2016年9月28日水曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10242  無効審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年9月20日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴岡稔彦
裁判官 杉浦正樹
裁判官 寺田利彦
 
「(1) 取消事由1-1(本件発明1の要旨認定の誤り)について
ア(ア) 法29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,この発明を同条1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲の記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができないとか,一見してそ記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない(リパーゼ事件判決)。 
 本件において,本件発明1の「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」合成樹脂(以下「本件構成」という。)が「延伸が可能で延伸をした後においても弾性的な伸縮性(との性質)を有する」ものであることは,特許請求の範囲の記載から明らかである。もっとも,同記載によれば,「二重瞼形成用テープ」である本件発明1において,本件構成に係る合成樹脂が「延伸可能」との性質を有することがいかなる技術的意義を有するのかについては,必ずしも特定することはできない。すなわち,本件構成に係る合成樹脂が「延伸」することが「二重瞼形成」に関係するのかしないのか,いかなる形で関係するのかといった点は,本件発明1の特許請求の範囲の記載から一義的に明確に理解することはできない。そうである以上,本件構成の技術的意義の理解に当たり本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することは許されるというべきである。
(イ) これに対し,原告らは,本件審決ではリパーゼ事件判決にいう「特段の事情」に関する検討が脱落している,本件構成に係る特許請求の範囲の記載は,その技術的意義を一義的に明確に理解することができないというような事情はないなどと指摘して,本件審決における本件発明1の要旨認定の誤りを主張する。
 しかし,本件審決がリパーゼ事件判決の判旨を踏まえて判断していることはその記載から明らかである。また,前記のとおり,本件発明1の特許請求の範囲には「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」という本件構成に係る記載のほか,「二重瞼形成用テープ」という記載も存在するところ,本件発明1の要旨の認定に当たっては,前者の記載のみでなく後者の記載をも考慮に入れることが必要である。
 そうすると,上記(ア)のとおり,本件構成に係る合成樹脂に関する技術的意義につき本件発明1の特許請求の範囲の記載から一義的に明確に理解することはできないというべきことになる。
 よって,この点に関する原告らの主張は採用し得ない。すなわち,原告ら主張の取消事由1-1は理由がない。」

「ウ 本件発明1と甲2発明の相違点について
 上記アで認定した甲2の各記載(図面を含む。)によれば,甲2発明の「テープ細帯32」は,本件審決が認定するとおり,延伸することなく,そのままの形状で皮膚に貼付され,貼付後もその形状が維持されることで,二重瞼を形成するものと認められる。
 そうすると,前記((1)ウ)のとおり,延伸させたテープ状部材の収縮力によりテープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成するために「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」本件発明1の「合成樹脂」と,延伸することなく,そのままの形状で皮膚に貼付され,貼付後もその形状が維持されることで,二重瞼を形成する甲2発明の「テープ細帯32」の素材として用いられる「3M社製の仕様書番号1512-3(1981年8月)のポリエチレンフィルム」とは,同一ではない。
 すなわち,本件審決が認定した相違点は実質的な相違点ということができる。
エ 相違点の容易想到性について
 上記アで認定した甲2の各記載によれば,甲2発明の「テープ細帯32」は,自然な加齢の過程の一環により生じる上眼瞼の皮膚の弛みや垂れ下がりを上眼瞼形成術という外科手術によらず,非手術的な一時的疑似上眼瞼形成術という方法で矯正しようというものである(上記ア(ア),同(イ))。すなわち,甲2発明の「テープ細帯32」は,両面に粘着剤を有しており,弛んだ上眼瞼の皮膚を持ち上げて引き伸ばした状態で,その皮膚の表面にテープ細帯32の一方の面を貼付し,次いで,引き伸ばした皮膚を下方に折りたたんでテープ細帯32の他方の面に付着させることにより,皮膚の下縁部がテープ細帯32の下縁部に沿って揃った状態の人工的な二重瞼を形成するとともに,余剰の皮膚をテープ細帯32の上に被さるようにして皮膚の弛みを解消するものである(上記ア(ウ),同(エ),同(キ)及び同(ク))。
 このように,甲2発明は,上眼瞼の弛みを解消するためにその上眼瞼に形成したひだをテープ細帯32の粘着力を利用して上眼瞼に固定し維持するものであり,本件発明1のようにテープ細帯32の収縮力を利用するものではない。そうすると,本件発明1と甲2発明とは,二重瞼の形成原理を全く異にする発明というべきである。このため,甲2発明の「テープ細帯32」の素材として用いられる「3M社製の仕様書番号1512-3(1981年8月)のポリエチレンフィルム」が,仮に延伸後に収縮性を有するものであり延伸させれば収縮力を生じるものであるとしても,相違点に係る本件発明1の構成が甲2発明から動機付けられることはない。
 したがって,相違点に係る本件発明1の構成は,当業者が甲2発明から容易に想到することができるものではない。」

「イ(ア) また,原告らは,本件発明1に係る「…細いテープ状部材に,粘着剤を塗着する」との記載は「塗着する」という動作を伴う経時的な要素を記載しているものであるから,本件発明1はプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するところ,「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在する」ことはないから,「発明が明確であること」との要件に適合しない旨主張する。
(イ) 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解される(最高裁判所第二小法廷平成27年6月5日判決・民集69巻4号700頁)ところ,本件発明1に係る上記記載は,これを形式的に見ると,確かに経時的な要素を記載するものということもでき,プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると見る余地もないではない。
 しかし,プロダクト・バイ・プロセス・クレームが発明の明確性との関係で問題とされるのは,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば,その製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であることなどから,第三者の利益が不当に害されることが生じかねないことによるところ,特許請求の範囲の記載を形式的に見ると経時的であることから物の製造方法の記載があるといい得るとしても,当該製造方法による物の構造又は特性等が明細書の記載及び技術常識を加えて判断すれば一義的に明らかである場合には,上記問題は生じないといってよい。そうすると,このような場合は,法36条6項2号との関係で問題とすべきプロダクト・バイ・プロセス・クレームと見る必要はないと思われる。
(ウ) ここで,本件明細書の記載を参酌すると,本件明細書には「二重瞼形成用テープは,図2に示すように,弾性的に伸縮するX方向に任意長のシート状部材11の表裏前面に粘着剤12を塗着…し,これを多数の切断面Lに沿って細片状に切断することにより,極めて容易に製造することができる。」(甲1の段落【0013】)という態様,すなわち,粘着剤を塗着した後,細いテープ状部材を形成する態様を含めて「図1及び図2に示す実施例では,弾性的に伸縮する細いテープ状部材の表裏両面に粘着剤2を塗着している」(同段落【0014】)
と記載されている。また,本件発明1は,「テープ状部材の形成」と「粘着剤の塗着」の先後関係に関わらず,テープ状部材に粘着剤が塗着された状態のものであれば二重瞼を形成し得ること,すなわちその作用効果を奏し得ることは明らかである。
 そうすると,本件発明1の「…細いテープ状部材に,粘着剤を塗着する」との記載は,細いテープ状部材に形成した後に粘着剤を塗着するという経時的要素を表現したものではなく,単にテープ状部材に粘着剤が塗着された状態を示すことにより構造又は特性を特定しているにすぎないものと理解するのが相当であり,物の製造方法の記載には当たらない
というべきである。
(エ) したがって,本件発明1は,法36条6項2号との関係で問題とされるべきプロダクト・バイ・プロセス・クレームには当たらない。この点に関する原告らの主張は採用し得ない。」

【コメント】
 本件は,特許の無効審判の不成立審決に対する審決取消訴訟の事案です。なかなか興味深い論点があるのと,技術的に複雑ではないので,学習等に用いるのに適した事例かと思います。
 
 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,粘着剤を塗着することにより構成した,ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。
 
 これに対して,原告は,進歩性なし,記載要件の不備ありなどという無効事由により無効審判を請求したのですが,無効審判ではいずれも認められませんでした。
 
 進歩性についての,主引例は甲2発明ですが,その一致点・相違点は以下のとおりです。
 
本件発明1と甲2発明とを対比すると,両者は,「合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,粘着剤を塗着することにより構成した,二重瞼形成用テープ」である点で一致し,合成樹脂について,本件発明1では「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」が,甲2発明では「3M社の仕様書番号1512-3(1981年8月)のポリエチレンフィルム」である点で相違する。
 
 そして,審決では作用・機能の違いが大きいとして,進歩性ありとし,訴訟の方でも,上記のとおり, 「甲2発明は,上眼瞼の弛みを解消するためにその上眼瞼に形成したひだをテープ細帯32の粘着力を利用して上眼瞼に固定し維持するものであり,本件発明1のようにテープ細帯32の収縮力を利用するものではない。そうすると,本件発明1と甲2発明とは,二重瞼の形成原理を全く異にする発明というべきである。」とされました。
 一見似ているかもしれないけど,よく見れば全く別物の発明というわけです。
 
 ただ,原告はその前提として,本件発明の要旨認定にリパーゼ判決違反があると主張します。つまり, 「特許請求の範囲の記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができ」るのに,明細書の記載を参酌した,さらには,そういうことを検討せずにダマで明細書の記載を参酌した,との主張です。
 
 しかし, 上記のとおり,本件の判決は,これを一蹴しております。とは言え,この辺は裁判官の胸先三寸の判断ですので,「理解することはできない。」と言われた以上,それに対抗する術はないでしょう。
 
 さらに,本件で注目すべきは,PBPクレーム無効の主張がされたことです。
 地裁の無効の抗弁において被告側からの主張がされた事件が若干あるように記憶しますが(勿論,判決が公表された中です。) ,知財高裁での判断がされたのは初めてではないでしょうか。
 
 「特許請求の範囲の記載を形式的に見ると経時的であることから物の製造方法の記載があるといい得るとしても,当該製造方法による物の構造又は特性等が明細書の記載及び技術常識を加えて判断すれば一義的に明らかである場合
 
 これが判断基準になります。
 
 しかし,この基準,雑誌L&Tの73号に掲載の,知財高裁の設楽所長の論文,「クレームに、製造方法に関して経時的要素の記載があり、形式的には製法的な記載があると解される場合でも、明細書、クレームおよび図面の記載並びに技術常識に照らし、その製法的記載が意味するものの構造、特性が明確なもの(表見PBPクレーム)については、これをPBP最判が適用されるPBPクレームと解する必要はないことになる。」の記載と瓜二つと言ってよいでしょう。

 つまりは,知財高裁は,PBPクレーム無効に関して,今後,設楽所長論文の基準で判断するということを宣明したと言ってよいと思います。

 兎も角,全て無駄骨に終わった原告の主張ですが,阪神の鳥谷のトンネルのように記憶に残るプレーと言えましょう。