2016年11月14日月曜日

侵害訴訟 特許 平成25(ワ)7478  東京地裁 請求一部認容

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成28年10月14日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官東海 林 保
裁判官瀬 孝
古谷健二郎裁判官は,差支えのため,署名押印することができない。
 
「(2) 上記のとおり,被告方法は,本件発明の構成要件A,Eに加えて,構成要件Bも充足するが,「第二の割り溝」ではなく,その位置にLMA法のレーザースクライブによる変質部を形成している点で,本件発明の構成要件C及びDと相違する。そこで,以下,LMA法のレーザースクライブにより変質部を形成する被告方法が,本件発明の「第二の割り溝」を用いる場合と均等なものといえるかについて検討する。
(3) 第1要件について
ア 特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
 そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち,特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきである。
 ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。
 また,第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には,上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し,これを備えていると認められる場合には,相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり,対象製品等に,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならないと解すべきである(知的財産高等裁判所平成28年3月25日(平成27年(ネ)第10014号)特別部判決参照)。
イ 本件特許請求の範囲は前記第2,1(4)のとおりであり,本件明細書等の記載は前記1(1)のとおりであるところ,本件発明は,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり(段落【0001】),ウェハーを切断する従来技術としては,一般に,刃先をダイヤモンドとするブレードの回転運動により,ウエハーを直接フルカットするか,または刃先巾よりも広い巾の溝を切り込んだ後(ハーフカット),外力によってウエハーを割る装置であるダイサー,又は,同じく先端をダイヤモンドとする針の往復直線運動によりウエハーに極めて細いスクライブライン(罫書線)を例えば碁盤目状に引いた後,外力によってウエハーを割る装置であるスクライバーが使用されていたところ(段落【0003】),サファイア基板は硬く,へき開性を有しないため,従来技術のスクライバーを用いる方法では切断するのが困難であり,ダイサーを用いる方法でもクラック等が発生しやすく,正確に切断できないという課題があったことから(段落【0005】),本件発明においては,ウエハーの半導体層から線幅W1の第一の割り溝をエッチングにより形成すること,サファイア基板側に第二の割り溝を形成すること,第二の割り溝について第一の割り溝の線と合致する位置とすること,第二の割り溝の線幅W2を第一の割り溝の線幅W1よりも狭くすること,それらの割り溝に沿ってウエハーを分離するという工程を採用することで(段落【0007】),クラック等の発生を防止するとともに,ウエハーをまっすぐに割ることが可能となるか,切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合でも,p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがないので,一枚のウエハーから多数のチップを得ることができるという効果を奏するようにしたものである(段落【0006】,【0012】ないし【0017】)。
 また,本件明細書等には,「第二の割り溝」を形成する方法について,手法は特に問わないとしており,エッチング,ダイシング,スクライブ等の手法を用いることが可能であるとされ,このうち,線幅を狭くすることが可能であるなどの理由から,スクライブが特に好ましいとするにとどまっており(段落【0009】),「第二の割り溝」に関して,その形成の方法は特に限定されていない。
 そして,本件においては,本件明細書等に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分であるという事情は認められない。
 以上のような,本件特許の特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から導かれる本件発明の課題,解決方法,その効果に照らすと,本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり,半導体層側にエッチングにより第一の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成し,サファイア基板側にも何らかの方法により第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成するとともに,それらの位置関係を一致させ,サファイア基板側の線幅を狭くした点にあると認めるのが相当であり,サファイア基板側に形成される第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分が,空洞として溝になっているかどうか,また,線状の部分の形成方法としていかなる方法を採用するかは上記特徴的部分に当たらないというべきである。
ウ 被告方法は,前記2で認定したように,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり,半導体層側にエッチングにより切断に資する線状の部分を形成し,サファイア基板側にもLMA法のレーザースクライブによって切断に資する線状の変質部を形成するとともに,それらの位置関係を一致させ,サファイア基板側の線幅を狭くしているのである。
 そして,前記2(1)イで説示したとおり,LMA法でサファイア基板を加工した場合,溶融領域が発生し急激な冷却で多結晶化し,この多結晶領域は多数のブロックに分かれるが,加工領域中央に実質の幅が極端に狭い境界が発生し,この表面に垂直な境界線の先端に応力集中するので割れやすくなることが認められる。
 そうすると,被告方法は本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を共通に備えているものと認められる。したがって,本件発明と被告方法との相違部分は本質的部分ではないというべきである。 」

【コメント】
 青色発光ダイオードのようなサファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したデバイスのダイシングというかスクライブブレーク方法の発明についての特許権侵害訴訟の事案です。
 
 クレームは以下のとおりです。
「A サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において,
B 前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する工程と,
前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で,第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝を形成する工程と
D 前記第一の割り溝および前記第二の割り溝に沿って,前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備することを特徴とする
E 窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法。」
 
 ポイントは構成要件Cですね。
 半導体系の発明の場合,ウェーハにチップをたくさん形成するのですが,最後にはそれを切り離さないといけません。精度が悪いとその切り取り線の部分を多めに大きなマージンを持って製造しないといけません。じゃないと切り取り線からよれて,チップ自体に傷がつく可能性があります。 

 普通の半導体の場合は,シリコンウェーハなので,電動ノコの精密版と言えるダイシング(超薄くて硬いやすり)でぶった切っております。東京精密やディスコのダイサーが有名です。
 
 ところが,上記の判旨のとおり,サファイア上のガリヒ素デバイスではダイシングが使えないのですね。二層構造ですので,剥がれるのです。
 
 ということで,人為的に溝(スクライブ)を付け,その溝にそって外力を加える(ブレイク)スクライブブレークという方式が取られたわけです。 

 でポイントのCは,その溝のうち,サファイア側の溝は半導体側の溝より細いということです。
 こうすると,精度よくブレイクできたのでしょう。
 
 
  こんな感じです。
 

 他方,被告製品の方はこんな感じです。
 
 
 
 被告製品は売られているものですから,すでに切り離された後のものです。
 で,図のとおり,溝っぽい跡はあるのですが,どうやら,これは溝ではなく,「LMA法のレーザースクライブによる断面V字形状の変質部分(断面V字状変質部)が残存して
おり,その幅は約5ないし8μmである。 」だったわけです。
 要するに熱をかけて単結晶のサファイアを多結晶のサファイアに変成し,脆弱にするというものです。
 
 とは言え,こうすると,溝なぞできません。多結晶の領域ができるだけですので。
 
 ですので,そういうことで文言侵害はなかったものの,均等侵害が問題になったわけです。
 
 で,判旨のとおり,本質的部分をかなり広くとり,今回は物理的な溝でなくてもOKとしたわけです。
 
 しかしどうなのでしょうか。物理的な溝とレーザービームによる変成は相当な物理的な違いがあります。熱による変成を嫌う場合もあると思うのですね(例えば,金属配線については熱に弱いですから。 )。

 ですので,H25の提訴でもう3年以上経っているだろうとは思いますが,これで決着しないでしょう。知財高裁では別の判断も有り得る所だと思います。
 
 とくに,均等侵害の第4第5要件については,「均等の法理の適用が除外されるべき場合である第4要件及び第5要件については,対象製品等について均等の法理の適用を否定する者が主張立証責任を負うと解するのが相当であるところ,本件において,被告らは,第4要件及び第5要件について何ら主張していない。
 したがって,被告方法は第4要件及び第5要件を充足すると認められる。
」という判示もありますのでね。
  

 まあなんと言いますか,あまりに,プロパテント過ぎる判決のような感が致します。