2016年11月8日火曜日

侵害訴訟 特許 平成28(ワ)15355  東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害に基づく損害賠償請求事件
裁判年月日
 平成28年10月31日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官嶋末和秀
裁判官鈴木千帆
裁判官天野研司

「 原告らは,本件発明1にいう「緩衝剤」には,解離シュウ酸も当然に含まれるから,解離シュウ酸の量が5x10^-5M~1x10^-4Mの範囲内にある被告各製品は,構成要件1B,1F及び1Gをいずれも充足すると主張する。
 これに対し,被告は,オキサリプラチンが溶媒中で分解して生じたシュウ酸イオン(解離シュウ酸)は,本件発明1にいう「緩衝剤」には当たらないと主張し,被告各製品は構成要件1B,1F及び1Gを充足しないとして争っている。
 そこで,解離シュウ酸が,本件発明1の「緩衝剤」に当たるかについて,以下,検討する。
イ 「緩衝剤」の意義について
(ア) 特許発明の技術的範囲は,明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないが,この場合においては,明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載を考慮して特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきである(特許法70条1項及び2項。ただし,平成14年法律第24号による改正前の規定。)。
(イ) 本件明細書の段落【0022】の記載
 そこで,本件明細書の記載をみると,本件発明1の「緩衝剤」の意義について,本件明細書の段落【0022】には,次の記載がある。
「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」
 したがって,本件発明1にいう「緩衝剤」は,オキサリプラチン溶液を安定化し,ジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラチン二量体などの望ましくない不純物の生成を防止するか又は遅延させ得るものをいうものと解される。
 もっとも,上記にいう「不純物の生成を防止するかまたは遅延させ得る」という記載が,具体的にいかなる意義で用いられているかは必ずしも判然としないから,段落【0022】の記載それのみから,組成物中にシュウ酸イオンが存在する限り,それが解離シュウ酸であるか,添加されたシュウ酸又はそのアルカリ金属塩に由来するシュウ酸イオンであるかを問うことなく,直ちに「緩衝剤」に当たると結論づけることはできない。「不純物の生成を防止するかまたは遅延させ得る」との記載がいかなる意義で用いられているかを判断するには,本件明細書の他の箇所の記載内容や,本件優先日当時の技術常識をさらに検討する必要がある。
(ウ) 本件明細書の段落【0031】の記載
 ・・・・
(キ) まとめ
a 以上のとおり,本件明細書が,「オキサリプラチンの従来既知の水性組成物」を従来技術として開示し,これよりも,本件発明1の組成物は「生成される不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体が少ないことを意味する。」と記載していること,解離シュウ酸は,オキサリプラチンが溶液中で分解することにより,ジアクオDACHプラチンと対になって生成されるものであること,本件発明1の発明特定事項として構成要件1Gが限定する緩衝剤のモル濃度の範囲に関する具体的な技術的裏付けを伴う数値の例として,本件明細書は,添加されたシュウ酸又はシュウ酸ナトリウムの数値のみを記載し,解離シュウ酸のモル濃度を何ら記載していないこと,本件明細書には,専ら,「緩衝剤」を外部から添加する実施例のみが開示されていると解されること,請求項1は,「シュウ酸」と「そのアルカリ金属塩」とを区別して記載し,さらには「緩衝『剤』」という用語を用いていることなどをすべて整合的に説明しようとすれば,本件発明1における「緩衝剤」は,外部から添加されるものに限られるものと解釈せざるを得ない。
 すなわち,本件発明1は,専ら,オキサリプラチン水溶液に,緩衝剤として,シュウ酸又はそのアルカリ金属塩を添加(外部から付加)することにより,オキサリプラチン溶液中のシュウ酸濃度を人為的に増加させ,平衡に関係している物質の濃度が増加すると,当該物質の濃度が減少する方向に平衡が移動するという原理(ルシャトリエの原理)に従い,結果として,オキサリプラチン溶液中におけるジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラチン二量体などの望ましくない不純物の量を,シュウ酸又はそのアルカリ金属塩を添加(外部から付加)しない場合よりも,減少させることを目した発明と把握するべきであり,そのように把握することにより,初めて,本件明細書の段落【0031】が「本発明の組成物は,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも製造工程中に安定であることが判明しており,このことは,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物の場合よりも本発明の組成物中に生成される不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体が少ないことを意味する。」と記載していることや,本件明細書には,シュウ酸又はシュウ酸ナトリウムを,構成要件1Gが規定する数値のモル濃度だけ,オキサリプラチン溶液に「添加」する実施例のみが開示されていること,さらには,本件明細書に開示された実施例において,解離シュウ酸の量を明記していないことや,他の不純物の量から解離シュウ酸の量を推計することを示唆する記載すらないことなどを整合的に説明できるのである。
 また,オキサリプラチン溶液に,緩衝剤として,シュウ酸又はそのアルカリ金属塩を添加(外部から付加)して得られたオキサリプラチン溶液組成物は,これを添加しないオキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも,ジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラチン二量体などの望ましくない不純物の量が減少するから,客観的構成において異なる(すなわち,「物」として異なる。)ことになるということもできる。」

【コメント】
 抗がん剤の特許に関する事件です。特許権者と専用実施権者が,損害賠償金を求めているものです。

 さて,~プラチンというのは白金という意味であり,本件のオキサリプラチンも白金製剤と言われているらしいです。

 クレームは以下のとおりです(訂正後)。
1A :オキサリプラチン,
1B :有効安定化量の緩衝剤および
1C :製薬上許容可能な担体を包含する
1D :安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
1E :製薬上許容可能な担体が水であり,
1F :緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
1G’:1)緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10^-5M~1x10^-2M,
(b)5x10^-5M~5x10^-3M,
(c)5x10^-5M~2x10^-3M,
(d)1x10^-4M~2x10^-3M,または
(e)1x10^-4M~5x10^-4M
の範囲のモル濃度である,
1H’:pHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは
1I’:2)緩衝剤の量が,5x10^-5M~1x10^-4Mの範囲のモル濃度である,組成物。


 さて,本件の問題点は,1Fにもある「緩衝剤」のクレーム解釈です。
 原告は,広く, 「外部から添加(混合,付加)されたシュウ酸(溶液中では,シュウ酸イオンの形で存在する。)のみならず,オキサリプラチンが溶媒中で分解して生じたシュウ酸イオン(以下「解離シュウ酸」という。)も当然に含まれる」と主張しました。

 他方,被告製品は,外部からの添加されたシュウ酸を使わず,オキサリプラチンが乖離してして出来たシュウ酸を含んでいるだけでしたので,狭く,「外部から添加(混合,付加)されたシュウ酸(溶液中では,シュウ酸イオンの形で存在する。)のみ」が緩衝剤に当たる,と主張していたわけです。

 そして,裁判所は,上記のとおり,明細書の記載,技術常識,他のクレームの記載,問題となるクレームそのものなどから, 「緩衝剤」のクレーム解釈については,被告の主張の方が妥当だと判断したわけです。それ故,請求は棄却。お金の支払は認められませんでした。

 なお,今回の判旨には,
特許発明の技術的範囲は,明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきものではあるが(特許法70条1項。ただし,平成14年法律第24号による改正前の規定。),その用語の解釈に際しては,明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮するものとされているのであり(同条2項。ただし,平成14年法律第24号による改正前の規定。),上記イのとおり,特許請求の範囲を含む本件明細書の記載,さらには技術常識をも斟酌した上で,解離シュウ酸は本件発明にいう「緩衝剤」には当たらないと解釈されるのであるから,「緩衝剤」に当たらない解離シュウ酸を「包含」する被告各製品が本件発明1の技術的範囲に属さないとすることは,請求項1の記載と何ら矛盾するものではない。
 さらには,
原告らの主張は,要するに,本件明細書の段落【0022】の「あらゆる」との語に拘泥し,同段落に記載された「緩衝剤」の意義を極めて形式的に把握して繰り返し主張するにすぎず,既に上記において詳細に検討した本件明細書の他の記載部分や本件優先日当時の技術常識から把握できる本件発明1の技術的思想に目を瞑っているものであって,到底採用することはできない(なお,当然ではあるが,明細書で定義される用語の正確な意義を理解するために明細書の他の部分や技術常識を参酌し,その結果明細書の定義による用語の意義を極めて形式的に把握した場合よりも発明の技術的囲が狭く解されることとなったとしても,これが特許法70条1項及び2項に反するということはないし,特許法施行規則24条,様式29の備考8の趣旨に反するというものでもない。)。
  というようなかなり突っ込んだ判示があります。

 裁判所は原告の主張に相当ウンザリしたのだと思います。

 
  ところで,今回の特許(特許第4430229号)では,今年の3月に東京地裁の民事46部(平成27(ワ)12416)でも,判決が出ております。
 そのときは,今回の判決とは真逆の請求認容でした。被告も同じで(もちろん被告製品も同じ。),そのときは,差し止めだけを求めたものです。

 このブログでも書いております。

 特筆すべきは,結論が真逆ですから,構成要件該当性の「緩衝剤」のクレーム解釈も真逆というわけです。46部では,「外部から添加(混合,付加)されたシュウ酸(溶液中では,シュウ酸イオンの形で存在する。)のみならず,オキサリプラチンが溶媒中で分解して生じたシュウ酸イオン(以下「解離シュウ酸」という。)も当然に含まれる」という原告主張のクレーム解釈をとったわけです。

 つまり,同じ特許,同じ製品なのに,クレーム解釈は,民事29部と民事46部で全くの180°,正反対,真逆!というわけです。いかにクレーム解釈というのが,裁判官の胸先三寸のものかわかります。
 今回,原告が裁判所がウンザリするほどの主張をしたのも,この46部の判決があったからなのでしょう。