2016年2月15日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10046 不服審判 拒絶審決 請求棄却

平成27(行ケ)10046
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年1月21日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 田 中 正 哉

「(1) 本件前置審査において拒絶理由通知をしなかった手続の違法の有無について
 原告は,本件前置審査において,審査官は,本件拒絶理由通知及び本件拒絶査定で引用文献として挙げられていない引用例2を唯一の引用文献として,本件補正発明が新規性を欠き,独立特許要件を満たしていないとの判断をし,その旨を本件前置報告書に示しているにもかかわらず,本件前置審査の手続において,原告に対し,本件補正発明について,引用例2に基づく拒絶理由(独立特許要件を満たさない理由)の通知をしなかったことは,適正手続の理念に反し違法である旨主張する。
 そこで検討するに,特許法163条2項及び同項が準用する同法50条本文の規定によれば,前置審査において,審査官が審判の請求に係る査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,特許出願人(審判請求人)に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならないものとされるが,他方で,拒絶査定不服審判の請求と同時にされた補正(同法17条の2第1項4号)について,同法53条1項の規定に基づき,同法17条の2第3項から6項までの規定に違反していることを理由に,その補正の却下の決定をする場合には,特許出願人(審判請求人)に拒絶理由を通知しなければならないとはされていない(同法50条ただし書)。
 また,特許法164条は,前置審査における事件の最終処理の方法について,審査官は,特許をすべき旨の査定をするときは,審判の請求に係る拒絶をすべき旨の査定を取り消さなければならない(1項)と規定する一方で,1項に規定する場合以外には,補正についての却下の決定をしてはならず(2項),また,審判の請求について査定をすることなくその審査の結果を特許庁長官に報告しなければならない(3項)と規定している。
 以上のような特許法の規定内容からすれば,前置審査において,審査官が特許をすべき旨の査定をする場合以外に事件の最終処理として行われる審査官から特許庁長官への報告(前置報告)は,審判官による審理の参考に供するために行われるものであって,当該報告の内容が,拒絶査定不服審判における審判官の判断を拘束するものではなく,また,審判請求人に対して何らかの法的効力を及ぼすものでもないと解される。
 このように前置審査及びこれに基づく前置報告が,その性質上,審判請求人に対して法的効力を及ぼさない,特許庁の内部的な手続にすぎないことからすると,審査官が本件前置審査の際に,原告に対し,引用例2に基づく拒絶理由(独立特許要件を満たさない理由)の通知を行わなかったとしても,それによって原告の手続保障に欠ける状況が生じるものではないものと認められる。 
 以上によれば,原告の上記主張は理由がない。

(2) 本件審判手続において拒絶理由通知をしなかった手続の違法の有無について
 原告は,本件審決においては,本件拒絶理由通知及び本件拒絶査定において引用文献とされた引用例1に加え,これらにおいて引用文献として挙げられていない引用例2を引用文献とした上で,引用発明1において引用例2の記載事項を適用することにより相違点に係る本件補正発明の構成とすることが当業者において容易に想到し得たことを理由として,本件補正発明の独立特許要件充足性を否定し,本件補正を却下すべき旨判断しているにもかかわらず,本件審判手続において,原告に対し引用例1及び引用例2に基づく新たな拒絶理由(独立特許要件を満たさない理由)の通知をしなかったことは,適正手続の理念に反し違法である旨主張する。
 そこで検討するに,本件のように,拒絶査定不服審判において,特許請求の範囲の限定的減縮を目的とする補正が行われ,当該補正後の発明について独立特許要件を判断する場合に,審判官が,査定の理由とは異なる拒絶理由を発見し,その理由に基づいて当該補正を却下するという場合においては,前記(1)で述べたように,特許法の規定上は,審判官から特許出願人(審判請求人)に拒絶理由を通知しなければならないとはされていないが(特許法159条2項,50条ただし書,53条1項,17条の2第6項,126条7項),その具体的な事実関係のいかんによっては,あらかじめ審判請求人に対し当該拒絶理由を通知し,意見書の提出及び補正の機会を与えるのでなければ,審判請求人にとって酷な結果となり,その手続保障に欠け,適正手続の理念に反するものと評価される場合もあり得ると考えられる。
 そこで,本件拒絶査定の理由と本件審決の判断とを対比検討するに,本件拒絶査定の理由は,本件拒絶理由通知の理由と同一であり,その中には,本願発明について,引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができないとの理由がある。他方,本件審決は,本件補正発明について,引用例1に記載された発明及び引用例2の記載事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により独立特許要件を欠くとして,本件補正を却下すべき旨判断している。
 したがって,本件拒絶査定の理由と本件審決が本件補正発明の独立特許要件充足性を否定した理由とは,引用発明1に基づき進歩性が欠如するとした点においては同一であるが,本件審決が本件拒絶査定の理由には挙げられていない引用例2の記載事項を加えて上記判断をしている点において異なるものである。
 そして,本件審決は,引用発明1において,起立した閉部の先端から,閉部の下面と便座の下面とが対向するように前面側に便座を垂れ下がらせて,相違点に係る本件補正発明の構成とすることが当業者において容易に想到し得たことであるとの結論を導き出すに当たって,引用例2に開示された「蓋板が起立した際に,便座が蓋板の前面側に位置する」洋式便器の構成を適用したものである。
 しかるところ,前記1(4)アで述べたとおり,引用発明1において,閉部が起立した際に,その後面側に折り畳まれている便座を,前面側に折り畳まれるようにし,便座が閉部の先端から前面側に垂れ下がる構成(相違点に係る本件補正発明の構成)とすることは,当業者が適宜行う設計的事項の範囲内のものにすぎないものといえるのであり,これを前提とすれば,引用例2は,引用発明1において相違点に係る本件補正発明の構成を採用するために不可欠の引用例として位置付けられるものではないというべきである。
 以上のような引用例2の位置付けからすれば,本件審決が,本件拒絶査定には挙げられていない引用例2の記載事項を加えて本件補正発明の独立特許要件充足性を否定したことは,本件拒絶査定に対して,新たな公知文献を加え,実質的に異なる理由によって上記判断をしたものということはできない。
 また,原告は,本件審判手続において提出した本件上申書(甲12)において,本件補正発明は,引用例2に記載された発明であるから,特許法29条1項3号の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができず,本件補正は却下されるべきものである旨の本件前置報告書(甲10)の記載に関し,「新引用文献」(引用例2)に開示された発明の認定自体がそもそも誤っており,「新引用文献には,補正後の本願発明と同一の構成が開示されておりません。」,「その他,いわゆる進歩性に関して…以上のことから,新引用文献に記載された発明からみて,補正後の本願発明に当業者が容易に想到することは不可能です。」などと記載して,引用例2について反論している。
 してみると,本件審判手続において,審判官が,審判請求人である原告に対し引用例2の記載事項を加えた拒絶理由の通知を行わず,この点について原告に意見書の提出及び補正の機会を与えなかったからといって,原告の手続保障に欠けるものとはいえない。
 以上によれば,本件審判手続において,審判官が原告に対し拒絶理由の通知をしなかったことについて,適正手続の理念に反し,手続上の違法があるとする原告の主張も理由がない。」

【コメント】
 何だか読んでるうちに,実に悲しくなるような感じの判決です。
 何が悲しいかというと,ああアンタには何を言ってもダメなんだなあ~事なかれ主義の役人ってこんな感じなのかなあという感想しか持てないからです。

 クレームから行きましょう。補正後です。
【請求項1】
洋式便器本体の後部位置に,その前面の開口縁が洋式便器本体の上端開口部周縁の後部両側から連なって,この洋式便器本体の内部と連なる延長状態で上方に延びる小水受け用の立ち上がり部を設けて洋式便器が形成され,
 この立ち上がり部の上端部に,便器の前後方向に沿って起伏動自在となるよう取付けられ,伏倒位置で前記立ち上がり部の前面を閉鎖し,起立位置で立ち上がり部の前面を開放する蓋板を設け,
 この蓋板の先端部に,蓋板が伏倒して立ち上がり部の前面を閉鎖する状態で洋式便器本体の上端開口部周縁上に重なり,蓋板が起立して立ち上がり部の前面を開放する状態で蓋板の先端から前面側に垂れ下がって洋式便器本体の上面を開放する便座を,蓋板に対して便器の前後方向に対して起伏動自在に取付けた洋式便器。
 こういう便器の発明です。
 
 図面の記載はこうです。
 普通の便器と思いきや,男の小便用に,背もたれ的な部分全体がせり上がり,跳ね返り等にうまく対応できるというようなものです。

 主引例である引用発明1との一致点・相違点は以下のとおりです。
本件補正発明と引用発明1(特開2008-169680号公報,甲4)の一致点
「洋式便器本体の後部位置に,その前面の開口縁が洋式便器本体の上端開口部周縁の後部両側から連なって,この洋式便器本体の内部と連なる延長状態で上方に延びる小水受け用の立ち上がり部を設けて洋式便器が形成され,
 この立ち上がり部の上端部に,便器の前後方向に沿って起伏動自在となるよう取付けられ,伏倒位置で前記立ち上がり部の前面を閉鎖し,起立位置で立ち上がり部の前面を開放する蓋板を設け,
 この蓋板の先端部に,蓋板が伏倒して立ち上がり部の前面を閉鎖する状態で洋式便器本体の上端開口部周縁上に重なり,蓋板が起立して立ち上がり部の前面を開放する状態で蓋板の先端から垂れ下がって洋式便器本体の上面を開放する便座を,蓋板に対して便器の前後方向に対して起伏動自在に取付けた洋式便器。」である点。

 本件補正発明と引用発明1の相違点
 本件補正発明においては,蓋板が起立した際に,便座が蓋板の先端から前面側に垂れ下がるのに対し,引用発明1においては,後面側に垂れ下がる点。

 主引例である引用発明1の図はこんな感じです。
 
 要するに,便座の折りたたみの方向が,本件補正発明と上下というか前後逆という所です。

 この引用発明1に,引用発明2の記載を合わせるとほぼ本件補正発明の構成要件はすべて揃ってしまうってやつです。

 ですが,問題が一個ありまして,それが今回の論点となった手続の違法です。
 実は,引用発明の経緯はこんな感じです。
①本件拒絶理由通知及び本件拒絶査定 引用例1のみ
②拒絶査定不服審判の前置審査     引用例2のみ
③拒絶審決                  引用例1と2両方   
 つまり,審決では,それまでやっていなかったことをやってはいるのです。

 ところが,判決では上記のとおり,そもそも,引用例1だけで十分拒絶できる(相違点に係る構成はあるにはあるが,そりゃあ設計事項で微差に過ぎないということ)のであり,それ以上に引用例2を加えたのは,サービスみたいなもんで,無くてもいいもんじゃ(「不可欠の引用例として位置付けられるものではない」)ってなもんです。
 いやあ普通はダメじゃないですかね。

 念の為,特許庁の審決,不服2013-24653の論理を見ましたが,これは設計事項系統のやつではなく,構成の組合せ又は置換が容易である,つまり動機付けとなりうるパターンのようです(「そうすると、引用発明1及び引用例2の(1)(イ)(a)に記載された事項は、洋式便器において小便器のように小便を受ける立ち上がり部を設けるという共 通した構成を有しているから、引用発明1において、小便器と同様の飛散防止及び水洗効果を得るための閉部及び便座の配置として、引用例2の記載事項を採用 し、起立した閉部の先端から、閉部の下面と便座の下面とが対向するように前面側に便座を垂れ下がらせて、本件補正発明の相違点に係る構成とすることは、当 業者が容易に想到し得たことである。」)。

 細かく言えば,課題の共通性ありor作用・機能の共通性ありパターンですね。 

 ということは,やはり①本件拒絶理由通知及び本件拒絶査定 引用例1のみだったときの理由とはちょっと違うと判断するのが普通です。
 しかし,判決の判断は上記のとおりです。

 大体合ってりゃOKというか, こんな判決やら決定が刑事裁判で出たなら,大騒ぎになると思います。

 職責を果たせないほどの論理の甘さ,そしてそれによる信頼の欠缺,どうしようもありません。

 最近の知財高裁の判決は,裁判長が1部から4部まで全員知財畑になったためか,手練というか手抜きというか,やっつけ仕事というか緊張感0というか,この程度でいいだろう,というような判示が多いと思います。
 やはり,部長クラスの半分程度は,知財畑じゃない裁判長が居た方が,緊張感 があってよいのではないかと思います。