2016年10月19日水曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10251  無効審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年10月12日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官 清水 節
裁判官 中村 恭
裁判官 森岡礼子

「(2) 本件発明1と甲1発明の相違点の容易想到性について
ア 本件発明1と甲1発明の相違点について
 本件発明1と甲1発明とを対比すると,審決が認定したとおり,前記第2の4(1)イの【一致点】記載の点で一致し,同【相違点】(1-ⅰ)及び(1-ⅱ)記載の点で相違する。
 すなわち,本件発明1と甲1発明とは,ステロイド環構造の20位炭素原子に水酸基(-OH)が結合した化合物(以下「20位アルコール」という。)に脱離基を有する側鎖形成試薬を反応させてエーテル結合を形成させる反応(ウィリアムソン反応)である点で一致するが,脱離基を有する側鎖形成試薬における脱離基以外の構造(相違点1-ii)及び反応により得られる化合物の側鎖部分構造(相違点1-i)が,本件発明1は「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」であるのに対し,甲1発明は「-CH2-CH2-CH=CH2」である点で相違する(下図参照)。
 
 
イ 動機付けについて
(ア) 原告は,甲1発明に甲2の試薬を組み合わせることにより,本件発明1に係る構成を容易に想到することができる旨を主張しているところ,甲1発明の試薬は,本件発明1の試薬である甲2の試薬とは異なるから,甲1発明から本件発明1に想到するには,甲2の試薬を甲1発明の試薬に代えて使用する動機付けが必要となる。
 そこで,以下検討する。
・・・前記によれば,甲4には,本件優先日当時,OCTの製造方法において,当初用いられていた甲1発明を第一工程とするOCTの製造方法には,アルコール(8)の水酸基の立体障害に起因する反応性の低さから,アルコール(8)のアルキル化の際に副生成物(9)を生成するという欠点があったため,アルコール(8)のアルキル化反応を数十系統の反応で検討した結果,Michael付加反応-メチル化反応を経由する改良法が開発されたものの,そのメチル化反応においても大量合成に不利な点があることから,更なる改良が検討されていたのであって,OCTの製造方法における第一工程である甲1発明において,効率的な反応経路を探索するという課題があったことが記載されていると認められる。
・・・(ウ)a(a) 前記認定事実((イ)a)及び弁論の全趣旨によれば,甲1に記載されたOCTの製造方法については,出発物質,試薬,反応過程につき,他のより効率的な製造方法を探索するという課題があったことが認められ,甲1発明は,OCTの製造方法における第一工程であるから,OCTの製造方法の一工程である甲1発明においても,他のより効率的な反応経路を探索するという課題があったことが認められる。
 しかしながら,前記(イ)aのとおり,甲4には,甲1発明の出発物質であるアルコール(8)のアルキル化反応を数十系統の反応で検討した結果,Michael付加反応-メチル化反応を経由する改良法が開発されたものの,大量合成に不利な点があるから,更なる改良が検討されていることが記載されているのであって,アルコール(8)のアルキル化反応が数十系統検討されたが,大量合成に有利な反応経路は開発できなかったことが記載されているといえる。
 また,甲1の記載中には,甲1発明の出発物質は替えずに,試薬のみを替えることを示唆する記載や,甲2の試薬についての記載はないから,甲1発明において試薬のみを甲2の試薬に替えることは全く示唆されていない。
(b) 甲1には,甲1発明の出発物質に,甲2のようなエポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持したまま反応させて合成されるエポキシ中間体を合成し,これを経てOCTを製造する方法についても,記載がない。
 甲4及び14には,前記(イ)c及びdのとおり,エポキシエーテル化合物を合成した上,エポキシ基の開環により,水酸基を得ることが記載されているが,いずれも,側鎖に二重結合を有する化合物を合成した上,これを酸化してエポキシ基とし,当該エポキシ基を開環して水酸基を形成する一連の化合物の製造方法の一工程であり,エポキシ基を有する試薬を出発物質と反応させ,当該エポキシ基の開環により水酸基を得るという一連の化合物の製造方法の一工程として記載されているわけではない。そして,甲4及び甲14には,甲1の本件エポキシエーテル化合物を得る工程を経るOCTの製造方法は記載されておらず,二重結合を有する化合物を合成した上,これを酸化してエポキシ基とするという各工程とは関係なく,エポキシ基を開環して水酸基を形成する工程のみを取り出して,そのエポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持したまま他の化合物と反応させた後,その次の工程として適用することを前提に,エポキシ基を有する試薬を,エポキシ基を保持したまま他の化合物と反応させることにつき,記載も示唆もない。
 そうすると,エポキシ基の開環反応によってアルコールを合成する方法が技術常識であること(甲9)を考慮しても,甲1発明につき,前記課題を解決するための手段として,エポキシ中間体を経由する反応経路を探索する動機付けはなく,エポキシ基を有する甲2の試薬を特に適用する動機付けもない。
b 次に,前記(イ)bのとおり,甲2には,メタノール,エタノール,プロピルアルコール,イソプロピルアルコール,ブタノール等のアルコール類を,エポキシ基を有する甲2の試薬と反応させてエポキシエーテル化合物を製造する方法が記載されているものの,ビタミンD構造又はステロイド環構造若しくはそれらと類似の構造を有するアルコール類を用いることについては,記載も示唆もない。
 また,前記(イ)bのとおり,甲2には,ブタノールと甲2記載の試薬とを反応させて得られる4-ブトキシ-2-メチル-2,3-エポキシブタンを,還元してエポキシ基を開環し,4-ブトキシ-2-メチル-2-ブタノールを製造する方法が記載されているが,4-ブトキシ-2-メチル-ブタノールの部分構造がOCT側鎖と共通するとしても,甲2には,OCTの製造方法について記載も示唆もないのであって,上記記載から直ちに,OCTの製造方法における第一工程である甲1発明において,甲2の試薬を適用することが示唆されるわけではない。
 そうすると,甲1発明において,甲1発明の出発物質と反応する試薬として,1-ブロモ-3-ブテンに替えて,甲2の試薬を適用する動機付けがあるとはいえない。・・・

ウ 構成の容易想到性について
 前記(1)イのとおり,甲1発明は,OCTを製造する方法における工程の第一工程であり,前記イ(イ)aのとおり,甲1発明を第一工程とするOCTの製造方法には,効率的な反応経路を探索するという課題があったところ,OCTの製造方法の工程における中間物質としてどのような化合物を選択するかと,当該化合物を得る反応として,どのような化合物を反応させるかは,当該化合物を得るための反応が想到できなければ,当該化合物を経てOCTを製造すること自体を断念せざるを得ないという意味で関連している。したがって,何段階もの工程を含む一連の工程の一部の反応に係る発明の容易想到性を判断するに当たっては,その中間物質の選択の容易想到性と当該中間物質を得るための反応の容易想到性を,これらの工程を含む一連の工程全体を設計するという見地から,検討すべきであり,当業者が,エポキシ基の開環という基本的知識を有しており,OCTの前駆物質として,エポキシ基を有する中間物質を想到し得たとしても,エポキシ基を開環させる工程とエポキシ基を有する中間物質を合成する工程を全く無関係なものとして,各別にその容易想到性を検討することは相当でない。
 前記イ(ウ)a(b)のとおり,甲1には,甲1発明の出発物質に,甲2のようなエポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持したまま反応させて合成されるエポキシ中間体を合成し,これを経てOCTを製造する方法について,記載がなく,甲4及び14には,エポキシ基を有する試薬を他の化学物質と合成し,当該エポキシ基の開環により水酸基を得るという一連のOCTの製造方法が記載されているわけではないのであって,エポキシ基を開環して水酸基を形成する工程のみを取り出して,エポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持したまま他の化合物と反応させた後,その次の工程として適用することを前提に,エポキシ基を有する試薬を,エポキシ基を保持したまま他の化合物と反応させることにつき,記載も示唆もない。エポキシ基の開環反応によってアルコールを合成する方法が技術常識であることを考慮しても,甲1発明につき,エポキシ中間体を経由する反応経路を探索する動機付けはない。当業者が,エポキシ基を開環するという基本的知識を有していたとしても,OCTのより効率的な製造方法としての一連の工程として,エポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持させたまま甲1発明の出発物質と反応させて,エポキシ中間体を経由する反応経路を探索することが容易に想到できたということはできない。
 したがって,エポキシ基が開裂する付加反応が生じる可能性についての当業者の認識を検討するまでもなく,前記イのとおりであって,本件発明1の容易想到性は,認められない。」
 なお,OCTとは,「最終目的物である1α,25-ジヒドロキシ-22-オキサビタミンD3(マキサカルシトール。以下「OCT」という。) 」のことです。

【コメント】
 この事件で問題となった特許は, 名称を「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」とする発明で特許第3310301号です。

 何かというと,知財高裁の大合議で,シスとトランスの違いは,均等だと判示したマキサカルシトール事件と同じ特許です。
 
 それについて,実施者側から無効審判が請求され,それが不成立審決で終わったため,今度は審決取消訴訟となったものです。

 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】(本件発明1)
下記構造を有する化合物の製造方法であって:

(式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又はメチルであり;YはOであり;そしてZは,式
のステロイド環構造,又は式

のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)
(a)下記構造:

(式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)
を有する化合物を塩基の存在下で下記構造:

又は

(式中,n,R1及びR2は上記定義のとおりであり,そしてEは脱離基である)
を有する化合物と反応させて化合物を製造すること;並びに
(b)かくして製造された化合物を回収すること,
を含む方法。


 ちなみに,侵害訴訟で問題になったのは,上から3番めの構造,
 
でした。
 
 さて,本件での一致点・相違点は以下のとおりですが,冗長なので,相違点だけ。
【相違点】
(1-i)「

」の「A」に対応する部分構造が,
本件発明1では,「下記構造:

(式中,nは1であり;R1及びR2はメチルである)」であるのに対して,
甲1発明では,「-CH2-CH2-CH=CH2」である点

(1-ⅱ)「E-B」の「B」に対応する部分構造が,本件発明1では,
「下記構造:
又は

(式中,nは1であり;R1及びR2はメチル,Eは脱離基である)」(以下,上に示した化学構造を「2,3-エポキシ-3―メチル-ブチル基」という。)であるのに対して,甲1発明では,「-CH2-CH2-CH=CH2」である点

 ほんで,重要なのは,「相違点(1―ⅱ)における「E-B」の「B」構造を,「-CH2-CH2-CH=CH2」から,「2,3-エポキシ-3―メチル-ブチル基」にすることによって,相違点(1-i)における「A」も,必然的に,「-CH2-CH2-CH=CH2」から,「2,3-エポキシ-3―メチル-ブチル基」になる。
 そうすると,甲1発明において,相違点(1―ⅱ)の構成が満たされることで,必然的に,相違点(1-ⅰ)の構成も満たされることになる。
」ということです。

 これについては,審決は動機づけなしとしたわけです。
 そして,判決も基本,それでよしとしたわけです。
  で,判決の理解は,上記の判示中も引用しましたが,図がわかりやすいと思えます。つまりエーテル結合の側鎖を形成する反応に使う側鎖形成試薬が異なるわけです。 

 この違いについて,判決も,側鎖形成試薬を副引例のものに変え,主引例について,本件発明のとおりにする示唆等がなく,動機づけできないとしたのです。

 これは,技術分野が化学ということも大きいとは思います。原告としては,似たようなこれもあるあれもあると主張していますが,そうそう当業者が知っていたとか予測できたとは言えないとして,退けられています。

 ですので,この結論については致し方ない所です。それ故,実施者としては,もっと似ている引用発明を探すか,今現在上告受理申立てにかかっている侵害訴訟の事件について祈るか,どちらかではないでしょうか。