2016年4月7日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10054 無効審判 不成立審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年3月30日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第2部 
 裁判長裁判官 清 水   節       
 裁判官  片 岡 早 苗  
 裁判官  新 谷 貴 昭  

「2  取消事由1及び2について
  本件発明の構成が,公知技術である引用発明に他の公知技術や周知技術等を適用することにより容易に想到できるものであるとしても,本件発明の有する効果が,当該引用発明等の有する効果と比較して,当業者が技術常識に基づいて従来の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものである場合は,本件発明がその限度で従来の公知技術から想到できない有利な効果を開示したものであるから,当業者がそのような本件発明を想到することは困難であるといえる。
 したがって,引用発明と比較した本件発明の有利な効果が,当業者の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものと認められる場合は,本件発明の容易想到性が否定され,その結果,進歩性が肯定されるべきである。
 そして,当業者が予測できない顕著な効果といえるためには,従来の公知技術や周知技術に基づいて相違点に係る構成を想到した場合に,本件発明の有する効果が,予測される効果よりも格別優れたものであるか,あるいは,予測することが困難な新規な効果である必要があるから,本件発明の有する効果と,公知技術を開示する甲1発明,甲2発明に加え,周知技術を開示する甲3発明~甲5発明の有する効果についても検討する。この場合,本件発明における有利な効果として認められるためには,当該効果が明細書に記載されているか,あるいは,当業者が,明細書の記載に当業者が技術常識を当てはめれば読み取ることができるものであることが必要である。なぜなら,特許発明は,従来技術を踏まえて解決すべき課題とその解決手段を明細書に記載し,これを一般に開示することにより,特許権としての排他的独占権を取得するものである以上,明細書に開示も示唆もされず一般に公開されないような新たな効果や異質な効果が後日に示され,仮に,従来技術に対して有利な効果であるとしても,これを斟酌すべきものではないからである。このような観点から,以下,検討を進める。
(1) 本件発明について
  ア  本件明細書(甲21)には,以下のとおりの記載がある。・・・
 イ  以上の記載によれば,本件発明の効果として,次のことが記載されているといえる。
  すなわち,まず,治療効果については,1日1回,鼻腔に,モメタゾンフロエート水性懸濁液(モメタゾンフロエート100μg用量)を投与した101名のアレルギー性鼻炎患者,及び,プラセボを投与した100名のアレルギー性鼻炎患者を分析した結果,両者は,統計上の有意な差異を示し,モメタゾンフロエートを投与したグループについてのベースラインからの鼻腔症状の総スコアの減少は,プラセボグループでの減少よりも統計上有意に高いことを示したこと(14欄49行~17欄39行)が記載されており,アレルギー性鼻炎に対して,1日1回のモメタゾンフロエートの鼻腔内投与で,プラセボとの対比において,治療効果があることが記載されているといえる。
  次に,全身的な吸収及び代謝については,各々6名のボランティアから構成されるグループに対し, 3 H-MFを,経口溶液,経口水性懸濁液,鼻腔スプレー懸濁液,静脈内注入溶液等として投与後に回収した血漿,尿,糞便等のサンプルの放射能含量をアッセイしたところ,薬物由来放射能の全身的な吸収が,経口溶液として1.03mg(1030μg)用量を投与した場合には用量の100%を示したのに対し,経口懸濁液として0.99mg(990μg)用量,又は鼻腔スプレー懸濁液として0.19mg(190μg)用量投与した場合には用量の8%を示すに留まり,かつ,モメタゾンフロエート自体は,経口溶液として投与した場合には血漿中に検出することができたが,経口懸濁液又は鼻腔スプレー懸濁液として投与した場合には血漿中に検出することができなかったこと(18欄11行~20欄38行,26欄17~24行,表1,表2)が記載されており,経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果があることが記載されているといえる。
  さらに,全身性副作用については,モメタゾンフロエート一水和物の水性鼻腔スプレー懸濁液を8名のボランティアに投与したところ,4000μg用量を投与した場合でも,プラセボと比較して,血漿中コルチゾルプロファイル曲線下の24時間領域(AUC  0-24)に有意な影響を与えなかったこと(13欄43行~14欄9行),モメタゾンフロエート一水和物の水性鼻腔内スプレー懸濁液処方物(400μg/日),モメタゾンフロエート一水和物の水性鼻腔内スプレー懸濁液処方物(1600μg/日),鼻腔内へのプラセボ,及び経口用プレドニソン(10mg/日)のいずれかの1日1回の投与を28日間,それぞれ12名のボランティアに行ったところ,プラセボと比較して,2つの用量のモメタゾンフロエート水性鼻腔スプレー処方物は,いずれもコルチゾル分泌における何らの変化とも関連しなかったこと(14欄10行~14欄24行)が記載されており,プラセボとの対比において,HPA機能抑制に起因する全身性副作用がないことが記載されているといえる。
  なお,審決は,本件効果2として,「モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在しないことにより,所望しない全身性副作用を防げること」を認定し,「代謝後のモメタゾンフロエートの残留量の少なさ」と「全身性副作用の低さ」を同一視しているが,本件優先日の技術常識からすると,代謝後のモメタゾンフロエートの残留量の少なさと全身性副作用の低さの間には因果関係があるものの,代謝後のモメタゾンフロエートの残留量の少なさが直ちに全身性副作用の低さを意味するわけではないし,モメタゾンフロエートが全身に吸収された後に代謝されて形成された化合物自体が副作用をもたらす可能性もあるから,両事項を同一視することはできず,異なる側面を有するものとして評価すべきである。そして,「代謝後のモメタゾンフロエートの残留量の少なさ」は,全身性副作用の低さをもたらすメカニズムの要因の1つではあるが,それ自体が本件発明によって生じる効果の1つであり,また,「全身性副作用の低さ」という効果の前提となる当該「全身性副作用」は,HPA機能抑制に起因する全身性副作用以外の種々のものを含むから,「全身性副作用の低さ」という効果は,常に同じ内容を指すものではなく,結局,代謝後の残留量の少なさと全身性副作用の低さの両事項を,本件発明の効果として検討するのが相当である。
   ウ  以上のとおり,本件明細書には,モメタゾンフロエート水性懸濁液が,バイオアベイラビリティの点で経口溶液よりも優れていることは記載されているものの,水性懸濁液では鼻腔スプレーでの投与と経口投与との差はなく,また,溶液では鼻腔スプレーでの投与と経口投与との差は示されず,さらに,治療効果や副作用については,他の部位への投与や他の投与方法の記載はなく,他の部位への投与や他の投与方法と比して,どの程度優れているかについて,明示的な記載はない
  もっとも,明示的な記載がなくても,本件優先日において,コルチコステロイド一般又グルココルチコイド一般に治療効果がないという考え方や,コルチコステロイド一般又はグルココルチコイド一般に副作用があるという考え方が,技術常識として確立されていたのであれば,それとの対比により,当業者は,本件発明に一定の効果がありその程度も予測できないものであることを,本件明細書から読み取れることになる。したがって,以下,この点を,甲1発明及び甲2発明の効果との対比を含めて,検討する。
    (2) 甲1発明 
・・・
ウ  以上によれば,甲1発明の効果として,次のことが記載されているといえる。
 すなわち,モメタゾンフロエートが,皮膚に対して局所的抗炎症活性を有することを前提に,喘息及びアレルギー性鼻炎の経口吸入及び鼻腔内吸入の治療効果が見込まれることが記載されており,経口吸入のみならず,鼻腔内吸入の方法を用い,アレルギー性鼻炎に対し,プラセボと対比して,一定の抗炎症活性を有するという治療効果を読み取ることができるが,その治療効果の程度は不明である。
 また,モメタゾンフロエートが,雄性ラットの腹腔内投与後に様々な組織に分布し,かつ,広範に代謝されるため,血漿中のモメタゾンフロエート濃度は通常のクロマトグラフィー法によっては定量できないpg  ml -1 の領域にあると推定され,一方,男性ボランティアへの1mgのモメタゾンフロエート溶液の経口投与では,血漿中濃度は,30分(Tmax)にて約150pg  ml -1 (Cmax)でピークに達し,次いで急速に下降したことが記載されている。したがって,腹腔内投与及び経口投与されたモメタゾンフロエートが血漿中に留まる量は高いものではなく,しかも,比較的短時間で消失するという効果を読み取ることができるが,鼻腔内投与した場合の記載はなく,その場合の全身的な吸収及び代謝がどのようなものになるかは不明である。
 さらに,モメタゾンフロエートは,喘息及びアレルギー性鼻炎の経口吸入及び鼻腔内吸入によって,十分な治療効果を有するだけでなく,副作用についても実用化できる程度の小さいものであることが記載されていると読み取ることができる。HPA機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さないことが記載されている部分の参考文献は,皮膚に局所投与した場合のことしか言及していないが,甲1の全体の文脈では,他の投与方法であっても,HPA機能を抑制するおそれが十分小さく,HPA抑制に起因する全身性副作用のおそれもまた少ないという効果を読み取ることができる。もっとも,具体的な副作用の程度は不明である。
    (3) 甲2発明 
・・・
イ  以上の記載によれば,甲2発明は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液の鼻腔内投与が,炎症に対して有効であることが記載されており,治療効果があるといえるが,全身的な吸収や代謝及び全身性副作用の有無,程度については,不明である。もっとも,実用化が困難なことが想定されているとは解されない。
   (4) 甲3発明ないし甲5発明
・・・
 エ  以上の記載は,甲3発明ないし甲5発明が,プロピオン酸フルチカゾン,ブデソニド,トリアムシノロンアセトニドといった他のコルチコステロイドにおいては,1日1回の鼻腔内投与で,十分な薬理作用があり,副作用も見られないという効果を有することを示すものである。
 もっとも,本件優先日において,コルチコステロイド全般はもちろんのこと,グルココルチコイドであれば,一般的に同様の状態での投与や投与回数で同様の効果や副作用になるという技術常識や,他のコルチコステロイドから同様の効果や副作用を推測できるという技術常識はないから,甲3発明ないし甲5発明の効果は,モメタゾンフロエートを使用した場合に当然生じる効果を示すものとはいえない。
    (5) 本件発明の効果との対比  
 ア  アレルギー性鼻炎に対する治療効果
 上記のとおり,本件明細書には,本件発明に関し,水性懸濁液の投与とこれ以外の他の形態(例えば,溶液)で投与した場合との対比や,1日1回の鼻腔内投与とこの投与回数及び形態を変えた場合との対比はなされておらず,単にプラセボとの対比による効果の有無しか記載がない。そして,本件優先日当時の技術常識を踏まえると,水に難溶性の薬物の水性懸濁液は,他の溶媒を用いた溶液よりも,粘膜から吸収されにくいということはできるが,それだけでは,治療効果の具体的な違いは把握できないし,また,他の形態で投与した場合や異なる投与回数の場合の治療効果がどの程度であったかを読み取ることも,困難である。
 他方,甲1発明及び甲2発明においても,アレルギー性鼻炎に対する一定の治療効果が期待されることは上記のとおりである。
 そうすると,本件明細書の記載からは,甲1発明や甲2発明よりも,本件発明1が,治療効果の点で優れているかどうかを理解することは困難といわざるを得ない。
      イ  全身的な吸収及び代謝
 本件明細書には,本件発明に関し,経口溶液と比して,鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果があることが記載されているが,経口懸濁液と同程度の効果があることの記載しかない。そして,技術常識を踏まえても,他の形態で投与した場合(例えば,溶液の形態での鼻腔内投与)や異なる投与回数の場合の全身的な吸収及び代謝がどの程度であったかを推認することは困難である。
 他方,甲1発明において,腹腔内投与及び経口投与後のモメタゾンフロエートの血漿中の量は高くなく,比較的短期間で消失することは理解できるが,鼻腔内投与の場合における全身的な吸収及び代謝の程度は全く不明といわざるを得ない。甲2発明は,水性懸濁液を鼻腔内に使用した発明であるが,本件優先日において,少なくとも,鼻腔内投与の場合にモメタゾンフロエートの全身的な吸収や代謝後の残存が常に高いという技術常識はない。
 そうすると,本件明細書の記載からは,甲1発明や甲2発明よりも,本件発明1が,全身的な吸収及び代謝の点で優れているかどうかを理解することはできないといわざるを得ない。
      ウ  全身性副作用
 本件明細書には,本件発明に関し,プラセボとの対比において,HPA機能抑制に起因する全身性副作用がないことが記載されているだけで,他の形態(例えば,溶液)で投与した場合との対比や,投与回数を変えた場合との対比はなされていない。そして,当事者の技術常識を踏まえても,他の形態で投与した場合や異なる投与回数の場合の副作用がどの程度であったかを読み取ることは困難である。
 他方,前記(2)及び(3)のとおり,甲1発明及び甲2発明において,モメタゾンフロエートは,経口吸入及び鼻腔内吸入をしても,実用可能な程度の副作用しかないといえるし,本件優先日において,少なくとも,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が必ず高いという技術常識はない。
 そうすると,本件明細書の記載からは,甲1発明や甲2発明よりも,本件発明が,全身性副作用の点で優れているかどうかを理解することはできないといわざるを得ない。
    エ  以上によれば,本件発明には,薬としての一定の治療効果を有し,実用可能な程度の副作用しかないことは認められるとしても,本件発明の当該効果が,甲1発明及び甲2発明の効果とは相違する効果であるということはできないし,また,本件明細書上,それらの効果とどの程度異なるのかを読み取ることができない
 以上,これをもって,当業者が引用発明から予測する範囲を超えた顕著な効果ということもできない。よって,この点に関する審決の判断には誤りがある。 
 オ  審決は,甲1及び甲2には,1日1回の投与の記載がなく,治療効果の程度についての記載もなく,本件発明の治療効果を予測できないと判断した。しかしながら,甲1発明及び甲2発明において,一定の治療効果が認められながらその程度についての記載がない以上,当該効果が本件発明の効果よりも明らかに劣るものと認められない限り,本件発明の効果が顕著なものであるとはいえないはずである。審決は,甲1及び甲2の治療効果の程度についての認定をせずに,本件発明の効果がこれを格別上回ると判断したものであって,論理的に誤りがあるといわざるを得ない。
 また,審決は,皮膚に適用した場合の全身性副作用について開示する甲1から,鼻腔粘膜に投与された際の全身性副作用の大きさを予測できないと判断したが,本件発明の効果と甲1発明の効果を同質であると認めた以上,甲1発明において,鼻腔粘膜に投与した際の全身性副作用の方が,皮膚に投与した際と比して常に優れたものといえない限り,本件発明の効果が顕著なものとはいえないはずであり,この点についても,審決に論理的な誤りがあるといわざるを得ない。
 さらに,審決は,本件発明について,甲1発明で示された最小限の全身性副作用よりも低いレベルの全身性副作用しかないから,顕著な効果があると判断したが,この審決の判断には,前記(1)イのとおり,モメタゾンフロエートの全身性吸収及び代謝後の残存量の問題と全身性副作用の有無の問題を同一視した点において誤りがある。その上,皮膚へ投与する甲1発明と鼻腔に投与する本件発明において,投与される組織の相違による吸収性の違いがあるからといって,甲1発明の全身性副作用が実用化できない程度に強いとは当然にはいえないはずであり,この点について効果の顕著性を認めた審決の判断にも,論理的な誤りがある。しかも,水性懸濁液のモメタゾンフロエートの全身性吸収の低さ及び代謝後の残存量の少なさは,本件発明と同様,水性懸濁液の鼻腔内投与を行う甲2発明が有するはずであり,甲2発明の副作用の程度が開示されていないとはいえ,審決が,甲1発明と甲2発明を組み合わせて薬として実用化可能な本件発明の構成を想到できたとする以上,この組合せと比して本件発明の効果が顕著なものであるか否かについて検討する必要がある。しかしながら,審決では,甲1発明との対比しかなされておらず,検討が不十分であったといわざるを得ない。 」

【コメント】
 薬剤の発明で進歩性が問題になったものです。そして,珍しく,効果が論点になっており,裁判所も真正面から,この論点に応えておりますので,なかなか意義深い判決となっております。
 クレームからです。
【請求項1】モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤であって,1日1回鼻腔内に投与される,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤。
 昨年の秋の最高裁の事件を初めとして,既に薬剤そのものがあるのだが,その用法用量が画期的なので,特許になったという類はこの分野ではデフォーのようです。
 私は特許は専門にしていますが,技術分野としては,違う所が専門です。その感覚からすると,この程度のことで,どうして特許が付与されるか不思議なのですが,新薬の会社としては,この程度までは認めてもらえないと,新薬を開発するインセンティブにならないということなのでしょう。
  こういう所は,本当技術分野によって大きく違います。
 さて,進歩性ですので,一致点・相違点です。
甲1発明
(一致点)
「モメタゾンフロエートを含有し,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎を対象とする」点。
(相違点)
  相違点1:本件発明1は「水性懸濁液」であるのに対し,甲1発明ではそのような特定がなされていない点。
  相違点2:本件発明1は「1日1回投与」されるのに対し,甲1発明では投与回数が特定されていない点。
  相違点3:本件発明1は「治療のための薬剤」であるのに対し,甲1発明は「候補薬」である点。

 本件がユニークなのは,審判における動機付け等の認定です。
(ア) 相違点1
 甲2記載のとおり,本件優先日時点において,モメタゾンフロエート一水和物(モメタゾンフロエート一水和物と同義。)の水性懸濁液を鼻から投与すること,及び,炎症状態の処置に有用であることは,当業者に既に知られていたものと認められる。また,技術常識を勘案すると,本件優先日時点において,モメタゾンフロエート一水和物とモメタゾンフロエートとは,薬効成分として同等のものであると,当業者は認識していたと認められる(本件特許公報の7頁左欄第43~44行参照)。
 その上で,甲1には,モメタゾンフロエートが局所的抗炎症活性を有することが記載されていることから,モメタゾンフロエートを含有し,鼻腔内に投与される,アレルギー性鼻炎のための候補薬である甲1発明において,同じく炎症状態の処置の目的でモメタゾンフロエートと同等のフランカルボン酸モメタゾン一水和物を含有し,鼻から投与することを特徴とする甲2に記載の水性懸濁液を剤形として採用することは,当業者が想到し得たものと認められる。
        (イ) 相違点2
 甲3~5記載のとおり,本件優先日時点において,アレルギー性鼻炎の治療のために,コルチコステロイドの鼻腔内噴霧を1日1回行うことは,当業者に既に知られていたものと認められる。
 よって,コルチコステロイドの1種であるモメタゾンフロエートを含有し,鼻腔内に投与される,アレルギー性鼻炎のための候補薬である甲1発明において,同じくコルチコステロイドを,アレルギー性鼻炎の治療のために,鼻腔内噴霧することを特徴とする甲3~5に記載の用法である「1日1回」を試みることにつき,動機付けはあるといえる。
      (ウ) 相違点3
「候補薬」の薬効や安全性を確認した上で,「治療のための薬剤」とすることは,当業者が一般に行う薬剤の開発手法にすぎないから,甲1発明における「アレルギー性鼻炎のための候補薬」を,「アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤」とすることは,当業者が想到し得たものと認められる。
  」
 つまりは,相違点はあるにはあるが,技術分野の関連性,課題の共通性,作用機能の共通性などから,構成の組み合わせ等は想到容易と判断されていることです。
 ところが,審決は,この後,効果の判断を行い,そこで,
アレルギー性鼻炎に対して,1日1回のモメタゾンフロエート投与で,効果的に処置でき(本件効果1),かつ,モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在しないことにより,所望しない全身性副作用を防げること(本件効果2)」であると認められる。
の効果については,「本件発明1は,当業者が予測し得る程度を超えた効果を奏するもの」 としたのです。
 ところが,本判決は,この審決について,論理的に誤りとまで非難しており,かなり辛辣です。

 非当業者の私からしても,この程度の効果で顕著な効果とはよく言えたものだと思えますので,ある意味致し方の無い結論だと思います。
 ともあれ,効果での差異を見つけることの多い,薬や化学の技術分野において,裁判所の考える顕著な効果とはどういうことかがよくわかる判決だと思います。
 さて,このような判決を出す知財高裁2部の清水部長の合議体は,かつての飯村部長の合議体のような先鋭的なポジションにあるようにも思えます。