2016年2月16日火曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)34467 東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害行為差止等請求事件
裁判年月日
 平成28年1月29日
裁判所名
 東京地方裁判所第29部
裁判長裁判官嶋末和秀
裁判官笹本哲朗
裁判官天野研司

「ウ 構成要件Aは,「牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し」と規定するところ,一般に,「挿入」とは,「中にさし込むこと。はさみこみ。」(岩波国語辞典第五版)などの字義を有することからすれば,「外側パイプ」が「可撓性のチューブ」をどのような態様ではさみ込んでいるかについては,特許請求の範囲の記載からは,必ずしも明らかでない。
 そこで,本件明細書の記載を参酌するに,前記アで認定した同明細書の発明の詳細な説明には,従来の受精卵移植器(特公昭61-36935号公報〔乙5〕)について,その構造が外側パイプと内側パイプの二重管構造となっており,内側パイプの内部には柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容するため,内側パイプは所定の内径を有する必要があり,それに伴い外側パイプも比較的外径の大きな太いものとなっていたとの課題が示され(段落【0006】,【0009】),これを解決するための手段として,特許請求の範囲と同旨の構成が示され(段落【0015】),発明の効果として,外側パイプの内部には可撓性のチューブが直接的に挿通されているから,外側パイプの外径を小さくして子宮頸管を傷つけることなく容易に挿通することができると記載されている。他方,同明細書には,本件特許発明に関して,「外側パイプ」と「可撓性のチューブ」との間に,何らかの別の部材を「可撓性のチューブ」の全部又は一部にわたって介在させる態様が存在し得ることは,何ら記載されておらず,その示唆もない。
 特許請求の範囲に記載された用語の解釈に際しては,明細書の特許請求の範囲外の部分の記載及び図面を考慮すべきところ,以上に示した本件明細書の記載によれば,構成要件Aにいう「牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に可撓性チューブを押出し自在に挿入配設し」とは,「牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に,直接的に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し」た態様を指し,少なくとも「外側パイプ」と「可撓性のチューブ」との間に何らかの別の部材を介在させる態様を含まないと解するのが相当である。
エ 被告製品の構成aは,前記(1)で説示したとおり,「牛の子宮体内挿入用のSUS製外側パイプ①(長さ440mm,外径3.8mm,内径3.0mm)の内部に,SUS製内側パイプ②(長さ447mm,外径2.9mm,内径2.6mm)が摺動可能に挿入配設され,SUS製内側パイプ②の内部に,軟質塩化ビニル製チューブ③が,その先端部が内側パイプ②の先端部から153mm露出するように挿入配設されている。チューブ③の外壁部分と内側パイプ②の内壁部分とは,チューブ③が内側パイプ②で被覆された部分のうち挿入方向の先端部付近及び基端部付近において,接着剤で固定されている。」というものであって,外側パイプ①(「牛の子宮体内挿入用外側パイプ」に該当する。)とチューブ③(「可撓性のチューブ」に該当する。)との間に,別の部材である内側パイプ②を配設しているのであるから,「外側パイプの内部に,直接的に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し」ているとはいえない。」

【コメント】
 よくあるパターンの特許権侵害訴訟の事件です。
 ただ,注目すべき点があるため,取り上げました。それは,クレーム解釈です。特に,限定解釈しておりますので,要注意です。

 まずは,クレームです。
A:牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し,
B:該チューブの先端にノズル体を一体的に取付け,
C:該ノズル体は先端を球面状に閉鎖形成するとともに後端を該チューブと結合し
D:かつ側部に該チューブと連通する透孔を設けてなり,
E:該ノズル体は該パイプの先端に密接して該パイプの先端を閉塞可能としてなり,
F:該チューブの後端には精子または卵子を前方へ送り出す押送手段を取付自在とし,
G:該外側パイプを牛の子宮体内に挿入した後に該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出すことによって該チューブを該外側パイプの先端から前方に押出し,該押し出されたチューブをその先端の該ノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出し,H:しかる後に該押送手段によって精子または卵子を該チューブ内を経由して該ノズル体の該透孔から該子宮角深部へと吐出し得るようにしてなる
I:ことを特徴とする牛の人工授精用精子または受精卵移植用卵子の注入器。
要するに,牛の人工授精のための装置,ということです。


 図はこんな感じです。

 

 さて,問題になったのは,クレームの構成要件Aです。特に, 「外側パイプの内部に可撓性のチューブを・・・挿入配設し,」の部分です。

 他方,被告製品はどうだったかというと,こんな感じです。
 
 外側パイプの内側にチューブはあるのですが,そのチューブと外側パイプの間に内側パイプがあります。つまり外側パイプ→内側パイプ→チューブという位置関係にあるわけです。

 しかも内側チューブの内部に通されたチューブは,スルスル行ったり来たりできないよう 「チューブ③の外壁部分と内側パイプ②の内壁部分とは,チューブ③が内側パイプ②で被覆された部分のうち挿入方向の先端部付近及び基端部付近において,接着剤で固定されている。」というわけです。

 兎も角も,被告製品は,外側パイプの内部に,チューブが挿入配設されてはいるものの,外側パイプの内側で,チューブの外側に内側パイプという介在の構造があるのですね。

 それ故,原告としては,介在の構造があっても,クレームの文言上何らの制限はないのだから,被告製品も技術的範囲に含まれると主張し,他方,被告としては,馬鹿言うんじゃない,明細書の中には介在構造のないものしか記載していないし,審査時の意見書で,介在構造を排除したような主張もしてるでしょ,と主張したのです。

 さて,裁判所がどう判断したかというと,上記のとおり,被告に分があるとしました。明細書の従来技術の記載,他の明細書の記載などからして,「内部に・・・挿入配設し」 の意味は,「内部に直接的に・・・挿入配設し」の意味だとしたわけです。

 最近は,結構限定解釈して請求棄却する判決が増えてきている感があります。無効の抗弁がある以上,ウルトラC的な限定解釈なぞしなくてもよいと言われてきたのですが,無効の抗弁の判断は,検討・起案が結構面倒なのでしょう。

 他方,構成要件の限定解釈は,上記のとおり,うまくはまればなかなか説得力のある論証もできます。それ故,基本仕事の質で報酬月額の変わることのない裁判官が,限定解釈したがるというのは分かる気がします。

 ちなみに,文言侵害できないようですので,原告は均等論も主張しております。しかし,本質的部分の違いであり,かつ作用効果も異なるということで,これも排斥されております。