2016年9月8日木曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)25928  東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 損害賠償請求事件
裁判年月日
 平成28年8月30日
裁判所名
 東京地方裁判所第47部
裁判長裁判官 沖 中 康 人
裁判官 矢 口 俊 哉
裁判官 村 井 美喜子
 
「(1)ア 本件発明の構成要件Gは,「前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」というものであるから,上記構成要件の文言によれば,本件発明は,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なることという要件を充たす場合に,所定の制御を行うものであることが明らかというべきである。
イ 前記1認定の本件明細書の記載をみても,【作用】欄には,「本願請求項1または6に記載のナビゲーション装置または方法の発明では,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定するまでの間に移動体が移動することにより経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応する経路誘導を正確に行うことができる。…」(段落【0018】)との記載があり,【発明の効果】欄にも,「本願発明によれば,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定するまでの間に移動体が移動して経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応する経路誘導を正確に行うことができる。…」(段落【0038】)との記載があり,これらの記載は,「本件発明は探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なるか否かを判断するものである」という構成要件Gに係る上記解釈を裏付けるものである。
ウ さらに,本件特許の出願経過からも上記解釈は裏付けられる。すなわち,原告は,本件特許の審査段階において,特許庁から平成15年1月21日発送の拒絶理由通知(乙8)を受けたところ,そこには「…請求項1の記載では本願発明の目的である通過すべき経由地点の設定中にすでにそれらの経由地点のいずれかを通過してしまった場合でも,正しい経路誘導を行うための構成である『設定指令が入力された時点での車両現在位置を探索開始地点として記憶し,この記憶された探索開始地点と,経路データが設定され移動体の経路誘導が開始される時点での移動体の現在位置を比較する』点が明確に記載されていない。…よって,請求項1は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではない。」とされていた。原告は,上記拒絶理由通知に対応して,同年2月5日受付の意見書(乙9)を提出し,そこにおいて「審査官殿のご指摘の通り,本願発明における探索開始地点と経路誘導地点に関する上述の点が不明瞭であると考えますので,『設定指令が入力され,経路の探索を開始する時点の前記移動体の現在位置を探索開始地点として記憶する記憶手段』と構成要件を加えることにより,探索開始地点が記憶されることを明確にするとともに,経路データ設定手段が『記憶した探索開始地点を基に経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定する』と補正して探索開始地点と経路データの関係を明確にし,制御手段おける記憶された探索開始地点と誘導開始地点を比較する点を明確に致しました。」(1頁下9行~2行)と記載し,併せて,同日受付の手続補正書(乙10)を提出して上記記載に沿った補正を行い,探索開始地点と誘導開始地点とを比較することを明確にしたものである。以上の出願経過も,構成要件Gに係る上記解釈を裏付けるものである。
(2) しかるところ,被告装置において,「探索開始地点」と「誘導開始地点」を比較して両地点が異なるかどうかを判断しているものと認めるに足りる証拠はない。
かえって,証拠(乙16の1)によれば,被告装置においては,①経路誘導の計算が行われ,これが終了すると,出発地点P0から目的地Pnまでの経路を示す経路リンクのリストがメモリに保存され,②他方で,上記①の経路誘導とは独立して,継続的に,車両の現在位置Cと地図データの地図リンクとのマッチングが行われ,その際,車両の現在位置Cと,地図データのノード間を結ぶ地図リンクとを比較することで,車両の現在位置Cと一致する地図リンクを特定し,③上記②のマップマッチングで特定されたリンクが上記①の経路リンクの一つと直接対応すると,道路境界領域の処理は行われず,その代わりに地図リンクと一致する経路リンクに基づいて誘導が行われ,他方で,現在位置Cが,マップマッチングによって特定された経路リンクに載っていない場合,所定の方法で絞り込んだ道路境界領域内のリンクと現在位置とを比較してリンク上に載っているか否かの判定をするとの作業が行われていることが認められる。
 なお,乙16の1は,補助参加人の関連会社所属のエンジニアが作成した宣誓書であるが,同記載内容は,被告装置の制御に関する他の証拠とも矛盾がなく,これを特段疑う理由もないから,信用できるものといえる。
 以上からすれば,被告装置では,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なるか否かを判断するという作業は行われず,あくまで,車両の現在位置が所定の経路リンク上に載っているか否かが判定されているにすぎないから,被告装置は本件発明の構成要件Gを充足しないものというべきである。」 

【コメント】
 大手同士(被告の補助参加人がガーミンですので。)のカーナビ関係の特許権侵害訴訟の事案です。 

 と言って,構成要件充足性が無く,あっさりと棄却になっております。それにしても,事件番号の割に時間がかかっていますが,何かあったのでしょうかね。

 クレームは以下のとおりです。
A 移動体の現在位置を測定する現在位置測定手段と,
 B 前記現在位置から経由地を含む前記移動体が到達すべき目的地までの経路設定を指示する設定指令が入力される入力手段と,
 C 前記設定指令が入力され,経路の探索を開始する時点の前記移動体の現在位置を探索開始地点として記憶する記憶手段と,
 D 前記記憶した探索開始地点を基に前記経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定する経路データ設定手段と,
 E 前記移動体の現在位置と前記設定された経路データとに基づいて前記移動体を目的地まで経路誘導するための誘導情報を出力する誘導情報出力手段と,
 F 前記移動体の移動に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する制御手段と,を備え,
 G 前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する
 H ことを特徴とするナビゲーション装置。
 
 ポイントは,構成要件Gの解釈です。

 被告装置は,カーナビによくあるパターンで,「被告装置は,単に車両の現在位置と車両の進行方向に基づいて,車両の現在位置が設定されたルート上にある場合には,車両の進行方向に基づいて設定されたルート上の次の転換点を案内する制御を行っているにすぎない」のです。

 つまり,被告装置は,本件特許に言うような最初の「探索開始地点」などをいちいち参照しないわけです。
 
 カーナビって,安全面から移動中は操作できないのがデフォーですが,まあそこの所は措いておいて,操作等に時間がかかり,最初の始点からもうずれているって場合もあり得ます。
 
 その場合にどうやって補正というか修正をするかという技術です。
 
 本件特許の場合,上記のクレームのとおり,ずれたら,現在の所在の点と最初の始点とを比較するってやつです。
 他方,被告装置の場合,ずれたら,最初の始点なんか捨象して,現在の所在の点と,目的地から再度ルートを探すってやつです。

 そうすると,制御の方法は結構違います。

 原告は色々言っているようですが,補正等の際,意見書で色々言っていたようで,広い解釈はちょっと無理でした。
 致し方無い結論と思います。