2016年7月15日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10164 無効審判 無効審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年7月13日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 柵 木 澄 子
裁判官 片 瀬 亮
 
「 5 取消事由3(相違点2の判断の誤り)について
(1) 本件審決は,引用発明においても,相手コネクタ33の姿勢の変化に応じて,回転中心突起53は突出部に対する位置が変化するものといえるから,相違点2は実質的な相違点ではない旨判断した。
(2) 引用発明について
 しかし,前記3(2)のとおり,引用発明において,相手コネクタ33は,回転中心突起53が溝部49に形成された肩部56のケーブル44側に当接している状態(第3図の状態)では,コネクタ突合方向の軸線に対してある角度をもった状態,すなわち,相手コネクタ33の前端側が持ち上がった上向き傾斜姿勢にある状態であり,この状態から相手コネクタ33を回転させ,嵌合終了状態(第5図の状態)にしているものであるから,引用発明における「回転中心突起53」の位置変化は,回転操作により行われるものではなく,回転操作の前に行われている。したがって,引用発明は,相手コネクタ33の姿勢の変化に応じて,回転中心突起53の溝部49の突出部に対する位置が変化するものであるということはできない。
(3) 相違点2が実質的な相違点であるか否かについて
ア 特許請求の範囲(請求項1)には,本件発明が,①コネクタの嵌合の場面においては,コネクタ嵌合状態では,ケーブルコネクタの姿勢の変化に応じて突出部に対するロック突部の位置が変化することにより,ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,ロック突部が抜出方向で突出部と当接してケーブルコネクタの抜出を阻止するようになっており,②コネクタの嵌合を解除する場面においては,コネクタ嵌合状態でケーブルコネクタの前端部に設けられた持上げ部を抜出方向に持ち上げることにより,係止部と被係止部との係止可能な状態が解除されるとともに,ロック突部と突出部との当接可能な状態が解除されて,ケーブルコネクタの抜出が可能となるものであることが規定されている。
 そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記1(1)のとおりの記載があり,【0040】には,「ケーブルコネクタ10を意図的に抜出するときには,ケーブルコネクタ10の前端に設けられた持上げ部19に比較的大きな力を上方向に向け作用させる。この力は,…ケーブルコネクタ10を前端側がもち上がる上向き姿勢にもたらす。この姿勢は,図3(B)における実線の姿勢と同じであり,ロック突部21は突出部59と干渉することがなくロック溝部57の外部へ上昇でき,ケーブルコネクタ10の抜出が可能となる。」と記載されている。
 そうすると,本件発明は,嵌合では,ケーブルコネクタの前端側が持ち上がった上向き傾斜姿勢から嵌合終了の姿勢への姿勢の変化に応じて,突出部に対するロック突部の位置が変化することにより,ロック突部が抜出方向で突出部と当接してケーブルコネクタの抜出を阻止する一方,嵌合の解除では,ケーブルコネクタの前端側が持ち上がる上向き姿勢となることで,突出部に対するロック突部の位置が元に戻り,ロック突部における抜出方向の突出部との当接が解除され,ロック溝部の外部へ上昇させることによるケーブルコネクタの抜出が可能となるという作用を奏するものであると認められる。
イ これに対し,引用発明は,嵌合の終了姿勢では,回転中心突起53が溝部49に形成された肩部56のケーブル44側に当接している状態にあるため,本件発明と同様に抜出を阻止する作用を奏しているものの,嵌合の解除姿勢では,回転中心突起53が溝部49に形成された肩部56のケーブル44側に当接されたままであるため,溝部49の突出部の回転中心突起53に対する干渉はなくなっておらず,相手コネクタ33の姿勢を上向き姿勢とするだけでは,相手コネクタ33の抜出はスムーズに行い得ない。
 仮に,引用発明において,溝部49の突出部,すなわち,溝部49に形成された肩部56のケーブル44側の形状(角度)をなだらかなものとするならば,回転中心突起53が溝部49に形成された肩部56のケーブル44側に当接したままであっても,抜出可能とすることはできるものの,このような構成とした場合には,本来の嵌合状態での抜出阻止の作用を減じてしまうことになる。
ウ 以上によれば,本件発明において,相違点2に係る構成は,固有の作用を奏するものであって,単なる設計的事項にすぎないものであるということはできない。
 したがって,相違点2は実質的なものである。・・・

(5) 小括
 以上のとおり,相違点2は実質的な相違点であるところ,本件審決には,引用発明において,相違点2に係る本件発明の構成を備えることは容易に想到することができたことは,示されていない。
 そして,本件審判手続における被告の主張(甲16,24,28)を参照したとしても,引用例には,溝部49の突出部に対する回転中心突起53の位置の変化を相手コネクタ33の姿勢の変化に応じたものとすることについて,記載も示唆もなく,また,引用発明と周知例4及び甲6ないし8に記載された各コネクタとでは,その構造や形状が大きく異なるから,引用発明において,上記各コネクタの嵌合過程における突起部と突出部との位置関係を適用しようとする動機付けがあるということはできないし,仮に適用を試みたとしても,引用発明において,相違点2に係る本件発明の構成を備えることが容易に想到することができたとは認められない。」

【コメント】
 本件は,発明の名称を「電気コネクタ組立体」とする特許の無効審判に関する審決取消訴訟の事件です。
 
 論点は進歩性です。
  
 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】ハウジングの周面に形成された嵌合面で互いに嵌合接続されるケーブルコネクタとレセプタクルコネクタとを有し,嵌合面が側壁面とこれに直角をなし前方に位置する端壁面とで形成されており,ケーブルコネクタが後方に位置する端壁面をケーブルの延出側としている電気コネクタ組立体において,/ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタの一方が,平坦面部分を有する突部前縁と平坦面部分を有する突部後縁とが前後方向に離間しているロック突部を側壁面に有し,他方が前後方向で該ロック突部に対応する位置で溝部前縁と溝部後縁が形成されたロック溝部を側壁面に有し,該ロック溝部には溝部前縁または溝部後縁から溝内方へ突出する突出部が設けられており,ケーブルコネクタは,前方の端壁面に寄った位置で側壁に係止部が設けられ,レセプタクルコネクタは,前後方向で上記係止部と対応する位置でコネクタ嵌合状態にて該係止部と係止可能な被係止部が側壁に設けられており,上記ロック突部が嵌合方向で上記ロック溝部内に進入してケーブルコネクタが該ケーブルコネクタの前端側が持ち上がった上向き傾斜姿勢から嵌合終了の姿勢となったコネクタ嵌合状態では,上記姿勢の変化に応じて上記突出部に対する上記ロック突部の位置が変化することにより,該ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,上記ロック突部が上記抜出方向で上記突出部と当接して該ケーブルコネクタの抜出を阻止するようになっており,該ケーブルコネクタの前端部には前方へ突出する持上げ部が設けられていて,上記コネクタ嵌合状態で該持上げ部を抜出方向に持ち上げることにより,上記係止部と上記被係止部との係止可能な状態が解除されるとともに,上記ロック突部と上記突出部との上記当接可能な状態が解除されて,上記ケーブルコネクタの抜出が可能となることを特徴とする電気コネクタ組立体。

 悪名高い機械系のクレームですね。しかも典型的です。これを一回読んだだけで分かる人はどれくらい居ることでしょうか。むしろ,逆に一回で分かる人の方が変でしょうね。毒されているってことです。
 
 こういうのは図を見た方が早いです。
 
  まさにコネクタの発明で,右の図3の一連のはめこみプロセスを見るとわかると思います。ケーブルコネクタにあるロック凸部の21が,レセプタクルコネクタにあるロック溝部57にハマる,そのハマり方に特徴があるわけです。
 
 つまり,図3のとおり,一度斜めにして,ロック溝部の斜めになっている所をうまく通りぬけ,その後水平にしてカチッととまる,というわけです。


 他方,引例は,このようなものです。
 
 
 やはりコネクタで,回転中心突起53が溝部49にハマることで,カチッととまるというものです。
 
 さて,一致点・相違点は以下のとおりです。
(ア) 一致点
「ハウジングの周面に形成された嵌合面で互いに嵌合接続されるケーブルコネクタとレセプタクルコネクタとを有し,嵌合面が側壁面とこれに直角をなし前方に位置する端壁面とで形成されており,ケーブルコネクタが後方に位置する端壁面をケーブルの延出側としている電気コネクタ組立体において,/ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタの一方が,ロック突部を側壁面に有し,他方が前後方向で該ロック突部に対応する位置で溝部前縁と溝部後縁が形成されたロック溝部を側壁面に有し,該ロック溝部には溝部前縁または溝部後縁から溝内方へ突出する突出部が設けられており,ケーブルコネクタは,前方の端壁面に寄った位置で側壁に係止部が設けられ,レセプタクルコネクタは,前後方向で上記係止部と対応する位置でコネクタ嵌合状態にて該係止部と係止可能な被係止部が側壁に設けられており,上記ロック突部が嵌合方向で上記ロック溝部内に進入してケーブルコネクタが該ケーブルコネクタの前端側が持ち上がった上向き傾斜姿勢から嵌合終了の姿勢となったコネクタ嵌合状態では,上記突出部に対する上記ロック突部の位置が変化し,上記コネクタ嵌合状態で解除操作を行うことにより,上記係止部と上記被係止部との係止可能な状態が解除されるとともに,上記ロック突部と上記突出部との当接可能な状態が解除されて,上記ケーブルコネクタの抜出が可能となる電気コネクタ組立体。」である点。
(イ) 相違点1
 本件発明では,ロック突部は,平坦面部分を有する突部前縁と平坦面部分を有する突部後縁とが前後方向に離間しているのに対し,引用発明では,回転中心突起53は,そのような特定はない点。
(ウ) 相違点2
 本件発明では,突出部に対するロック突部の位置の変化が,ケーブルコネクタの姿勢の変化に応じたものとされているのに対し,引用発明では,回転中心突起53は,相手コネクタ33は,一方のコネクタ31におけるコネクタ突合方向の軸線に対して或る角度を持った状態でその回転中心突起53を溝部49に肩部56で停止する深さまで挿入され,その後に,相手コネクタ33を反時計方向に回転させ,その結果,相手コネクタ33の係止突起60は,一方のコネクタ31の係止穴51に入り込み回転が停止すると共にロックされ,そして,このロックされた状態において,回転中心突起53は溝部49の上記突出部の下方に位置するものの,回転中心突起53の位置の変化が相手コネクタ33の姿勢の変化に応じたものとはされていない点。
(エ) 相違点3
 本件発明では,コネクタ嵌合状態では,ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,ロック突部が上記抜出方向で突出部と当接して該ケーブルコネクタの抜出を阻止するようになっているのに対し,引用発明では,相手コネクタ33と一方のコネクタ31とがロックされた状態において,回転中心突起53は溝部49の突出部の下方に位置しているものの,相手コネクタ33が後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,回転中心突起53が上記抜出方向で突出部と当接して,上記相手コネクタ33の抜出を阻止するとはされていない点。
(オ) 相違点4
 本件発明では,ケーブルコネクタの前端部には前方へ突出する持上げ部が設けられていて,コネクタ嵌合状態で解除操作が,該持上げ部を抜出方向に持ち上げることにより行われるのに対し,引用発明では,相手コネクタ33にはそのような持上げ部が設けられているとはされていなく,コネクタ嵌合状態で解除操作が,相手コネクタ33を時計方向に回転した後に,回転中心突起53を溝部49にて案内しつつ上方に引き抜くことにより行われる点。

 しかしながら,審決では,進歩性なしとしたわけです。

 この点について,判旨で引いたのは,上記の相違点2の所です。

 つまり,審決は,相違点2が実質的相違点ではないとしたのです。「引用発明においても,相手コネクタ33の姿勢の変化に応じて,回転中心突起53は突出部に対する位置が変化するものといえるから」という理由からです。
 
 とは言え,上記の引例の図,第3図と第5図を見ると,回転中心突起53の位置は変わっておりません。ずっと同じ位置で,○が動きません。
 
 他方,上記の本件発明の図,図3のB→Cのとおり, ロック凸部の21がかなり色々動きます。そして,この動きが本件発明の特徴,簡単にはめられて取れにくい,ということを体現するもののようです。
 
 それ故,ここがポイントとなる大きな差異ですし,引例にその点の記載も示唆もなければ,動機付けなし!とされても仕方がない所でしょう。
 
 あと,本件では,相違点4に関することも取消事由として認容されております。 それについては各自自習ということでよろしくお願いします。