2016年4月8日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10078 不服審判 拒絶審決 請求認容


事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年3月2日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 鈴 木 わ か な
「⑵ 本願補正発明の特徴
 前記⑴によれば,本願補正発明の特徴は,以下のとおりである。
ア 本願補正発明は,眼鏡レンズの周縁を加工する眼鏡レンズ加工装置に関するものである(【0001】)。
イ 眼鏡レンズの周縁を加工する加工装置においては,加工治具であるカップを介して一対のレンズチャック軸に保持された眼鏡レンズが,レンズチャック軸の回転に伴って回転し,粗砥石等の粗加工具を押し当てられることによって,周縁に粗加工を施される(【0002】)。
 粗加工時における眼鏡レンズの回転方向の制御には,①粗砥石の回転方向と眼鏡レンズの回転方向とが逆にされるダウンカット方式と,②粗砥石の回転方向と眼鏡レンズの回転方向とが同一方向にされるアップカット方式がある。アップカット方式においては,眼鏡レンズを粗砥石側に引っ張る力が増大し,レンズチャック軸の回転角度に対してレンズの回転角度がずれてしまう,いわゆる軸ずれが大きく発生するので,通常のプラスチックレンズの粗加工には,上記の力がアップカット方式よりは弱いダウンカット方式が採用されている。
 他方,レンズの材質が熱可塑性の素材の場合,粗加工時には研削水が使用されないので,ダウンカット方式を採用すると,粗砥石の回転方向に排出される加工くずが熱を受けて粘りを持ちやすく,熱で溶かされた加工くずが粗加工済みのレンズ周縁に付着するのに対し,アップカット方式においては,粗砥石の回転方向に排出される加工くずが粗加工の未加工部分側に排出されることから,溶かされた加工くずがレンズ周縁に付着しくい。そこで,熱可塑性素材のレンズの粗加工には,アップカット方式が採用されている(【0003】,【0005】)。
ウ 近年,眼鏡レンズとして撥水レンズが多く使用されるようになってきたが,撥水レンズは,表面が滑りやすいので,撥水物質が施されていないレンズと同様に従来の加工制御方法を使用すると,カップの取付けが滑り,軸ずれが発生しやすい(【0003】)。
 そのような軸ずれを軽減する方法は,複数提案されているものの(【0004】),撥水コーティングが施された熱可塑性のレンズをアップカット方式で加工しようとすると,それらの提案に係る加工制御によっても軸ずれの問題を十分に抑えきれず,また,軸ずれを避けようとすると,加工時間が大幅に長くなるという問題がある(【0007】)。 
 本願補正発明は,上記の問題に鑑み,熱可塑性レンズの軸ずれを効果的に抑え,効率よく加工を行うことができる眼鏡レンズ加工装置の提供を技術課題としたものである(【0008】)。
エ 本願補正発明は,前記ウの課題を解決するために,本件補正後の特許請求の範囲請求項3記載の構成を備え,レンズ回転手段及び軸間距離変動手段を制御する制御手段は,第1粗加工時において複数のレンズ回転角方向において切込みを行う際,順次所定の角度ごとに切り込ませることによって,眼鏡レンズを1回転分回転させたときに第1粗加工が完了されるように制御することを特徴とする(【0009】)。
オ 本願補正発明によれば,熱可塑性レンズの軸ずれを抑えて効率よく加工を行うことができる(【0010】)。

2 引用発明について
・・・
⑶ 引用発明の特徴
 引用例(甲1)には,本件審決が認定したとおりの引用発明(第2の3⑵ア)が記載されていることが認められ,前記⑵の記載によれば,引用発明の特徴は,以下のとおりのものと認められる。
ア 従来から,眼鏡フレームのフレーム形状に合わせて眼鏡レンズの周縁部を研削する玉型加工の方法として,軸部材の保持部に固着した玉型加工前の円形の眼鏡レンズを軸部材の一対の軸部材本体で挟持し,軸部材を回転させて,眼鏡レンズを回転駆動するとともに,眼鏡レンズの周囲に複数の砥石を配置し,これらの砥石を回転させながら,回転する眼鏡レンズに当接させる方法が使用されていた(【0001】,【0002】)。
イ しかし,上記方法においては,軸ずれが発生することから,これを防止する方法として,眼鏡レンズと保持部との間に滑り止めシール及び粘着テープを設ける方法が提案されているものの,同方法においては,眼鏡レンズの加工に手間が掛かるほか,表面に超撥水処理が施された眼鏡レンズを加工する場合は軸ずれの発生を確実に防止できないという問題があった(【0003】,【0004】)。
 引用発明は,これらの課題を解決するために,軸ずれを防止することができ,眼鏡レンズの加工に手間を掛けずに,玉型加工を行うことができる眼鏡レンズの製造装置の提供を目的としたものである(【0005】)。
ウ 引用発明は,前記アの従来の玉型加工の方法において,回転する眼鏡レンズには,砥石に当接した直後から,その回転を停止する方向の力が加わり,その力が眼鏡レンズをねじるような方向に作用して,眼鏡レンズの軸部材に対する位置ずれや角度ずれ,すなわち,軸ずれが発生しやすくなるという知見に基づいて(【0006】),眼鏡レンズにこれを保持する軸部材からの回転駆動力をかけないで,すなわち,眼鏡レンズを回転させないで粗加工をするという課題解決手段を採用した(【0007】,【0008】)
エ したがって,引用発明においては,粗加工の際,眼鏡レンズが回転していな鏡レンズ自体が回転していないので,砥石に当接しても,前記ウのとおり軸ずれの原因となっていた上記回転を停止する方向の力が加わることはなく,軸ずれが発生しにくくなる。その結果,少なくとも滑り止めシールは不要となり,眼鏡レンズ表面の材質等によっては,粘着テープも不要になり,眼鏡レンズの製造に掛かる手間を省くことができる(【0009】,【0010】)。
オ さらに,少なくとも粗加工工程において,回転する一対の砥石は,回転方向が互いに逆向きであることが好ましい。一対の砥石の回転方向を逆向きとすることで,眼鏡レンズにおいては,一方の砥石から作用する回転力と他方の砥石から作用する回転力とが打ち消し合うこととなる。これにより,眼鏡レンズは一対の砥石によって確実に挟持されることとなり,軸ずれの発生を防止することができる(【0013】)。・・・

⑶ 相違点1の容易想到性について
ア 本願補正発明と引用発明の間に前記第2の3⑵ウ(ア)のとおりの相違点1が存在することは,当事者間に争いがない。
イ 動機付けについて
(ア) 前記⑵アのとおり,引用発明は,複数の加工具回転軸を備え,複数の砥石によって眼鏡レンズを加工する装置を用いる従来の玉型加工の方法に,眼鏡レンズ
を回転させないという構成を採用したものである。
 そして,前記⑵イのとおり,引用例には,加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式についての記載はなく,示唆もされていない。加工具回転軸が複数あること自体に起因して何らかの問題が発生する,又は,加工具回転軸を1つとすることにより何らかの効果が期待できるなどといった,シングルスピンドル方式を採用する動機付けにつながり得ることも何ら示されていない。
(イ) 加えて,前記⑵イのとおり,ダブルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置は,加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置に比して,機械剛性が高く,加工時間も短いという利点を有するものと推認することができるのに対し,シングルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置がダブルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置に比して優位な点があることは,本件証拠上,認めるに足りない。
(ウ) したがって,当業者において,本願出願当時,引用発明に係る一対の加工具回転軸を備えたダブルスピンドル方式の眼鏡レンズの製造装置につき,あえて加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式の構成を採用することについては,動機付けを欠き,容易に想到し得ないというべきである。」

【コメント】
  レンズの研磨装置に関する発明です。進歩性がポイントなのですが,動機付けの認定違反を問える典型例と思えたため,取り上げました。
 
 まずは,クレームからです。
「【請求項3】眼鏡レンズを保持するレンズチャック軸を回転するレンズ回転手段と,レンズの周縁を粗加工する砥石が取り付けられた1つの加工具回転軸を回転する加工具回転手段と,前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって,前記レンズチャック軸と前記1つの加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段と,前記レンズ回転手段及び前記軸間距離変動手段を制御して粗加工軌跡に基づいて前記砥石によりレンズ周縁を加工する制御手段と,を備える眼鏡レンズ加工装置であって,/前記制御手段は,レンズを回転させない状態で,前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって,前記1つの加工具回転軸とレンズチャック軸との軸間距離を変動させ,前記砥石とレンズを1つの位置で当接させて,前記砥石を切り込ませる粗加工を複数のレンズ回転角方向でそれぞれ行う制御が可能であることを特徴とする眼鏡レンズ加工装置。」
 これだと恐らくさっぱりわかりませんが,図だとこんな感じです。
 
  図でも,やはりわからないという所ですが,ポイントは2つです。①研磨装置は1軸だけ,いわゆるシングルスピンドル方式で,②レンズは回転させず,研磨装置の方だけ回転する,というものですね。

 引用発明は甲1発明で,こんなやつです。
 
 
  これもさっぱりわからないかもしれませんが,ポイントは2つです。①研磨装置は2軸,いわゆるダブルスピンドル方式で,②レンズは回転させず,研磨装置の方だけ回転する,というものです。
 そうすると,一致点・相違点はこうです。
イ 本願補正発明と引用発明との一致点
 眼鏡レンズを保持するレンズチャック軸を回転するレンズ回転手段と,眼鏡レンズの周縁を粗加工する砥石が取り付けられた加工具回転軸を回転する加工具回転手段と,前記レンズチャック軸と前記加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段と,前記レンズ回転手段及び前記軸間距離変動手段を制御して粗加工軌跡に基づいて前記砥石により眼鏡レンズ周縁を加工する制御手段と,を備える眼鏡レンズ加工装置であって,/前記制御手段は,レンズを回転させない状態で,前記加工具回転軸とレンズチャック軸との軸間距離を変動させ,前記砥石を切り込ませる粗加工を複数のレンズ回転角方向でそれぞれ行う制御が可能である眼鏡レンズ加工装置である点
ウ 本願補正発明と引用発明との相違点
(ア) 相違点1
 本願補正発明は,加工具回転軸が1つであり,砥石と眼鏡レンズを1つの位置で当接させて粗加工を行うものであるのに対し,引用発明は,加工具回転軸が一対であり,一対の砥石と眼鏡レンズを2つの位置で当接させて粗加工を行うものである点
(イ) 相違点2
 レンズチャック軸と加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段が,本願補正発明においては,レンズチャック軸を加工具回転軸に向けて移動させるというものであるのに対し,引用発明においては,一対の砥石軸を眼鏡レンズ駆動装置に固定された眼鏡レンズに向けて移動させるというものである点
 特に重要なのが,相違点1です。上記のそれぞれの発明の①の点のことです。
 審決では,「本件審決は,相違点1につき,①眼鏡レンズの玉型加工において,1つの砥石軸で加工を行うことは従来周知の技術であるところ,装置の簡素化を図ることは,当業者が当然に考慮すべき事項であるから,一対,すなわち,2つの加工具回転軸を1つにして構成を簡素化することは,当業者が容易に想到し得たことである,②砥石の個数を単数とすること及び複数とすることのいずれも,従来から慣用されている技術であるとして,引用発明において,一対の加工具回転軸を1つにし,それに伴って,一対の砥石と眼鏡レンズを2つの位置で当接させていたものを,1つの砥石と眼鏡レンズを1つの位置で当接させて,相違点1に係る本願補正発明の特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得る旨判断した。」のです。

 つまり,ダブルスピンドルだろうがシングルスピンドルだろうが,そんな変わらないね~,大した違いじゃないのだから,2→1の適用も容易でしょ,と判断したわけです。
 他方,判決は上記のとおりです。
 ポイントは軸すれを防ぐということにあったと思います。
 引用発明も軸ずれを防ぐためのものなのですが,ダブルスピンドルでの軸ずれとシングルスピンドルでの軸ずれとに,多少メカニズムの違いがあり,結局,別系統の技術であったということがミソなのでしょう。 

 判決はその違いを大きく見たのに対し,審決は大した違いではないと見たわけです。特許庁の審判官は当業者と言ってもよいですから,技術には厳しいわけです。それ故,過小評価しがちだということも裏のポイントの一つと言えましょう。