2016年10月14日金曜日

審決取消訴訟 商標 平成28(行ケ)10083  無効審判 不成立審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年10月11日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴岡稔彦
裁判官 杉浦正樹
裁判官 寺田利彦
 
「1 取消事由1(手続上の瑕疵)について
(1) 前記認定(第2,3,(2))のとおり,特許庁は,本件審判手続において本件職権証拠調べを行ったものであるところ,証拠(甲78,79)によれば,特許庁は,原告に対し,平成27年11月16日に書面審理通知書(起案日は同月12日)を発送した上で,同月17日,審理終結通知書(起案日は同月12日)を発送したことが認められるものの,本件職権証拠調べの結果を原告に対して通知し,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えたことをうかがわせる証拠は全くなく,これらの手続は行われなかったことが推認される。
(2)ア 法56条が準用する特許法150条は,「審判に関しては,…職権で,証拠調べをすることができる。」(1項)とする一方で,「審判長は,…職権で証拠調べ…をしたときは,その結果を当事者…に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を与えなければならない。」(5項)と定める。ところが,本件審判手続において,特許庁は,上記(1)のとおり,原告に対し,本件職権証拠調べの結果につき通知し,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えなかったのであり,この点で本件審判手続には上記規定に違反するという瑕疵があったものというべきである。
イ また,本件職権証拠調べは,具体的にはインターネットにより「スポーツクラブ」及び「マスターズ」の語を複合キーワード検索することで「スポーツクラブ」における「マスターズ」の語の使用例を調査したものであるが,本件審決は,本件商標の法4条1項15号該当性を論ずる中で,本件商標の称呼及び観念につき判断するに当たり,本件商標のように「スポーツクラブ」の文字と「マスターズ」の文字が結合した場合の「マスターズ」の文字部分が持つ出所識別機能の程度を評価する根拠の一つとして,このような本件職権証拠調べの結果である5件のスポーツクラブのホームページに存在する記載を利用している。
 さらに,法4条1項19号及び同7号該当性の判断に当たっても,本件審決は,本件職権証拠調べの結果を利用して,本件商標中の「マスターズ」の文字部分が持つ出所識別機能の程度につき検討している。
ウ そうすると,本件審判手続には瑕疵があり,その瑕疵は,審判の結果である審決の結論に一般的に見て影響を及ぼすものであったものというべきである。このような場合,その瑕疵は,審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであると認められる特別の事情,すなわち,たとえ職権証拠調べの結果の通知がなくとも,これに対する反論,反証の機会が実質的に与えられていたものと評価し得るか,又は当事者に対する不意打ちとならないと認められる事情がない限り,審決取消事由となるものと解される(最高裁判所第一小法廷昭和51年5月6日判決・判例時報819号35頁,最高裁判所第三小法廷平成14年9月17日判決・判例時報1801号108頁参照)。
 そこで,本件における上記特段の事情の有無を検討すると,本件職権証拠調べは,上記のとおり具体的にはインターネットによる「スポーツクラブ」及び「マスターズ」の語の複合キーワード検索であり,その手法それ自体は必ずしも目新しいものではなく,一般的かつ容易に行われ得るものではある。しかし,原告において,そのような証拠調べが行われることを当然に予期していたとか,予期すべきであったと認めるに足りる証拠はない上,そもそも,本件審判事件においては,被告は原告の主張に対し何ら答弁せず(前記第2の2),また,その審理は職権により書面審理とされていた(前記(1))のであるから,本件職権証拠調べの事実を知らない原告にとっては,何らかの追加主張ないし立証が必要であること自体,全く予期し得なかったと考えられるのである。また,本件職権証拠調べの結果それ自体も,本件審決の引用するホームページ上の記載の存在そのものはともかく,これを受けた反証活動や本件証拠調べの結果の評価に関する反論の余地がないとはいい難い。
 そうである以上,本件においては本件職権証拠調べの結果に対する反論,反証の機会が原告に対し実質的に与えられていたものとは評価し得ず,また,原告に対する不意打ちとならないと認めるべき事情も見当たらない。すなわち,上記特段の事情の存在は認められない。
 したがって,本件職権証拠調べの結果の原告に対する通知等を欠くという手続上の瑕疵は,本件審決の取消事由となるものというべきである。
(3) 以上より,本件審判手続は法56条の準用する特許法150条5項所定の手続を欠く違法なものであり,その結果としてされた本件審決については,これを取り消すのが相当である。」
 
【コメント】
 商標の無効審判の不成立審決に対する審決取消訴訟の事案ですが,非常に珍しい事例です。
 
 何と,審判段階で,職権証拠調をしていたのにも関わらず,その結果を通知することもなく,当然その後意見を申し立てる機会を与えてもいないというものです。
 明確な法令違反です。

 商標法56条の引用する特許法150条5項は以下のとおりです。
 
 審判長は、第一項又は第二項の規定により職権で証拠調又は証拠保全をしたときは、その結果を当事者及び参加人に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えなければならない。
 
 法曹の方々からすると,ある意味考えられないのですが,特許庁の審判では職権証拠調が認められています。つまり,勝手に公知技術やそれに類するもの,さらには本件における商標の出所識別性なども調査してよいのです。

 これは,特許や商標が,審査を経て設定登録し,体世的効力を持つということに由来しているのでしょう。

 とは言え,勝手に良い証拠を見つけるのは良いとしても,それによって不利となる方に何らかの告知と聴聞の機会を与えないとデュープロセス違反と言えます。
 それを規定しているのが,上記特許法150条5項というわけです。
 
 ですので,これに違反した手続である以上は,取り消しとなるのは止むを得ないでしょう。
 
 なお,判旨で引用されている判決ですが,H14のものは,Mマーク事件であり,S51のものは特許の事件です。