2016年11月18日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10079 不服審判 拒絶審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年11月16日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 古 河 謙 一
裁判官 鈴 木 わ か な
 
「(2) 相違点1の容易想到性について
ア 本願発明は,トレッドに発泡ゴムを適用したタイヤにおいて,氷路面におけるタイヤの制動性能及び駆動性能を総合した氷上性能が,タイヤの使用開始時から安定して優れたタイヤを提供するため,タイヤの新品時に接地面近傍を形成するトレッド表面のゴムの弾性率を好適に規定して,十分な接地面積を確保することができるようにしたものである。これに対し,引用発明は,スタッドレスタイヤやレーシングタイヤ等において,加硫直後のタイヤに付着したベントスピューと離型剤の皮膜を除去する皮むき走行の走行距離を従来より短くし,速やかにトレッド表面において所定の性能を発揮することができるようにしたものである。
 以上のとおり,本願発明は,使用初期においても,タイヤの氷上性能を発揮できるように,弾性率の低い表面ゴム層を配置するのに対し,引用発明は,容易に皮むきを行って表面層を除去することによって,速やかに本体層が所定の性能を発揮することができるようにしたものである。したがって,使用初期においても性能を発揮できるようにするための具体的な課題が異なり,表面層に関する技術的思想は相反するものであると認められる。
イ よって,引用例1に接した当業者は,表面外皮層Bを柔らかくして表面外皮層を早期に除去することを想到することができても,本願発明の具体的な課題を示唆されることはなく,当該表面外皮層に使用初期においても安定して優れた氷上性能を得るよう,表面ゴム層及び内部ゴム層のゴム弾性率の比率に着目し,当該比率を所定の数値範囲とすることを想到するものとは認め難い。また,ゴムの耐摩耗性がゴムの硬度に比例すること(甲8~13)や,スタッドレスタイヤにおいてトレッドの接地面を発泡ゴムにより形成することにより氷上性能あるいは雪上性能が向上すること(甲14~16)が技術常識であるとしても,表面ゴム層を非発泡ゴム,内部ゴム層を発泡ゴムとしつつ,表面ゴム層のゴム弾性率を内部ゴム層のゴム弾性率より小さい(表面を内部に比べて柔らかくする。)所定比の範囲として,タイヤの使用初期にトレッドの接地面積を十分に確保して,使用初期においても安定して優れた氷上性能を得るという技術的思想は開示されていないから,本願発明に係る構成を容易に想到することができるとはいえない。 」

【コメント】
 これから本番となるスタッドレスタイヤの発明です。
 
 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】タイヤのトレッドに,該トレッドの少なくとも接地面を形成する表面ゴム層と,前記表面ゴム層のタイヤ径方向内側に隣接する内部ゴム層とを有し,
 前記比Ms/Miは0.01以上1.0未満であり,
 前記表面ゴム層の厚さは0.01mm以上1.0mm以下であり,
 前記トレッドは,ベース部のタイヤ径方向外側に隣接して,該トレッドの少なくとも接地面を形成するキャップ部を配置した積層構造を有し,前記キャップ部が前記表面ゴム層および前記内部ゴム層を含み,
 アンチロックブレーキシステム(ABS)を搭載した車両に装着して使用し,
 前記表面ゴム層は,前記内部ゴム層のタイヤ径方向外側で前記内部ゴム層にのみ隣接し,
 前記表面ゴム層は,非発泡ゴムから成り,かつ,前記内部ゴム層は,発泡ゴムから成り,
 前記表面ゴム層のゴム弾性率Msが前記内部ゴム層のゴム弾性率Miに比し低いことを特徴とするタイヤ。

 こんなやつです。
 
  図の6の部分がトレッドで,Sが表面ゴム層で,Iが内部ゴム層です。
 で,それの弾性率や厚さなどの数値限定発明というわけです。
 
 クレームには,「前記比」 とあるのに,その前記に当たるものがない(あとで出てきます。)等,稚拙とも言えるミスもあるのですが,この程度では明確性要件違反とまでは言えないと思います。

 さて,論点は進歩性ですから,一致点・相違点等が重要です。

イ 本願発明と引用発明との一致点
 タイヤのトレッドに,該トレッドの少なくとも接地面を形成する表面ゴム層と,前記表面ゴム層のタイヤ径方向内側に隣接する,内部ゴム層とを有し,前記表面ゴム層と前記内部ゴム層が所定の組成及び物性を有し,前記表面ゴム層の厚さは0.4mmである,タイヤ。

ウ 本願発明と引用発明との相違点
(ア) 相違点1
「表面ゴム層」及び「内部ゴム層」の組成及び物性について,本願発明においては,「前記比Ms/Miは0.01以上1.0未満であり,」「前記表面ゴム層は,非発泡ゴムから成り,かつ,前記内部ゴム層は,発泡ゴムから成り,前記表面ゴム層のゴム弾性率Msが前記内部ゴム層のゴム弾性率Miに比し低い」のに対し,引用発明においては,「前記表面外皮層のゴムは,ゴムBを使用し,Hs(-5℃)が46,ピコ摩耗指数が43であり,前記本体層のゴムは,ゴムAを使用し,Hs(-5℃)が60,ピコ摩耗指数が80であ」る点。
(イ) 相違点2
「表面ゴム層の厚さ」について,本願発明においては「0.01mm以上1.0mm以下」であるのに対し,引用発明においては「0.4mm」である点。
(ウ) 相違点3
本願発明においては「前記トレッドは,ベース部のタイヤ径方向外側に隣接して,該トレッドの少なくとも接地面を形成するキャップ部を配置した積層構造を有し,前記キャップ部が前記表面ゴム層および前記内部ゴム層を含」むものであるのに対し,引用発明においてはそのような特定がなされていない点。
(エ) 相違点4
本願発明は「アンチロックブレーキシステム(ABS)を搭載した車両に装着して使用」するものであるのに対し,引用発明においてはそのような特定がなされていない点。
(オ) 相違点5
本願発明においては「前記表面ゴム層は,前記内部ゴム層のタイヤ径方向外側で前記内部ゴム層にのみ隣接する」のに対し,引用発明においてはそのような特定がなされていない点。

 こう見ると,相違点はたくさんあるようですが,ポイントは相違点1だけのようです。つまり,本願発明が弾性率に着目しているのに対し,主引例は摩擦指数に着目しているということです。
 
 高部部長の合議体も,その構成の違いは, 主引例の皮むき(判旨にその意味は載っています。)向上と,本願発明の雪氷路面での性能向上との目的や課題の違いによるところが大きく,動機付けできない系の判断をされております。

 これは数年前から継続しているいわゆる進歩性の新傾向判決の流れをくむものです。ということは,いまだプロパテントの時代は続いているのかもしれません。