタイプに応じたスクリプトを,前記ネットワークを介して,前記要求端末に送信し,前記送信されたスクリプトを前記要求端末が実行することによって前記要求端末において取得された前記要求端末の画面サイズを示す情報を,前記ネットワークを介して,前記要求端末から受信することによって,前記要求端末の画面サイズを示す情報を取得することと,
C4:前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,前記少なくとも1つのスタイルシートのうちのスタイルシートを選択することと,
C5:前記選択されたスタイルシートに基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供することと
C :を行うように構成されている,
A :装置
 要するに,様々な端末でのウェブサイトなど,コンテンツの表示をプログラムの再開発などの面倒臭いことを行うことなく,「開発期間を短縮し,開発コストを低減することができ,前記イの課題を解決することができる 」ようにしたものです。

 他方,引用発明のとの一致点・相違点は以下のとおりです。
ア 一致点
A マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置であって,
B 前記装置は,ネットワークを介して,前記マルチデバイスとしての複数の端末のうちの少なくとも1つの端末に接続されるように構成され,
B1 前記装置は,プロセッサ部とメモリ部とを含み,
C 前記プロセッサ部は,
C1 要求端末からの要求を前記ネットワークを介して受信することであって,前記要求端末は,前記少なくとも1つの端末のうちの1つである,ことと,
C2 前記要求端末のユーザ・エージェント情報を認識することにより前記要求端末のタイプを判定し,
C3 前記要求端末のタイプに応じたスクリプトを,前記ネットワークを介して,前記要求端末に送信し,前記送信されたスクリプトを前記要求端末が実行することによって前記要求端末において取得された前記要求端末の画面サイズを示す情報を,前記ネットワークを介して,前記要求端末から受信することによって,前記要求端末の画面サイズを示す情報を取得することと,
C4’前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,コンテンツの表示形式を定義するものであるスタイルシートを特定すること,
C5’前記特定されたスタイルシートに基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供することと
C を行うように構成されている,
A 装置

イ 相違点
(ア) 本件審決は,本願発明と引用発明とは,以下の点において相違すると認定した(以下「本件審決認定の相違点」という。)。
 すなわち,本願発明においては,①B1の「メモリ部」が,B2「前記メモリ部には,少なくとも1つのスタイルシートが予め格納されており,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,コンテンツの表示形式を定義するものであり,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,前記少なくとも1つの端末のうちの1つに対応し,」とするものであり,②前記アのC4’の「(前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,コンテンツの表示形式を定義するものである)スタイルシートを特定すること」が,「前記少なくとも1つのスタイルシートのうちのスタイルシートを選択すること」(「C4”」)であり,③前記アのC5’の「特定されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」が,「選択されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」である。
 これに対し,引用発明においては,①本願発明のB1の「メモリ部」に相当するqの「記憶部22」が,本願発明のB2に相当する構成を有しておらず,②前記アのC4’の「(前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,コンテンツの表示形式を定義するものである)スタイルシートを特定すること」が,前記C4”とすること(そのように選択すること)ではなく,「取得された端末情報に含まれる表示画面サイズに合わせて,前記取得された構造化データに規定された素材データの提示形式を,当該端末装置に合った提示形式に調整し」,「調整後の構造化データにおける素材データの提示形式に相当する部分が最終的にCSSで記述されるようにフォーマット変換して」行うこと(「uv」)であり,③前記アのC5’の「特定されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」が,「選択されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」ではない。


 要するに,本願発明では,端末に応じたスタイルシートというものを予め用意しておくのに対し,引用発明では,端末情報に応じて調整,変換することにより,スタイルシートを生成するという違いが大きな差異です。
 しかしながら周知発明には,「端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき,そのうちの1つを選択するようにすることが開示されているもの 」という開示がありましたので,これを引用発明と組み合わせることができれば,本願発明の構成要件はほぼ勢揃いということになります。

 それ故,周知発明を引用発明に適用できるかどうかが最大のポイントになったわけです。
 この点に関し,上記のとおり, 高部さんの合議体では,阻害要因があって組み合わせることができないと認定しました。
 それは,予めスタイルシートを用意しておくような発明の課題を克服しようとして,引用発明が生まれたのだから,そんな先祖返りのようなことはするわけがない!ということなのです。

 そうすると,本願発明というのは先祖返りしたような発明ですので,そもそも本当に進歩性があるのかどうか怪しい気もします。しかし,進歩性とは,抽象的に考えるものではなく,引用発明との差を通じて具体的に考えるものですので,このような結論もありうるところだと思います。
 とは言え,出願人・特許権者としては,知財高裁に係属する際は,是非とも4部を指名したいところだと思います。
  なお,実施者ないし無効審判の請求人としては,是非とも3部を指名したいのではないかと思います。
 上記とも,2015年末現在の話ではあります。