2016年4月12日火曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10127 無効審判 無効審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年3月23日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 鈴 木 わ か な
 
「 ⑵ 相違点4の判断について
ア 引用例の記載について
 前記⑴イのとおり,引用例には,流体供給経路に相当する「流体管14」及び流体排出経路に相当する「流体管14とは別体の流体管」のいずれについても,その管の広さ(径の大きさ)に関する記載は,一切ない。
 また,【請求項1】及び本件明細書【0031】の記載によれば,本件発明において,流体排出経路を流体供給経路よりも狭くしたのは,少ない流量の気体でレーザビーム反射面の反対側に,レーザビーム反射部材が弾性変形をするのに要する気体圧力をかけるためのものと認められるところ,引用例中には,少ない流量の流体でレーザビーム反射面である鏡面12の反対側に,レーザビーム反射部材に相当する金属円板が弾性変形するに要する圧力をかけることに関する記載も示唆もない。
イ 周知技術について
(ア) 本件審決は,気体が排出する経路と流入する経路を有する空間において,気体が排出する経路(周知例10記載の「絞り」,周知例11記載の「排気管」)を狭くすることで,当該空間の圧力を上昇させることは,従来周知の技術事項であるとし,これを前提として,相違点4に係る構成は,当業者が容易に採用し得る設計上の事項である旨判断した。
(イ) 周知例10について
 周知例10には,空気圧配管において「絞り」は,圧力損失をもたらし,管内の空気圧の流れの速度を制限する速度制御弁の役割を果たすことなどが記載されているにとどまり,「気体が排出する経路」と「気体が流入する経路」とで各経路の広さ(径)を変えることについては,何ら触れられていない(甲22)。
(ウ) 周知例11について
a 周知例11には,以下の記載がある(甲23)。
(a) 産業上の利用分野
 本発明は貯蔵装置に係り,特に貯蔵庫内の残存ガスを貯蔵物の鮮度維持を図る修整ガスに置換する貯蔵装置に関する(【0001】)。
・・・
b 周知例11は,前記a(a)のとおり,「貯蔵装置に係り,特に貯蔵庫内の残存ガスを貯蔵物の鮮度維持を図る修整ガスに置換する貯蔵装置に関する」発明の公開特許公報であり,引用発明とは明らかに技術分野を異にする。
 そして,周知例11には,前記a⒝のとおり,発明が解決しようとする課題の1つとして,排気管が小さければ庫内の圧力が上昇する旨記載されているが,前記a⒞から(e)のとおり,課題を解決する手段,実施例及び発明の効果において,「気体が排出する経路」に相当する排気管の内径(管路断面積)に関しては,上記の貯蔵庫内の容積Vに対する比率の範囲,管路断面積比率と置換時間比率及び貯蔵庫内圧力との関係等が示されており,「気体が流入する経路」に相当する修整ガスを前記貯蔵庫へ供給する手段である修整ガス供給管路7の内径(管路断面積)に関しては,その供給流量が一定の範囲内となるように管路内径を選定してもよい旨が記載されているが,排気管と修整ガス供給管路の各径の対比に言及する記載はない。よって,周知例11において,「気体が排出する経路」を「気体が流入する経路」よりも狭くすることは,開示も示唆もされていないというべきである。
ウ 相違点4の容易想到性について
(ア) 前記アのとおり,引用例には,流体供給経路及び流体排出経路のいずれについても,その管の広さ(径の大きさ)に関する記載は,一切ない。また,少ない流量の流体でレーザビーム反射面である鏡面12の反対側に,レーザビーム反射部材に相当する金属円板が弾性変形するに要する圧力をかけることに関する記載も示唆もない。
(イ) 前記イのとおり,周知例10においては,「気体が排出する経路」と「気体が流入する経路」とで各経路の広さ(径)を変えることについては,何ら触れられていない。
 周知例11は,引用発明とは技術分野を異にすることから,引用発明の技術分野の当業者にとっての周知技術を示すものとは直ちにいい難い上,「気体が排出する経路」を「気体が流入する経路」よりも狭くすることは,開示も示唆もされていない。
(ウ) 以上に鑑みると,本件特許出願時において,引用例に接した当業者が,流体排出経路を流体供給経路よりも狭いものにしようとする動機付けがあるということはできず,引用発明から,相違点4に係る本件発明を容易に想到することはできない。」

【コメント】
 最近,この事件の当事者に関するニュースがありました。
 そのきっかけとなった判決だと思います。
 
 レーザー加工装置の発明に関し,進歩性が問題となった事件です。
 まずはクレームからです。
 
「【請求項1】レーザ発振器から出力されるレーザビームを集光光学部材を用いて集光させ,切断・溶接等の加工を行うレーザ加工装置において,前記レーザビームの伝送路に設けられ気体圧力により弾性変形するレーザビーム反射部材と,このレーザビーム反射部材の周囲部を支持し前記レーザビーム反射部材とともにレーザビーム反射面の反対側に空間を形成する反射部材支持部と,前記反射部材支持部に設けられ,この反射部材支持部の空間に気体を供給する流体供給手段と,気体供給圧力を連続的に切り換える電空弁と,前記反射部材支持部に設けられ,前記反射部材支持部の空間から気体を排出する流体排出手段とを備え,前記空間は流体供給経路及びこの流体供給経路と別体の流体排出経路を除き密閉構造とし,さらに前記空間は前記流体供給手段及び前記流体排出手段とともに出口を有する流体動作回路を構成して,前記流体排出経路を通過した気体は前記流体排出手段より外部に排出され,前記流体排出経路を前記流体供給経路よりも狭くすることにより,前記レーザビーム反射面の反対側に前記レーザビーム反射部材が弾性変形するに要する気体圧力をかけるように構成したことを特徴とするレーザ加工装置。」
 
 やはり,こういうのは図がないとわかりにくいです。
  
 ポイントはこの図で言う9の部分です。そこに流体を入れて膨らませ,10の反射鏡をたわませ,それによって,レーザーの位置を変えるというものです。
 
 一方,引用発明は甲1の1で,こんなやつです。
 

 やはり,同じようなレーザー加工装置なのです。

 そして,一致点・相違点は以下のとおりです。
イ 本件発明と引用発明との一致点
 レーザ発振器から出力されるレーザビームを集光光学部材を用いて集光させ,切断・溶接等の加工を行うレーザ加工装置において,前記レーザビームの伝送路に設けられ流体圧力により弾性変形するレーザビーム反射部材と,このレーザビーム反射部材周囲部を支持し前記レーザビーム反射部材とともにレーザビーム反射面の反対側に空間を形成する反射部材支持部と,前記反射部材支持部に設けられ,この反射部材支持部の空間に流体を供給する流体供給手段と,流体供給圧力を切り換える弁と,前記反射部材支持部に設けられ,前記反射部材支持部の空間から流体を排出する流体排出手段とを備え,前記空間は流体供給経路及びこの流体供給経路と別体の流体排出経路を除き密閉構造とし,前記空間は前記流体供給手段及び前記流体排出手段とともに流体動作回路を構成して,前記流体排出経路を通過した流体は前記流体排出手段より外部に排出されるように構成したレーザ加工装置である点
ウ 本件発明と引用発明との相違点
(ア) 相違点1
 流体供給手段が反射部材支持部の空間に供給する流体や,流体排出手段が反射部材支持部の空間から排出する流体について,本件発明の流体は「気体」であるのに対して,引用発明の流体は「圧力水」である点
(イ) 相違点2
 流体供給圧力を切り換える弁について,本件発明の弁は,流体供給圧力を「連続的に切り換える電空弁」であるのに対して,引用発明の弁は,流体の供給圧力を「4段階に切り換える磁気弁」である点
(ウ) 相違点3
 本件発明の「流体動作回路」は出口を有するものであるのに対し,引用発明の「流体回路」は,出口を有するものであるか,明らかではない点
(エ) 相違点4
 本件発明の「流体排出経路」は,「流体供給経路」よりも狭くしたものであるのに対し,引用発明の「流体排出経路」と「流体供給経路」がそのようなものであるか明らかではない点
 
 判決は上記のとおり,相違点4を重要視しました。
 確かに審決というか,被告というかの言うとおり, 「貯蔵庫に一定量の空気を供給する際に,排気管の管径をより小さくすれば,排出される量が少なくなるので,貯蔵庫の圧力がより高くなる。」のはよく知られたことなのかもしれません。これは物理系の出身者ならすぐわかりますね。真空ポンプならば,学生実験でもやりますので。
 
 しかし,いかんせん技術分野が違いすぎました。
 そうすると,技術分野の関連性がない,課題の共通性がない,→動機付けできない!ということになってしまったわけです。
 
 被告としては,もう少し副引例を探せば良かったのかもしれませんが,ちょっと,息切れしてしまったところもあったのでしょう。この判決後すぐに和解に応じたくらいですので。
 
 争いごとというのは,須く,物量に勝るほうは長期戦へ,そうでない方は短期決戦にするというのが,兵法の基本だと思います。今回勝った原告の方は,まさにその基本とおりのやり方を貫いたということです。 

 さて,これにて,年度末に溜め込んでいた進歩性についての判決も,一旦クリアとなりました。以降は新年度言い渡し判決をご紹介できると思います。