2016年11月22日火曜日

侵害訴訟 特許  平成27(ワ)34732  東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
裁判年月日
 平成28年11月16日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官 鈴木千帆
裁判官 天野研司 

「ア 構成要件Eの解釈について
(ア) 構成要件Eは,「前記機枠に設けられ前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段と,」と規定する。
 この点について,原告は,「整地作業位置」とは,「整地体が上下回動自在となり,整地作業に応じた状態」をいい,この「整地作業位置」及び「土寄せ作業位置」に「設定する」とは,支持ロッドをロックし,又はロック解除することにより,整地作業に応じた状態」や「土寄せ作業に応じた状態」になることをいうのであって,整地体の場所の移動を伴うことを要するものではないと主張し,また,「支持ロッドを介して」とは,支持ロッドが整地体操作手段と整地体との間にあるとの位置関係を特定したものであると主張する。
 これに対し,被告は,「整地作業位置」及び「土寄せ作業位置」への「設定」は,整地体が2つの異なる「位置」に設定される,すなわち,整地体の場所の移動を伴うことを要すると主張し,また,「支持ロッドを介して・・・設定する」とは,支持ロッドを介して何らかの作用が整地体に及ぼされることをいうと主張する。
(イ) そこで検討するに,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきである(特許法70条1項〔ただし,平成14年法律第24号による改正前の規定〕)。
 本件明細書の特許請求の範囲には,「前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する」(判決注:下線を付した。)と記載されているところ,「位置」とは,通常,「ある人・物・事柄が,他との関係もしくは全体との関係で占める場所,あるいは立場」という意義を有する(広辞苑第六版)のであるし,技術的意義を考慮するとしても,整地体は,整地作業をする際には,圃場を均すために圃場面に対して略平行になると考えられるのに対し,土寄せ作業をする際には,土をかき
寄せるために圃場面に対して垂直又はある程度の角度をもって接すると考えられるのであるから,「整地作業位置」と「土寄せ作業位置」とでは,整地体の「場所」が異なるものと解するのが自然である。
 また,本件明細書の特許請求の範囲には,「前記機枠に設けられ前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段」(判決注:下線を付した。)と記載されているところ,同記載は,文言の係り結びからして,「整地体操作手段が,支持ロッドを介して,整地体を各位置に設定する」旨を記載していると解される。そうすると,支持ロッドは,単に整地体操作手段と整地体との間に存在するというのみならず,整地体操作手段が整地体を各位置に設定するに際して,整地体操作手段からの作用を整地体に伝達する機能を果たしているものと解するのが自然である。
(ウ) 次に,特許請求の範囲以外の本件明細書の記載等を参照する(特許法70条2項〔ただし,平成14年法律第24号による改正前の規定〕)。
a 本件明細書の段落【0007】ないし同【0009】には,「整地作業位置」に関し,次の記載がある。
「【作用】本発明の農作業機の整地装置では,整地作業を行う場合には,スイッチをONしてモータを動作させると,このモータの正転方向の回転駆動により係合体が支軸を中心として回動され,この係合体の係合凹部が支持体の支軸から外れる方向に向かって回動され,この係合凹部が支持体の支軸から外れるとともに,この係合凹部の一側部にて支持体の支軸が押動される。」「そして,この支持体を有する回動体がブラケットの支軸を中心として回動され,この回動体の係合部が支持ロッドの先端部の係止突部から外れ,この支持ロッドのロックが解除され,この支持ロッドは支持体に対して軸方向に進退自在の状態になるが,この際,支持ロッドは先端部の係止突部が支持体に係止されることにより抜け止めされる。」「また,支持ロッドのロックが解除されることにより,この支持ロッドに支持された整地体は土寄せ作業位置から上下回動自在の整地作業位置に切替え設定される。」(判決注:下線を付した。)
b また,本件明細書の段落【0010】ないし同【0012】には,「土寄せ作業位置」に関し,次の記載がある。「土寄せ作業を行う場合には,スイッチをONしてモータを動作させると,このモータの逆転方向の回転駆動により係合体が支軸を中心として前記の場合とは反対方向に回動され,この係合体の係合凹部が支持体の支軸に向かって回動され,この係合凹部が支軸に係合されるとともに,この係合体にて支持体を有する回動体がブラケットの支軸を中心として前記の場合とは反対方向に連動されて復帰回動される。」「そして,この回動体の係合部が支持ロッドの先端部の係止突部に係合されるとともに,この回動体の係合部にて支持ロッドの係止突部が軸方向に向かって押動され,この支持ロッドが支持体に沿って押し戻され,この支持ロッドの係止突部がブラケットに当接されることにより,この回動体及び係合体にて支持ロッドがロックされる。」「また,支持ロッドがロックされることにより,この支持ロッドに支持された整地体は整地作業位置から土寄せ作業位置に切替え設定される。」(判決注:下線を付した。)
c 本件明細書には,「【図1】本発明の一実施例を示す農作業機の整地装置の側面図である。【図2】同上支持ロッドをロックした状態の整地体操作機構部の側面図である。【図3】同上支持ロッドのロックを解除した状態の整地体操作機構部の側面図である。」として,次の図面が記載されている。
 
d 本件明細書の上記記載等によれば,本件明細書は,「整地作業位置」について,支持ロッドのロックが解除され,整地体が上下に回動自在とはなるが,支持ロッドの先端部の係止突部が支持体に係止されることにより抜け止めされ,このために,特定の位置以降は,整地体の下方への回動は制限されるものと説明する一方,支持ロッドが押し戻されてロックされることにより,整地体は「土寄せ作業位置」に設定されると説明している。ここで,支持ロッドがロックされることにより整地体も回動しなくなるのであるから,支持ロッドが押し戻される場合には,整地体もこれに伴って移動するものと考えられる(特許請求の範囲の「支持ロッドを介して・・・設定する」との文言とも符合する。)。
 このことは,上記図面のうち,「支持ロッドをロックした状態」,すなわち,「土寄せ作業位置」に設定したときの「支持ロッド26」と「整地体14」の位置関係(【図1】の実線記載部分と【図2】参照)と,「支持ロッドのロックを解除した状態」,すなわち,「整地作業位置」に設定したときの「支持ロッド26」と「整地体14」の位置関係(【図1】の破線記載部分と【図3】参照)とを対照すればより明らかとなる。
e なお,原告は,本件明細書の上記記載部分などは,いずれも特許請求の範囲の請求項2記載の発明に関する記載であるとして,本件発明の技術的範囲の解釈に影響するものではないと主張するが,上記に認定した本件明細書の段落【0007】ないし同【0012】は,本件明細書で開示する発明(当然,本件発明を含むものである。)の【作用】欄として記載された部分の全てであり,特許請求の範囲の請求項2記載の発明についてのみ説明したものとは解されないし,本件発明について上記記載と異なる機序により作用を奏することをうかがわせるような記載は,本件明細書には見当たらない。また,本件明細書には,実施例がひとつしか記載されておらず,上記に認定した本件明細書の図面に記載されたものと異なる機序により作用を奏することをうかがわせるような記載は,やはり本件明細書には見当たらない。
 したがって,本件発明の特許請求の範囲の記載を解釈するに際して,本件明細書の段【0007】ないし同【0012】や図面を参酌することは,むしろ当然というべきである。
(エ) 特許請求の範囲を含む本件明細書の記載等の上記検討結果からすれば,構成要件E(「前記機枠に設けられ前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段と,」)は,整地体操作手段が整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置へ設定するに際して,整地体操作手段から支持ロッドに作用を及ぼし,この作用が整地体に伝達されることにより,整地体の場所が,異なる場所(「位置」)に移動することを規定しているというべきであり,かかる作用を及ぼすものが「整地体操作手段」に当たると解するのが相当である。
(オ) これに対し,原告は,「整地作業位置」とは「整地体が上下回動可能な状態となり,整地作業に応じた状態」と解すべきと主張し,これと「土寄せ作業位置」との設定に際して,整地体の場所の移動を伴うことを要するものではないと主張する。
 そもそも,特許請求の範囲に明確に「位置」と記載しているものを,あえて「状態」と読み替えるべき根拠は,本件明細書には見当たらないというべきである(原告が主張する段落【0003】は,発明が解決すべき課題に関する記載であって,本件発明が有する構成の説明ではないし,同【0009】及び同【0029】の記載は,整地体の場所の移動を伴うことを要するとの解釈と矛盾しないというべきである。)。
 ところで,本件明細書の段落【0012】は,「支持ロッドがロックされることにより,この支持ロッドに支持された整地体は整地作業位置から土寄せ作業位置に切替え設定される。」として,支持ロッドをロックすると,整地体が「土寄せ作業位置」に切替え設定されると明確に記載しているが,原告は,このように支持ロッドがロックされることにより設定された「土寄せ作業位置」にある整地体が,いかなる位置にあるかを具体的に主張していない。すなわち,原告の主張によれば,「土寄せ作業位置」とは,「整地体が整地作業に応じた状態」をいうのであろうが,本件明細書が「支持ロッドは先端部の係止突部が支持体に係止されることにより抜け止めされる」(段落【0008】)と記載する状態(すなわち,整地体が「整地作業位置」に設定された状態)から「整地体が整地作業に応じた状態」に設定される際に,整地体が移動するか否かについては何ら主張していない。
 しかし,「土寄せ作業に応じた状態」とは,土を寄せる作業を行うに適した状態ということであるから,整地作業を行う場合よりも,整地体が圃場面に対して垂直又はある程度の角度をもって接し,かつ,整地体が固定されている必要があると考えられるが,この場合の整地体の位置が,「整地体が上下回動自在となり,整地作業に応じた状態」の位置と一致するためには,「トラクタにより作業機全体を持ち上げ,整地体が自重により下方に回動したが,支持ロッドの先端部の係止突部が支持体に係止されることにより抜け止めされているために,又は整地体が圃場面に接しているために,これ以上整地体が下方へ回動しない位置」にあるときに支持ロッドがロックされ,ロックされた際の整地体の位置がロックする前の整地体の位置と変わらなかった,という場合を想定しなければならないが,本件明細書には,トラクタによる作業機全体の持上げ動作を含め,そのような場合を想定した記載は何らうかがわれない。
 そうすると,本件明細書の段落【0012】が,「支持ロッドがロックされることにより,この支持ロッドに支持された整地体は整地作業位置から土寄せ作業位置に切替え設定される。」と記載しているのは,やはり整地体の場所が移動していることを意味していると解するのが素直というべきであ る。
 したがって,原告の主張は採用することができない。 」

【コメント】
 トラクターの後ろなどに付ける整地装置の発明です。クレームは以下のとおりです。
 
A:ロータリー作業体を回転自在に設けた機枠と,
B:この機枠に設けられ前記ロータリー作業体の上方部を被覆したカバー体と,
C:前記ロータリー作業体の後方部に位置して前記カバー体に上下動自在に取着され前記ロータリー作業体にて耕耘された耕耘土を整地する整地体と,
D:この整地体を支持するとともに先端部に係止突部を有する支持ロッドと,
E:前記機枠に設けられ前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段と,
F:この整地体操作手段を駆動操作する正逆転用モータと,
G:このモータを制御する遠隔操作用のスイッチと,を具備し,
H:前記機枠は,トラクタに連結される連結マストを有し,
I:前記正逆転用モータは,前記連結マストに固着されたブラケットに固定されている
J:ことを特徴とする農作業機の整地装置。
 
 本件発明の図は,上記の判旨の中に現れています。
 
 
 さて,ポイントは,上記の構成要件Eの 「整地作業位置及び土寄せ作業位置」という文言のクレーム解釈です。
 
 最近は本当クレーム解釈が一番の問題になっていると思える事件が相次ぎます。

 今回は,原告は,文言を離れ,「位置」は状態を意味するのだ,と主張しました。他方,被告は,「位置」は位置でしょ,場所の話ですよ,と主張したわけです。
 このようなことからわかるとおり,被告製品は,ロッドを介しての整地体の位置が変わらない製品だったわけです。 

 そのため,原告としては,文言の「位置」よりも広いクレーム解釈を主張したわけです。他方,被告は文言とおりの解釈の主張です。
 
 そして,判決はどちらを支持したかというと,被告の方です。 
 判決は,「そもそも,特許請求の範囲に明確に「位置」と記載しているものを,あえて「状態」と読み替えるべき根拠は,本件明細書には見当たらないというべきである」と短く書いておりますが,これが最大のポイントでしょうね。
 
 普通の辞書的意味じゃない意味に捉える必要があるなら,どこかにそう書いていないと, 第三者に不測の不利益を生じさせます。あとで,そんな意味じゃなかった!とするのはやめてくれ,ということです。