2016年12月9日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10150  無効審判 不成立審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年12月6日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 寺 田 利 彦
 
「ア 本体訂正発明1は,「植物成分の豊かな味わいと炭酸ガスの爽やかな刺激感(爽快感)をバランス良く備えた植物成分含有炭酸飲料を提供する」ことを課題としているものの,植物成分を含む炭酸飲料において,植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)をバランス良く備えた炭酸飲料を提供すること自体は周知の課題であるといえる(このことは,甲1に,スクラロースを添加した「ミント風味スパークリングウォーター」において,「スクラロース無添加のものに比べ,ミントのさわやかさと炭酸の刺激感のバランスが向上した」旨が記載されていること,甲2に,「炭酸飲料は従来,甘味料として主に蔗糖や異性化糖などのを用い,これらの糖類水溶液に果汁,植物の抽出物,乳製品,フレーバーを加え炭酸ガスを圧入し容器に充填したもので,その爽快な刺激感,あっさりした風味とさわやかな清涼感から嗜好性の高い飲料として大変好まれる飲料である。」旨が記載されており,甲5にも同様の記載があることなどからも明らかである。)。
 したがって,果汁入り炭酸飲料に係る甲1発明において,植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)とのバランスを改善しようと試みること自体は,当業者であれば容易に想到し得ることであるといえる。
イ そこで,甲1発明において,前記の周知の課題(植物成分の豊かな味わいと炭酸ガスの爽やかな刺激感〔爽快感〕をバランス良く備えた植物成分含有炭酸飲料を提供する)を達成するために,本件訂正発明1における相違点1(炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む)及び相違点2(可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である)に係る課題解決手段を採用することが,本件優先日前,当業者にとって容易に想到し得ることであるか否かを検討する。
(ア) 相違点1(炭酸ガスのガスボリューム)について
 甲2における前記(3)ア(エ)(オ),甲3における前記(3)イ(ア)(イ),甲5における前記(3)ウ(イ)(ウ)の各記載によれば,果汁入り炭酸飲料において,炭酸の刺激感を調整するために,炭酸飲料中における炭酸ガスの含有量を調整することは本件優先日前から当業者に周知であったと認められる。
 そして,甲6の実施例1~3(前記(3)エ(エ))には,2.1ガスボリュームであって,果汁15%又は12%入りの炭酸飲料が記載されており,また,甲7のガス圧2.0kg/cm2(前記(3)オ)は,甲15(国税庁のウェブサイトに掲載された炭酸ガス吸収係数表〔びん内圧力補正表〕)によれば,約2.5ガスボリュームに相当することから,甲7には,約2.5ガスボリュームであって,果汁30%入りの炭酸飲料が記載されているといえる。そうすると,果汁が12~30%と比較的多く含まれた炭酸飲料の炭酸ガスを2ガスボリュームより多くすることは本件優先日前から当業者に周知のことであったといえる。
 したがって,本件優先日前,果汁が19.8~22.0重量%入った炭酸飲料である甲1発明において,炭酸の刺激感を調整するために,炭酸ガスの含有量を調整することは,当業者が適宜なし得ることといえ,また,その際に,炭酸ガスの含有量を2ガスボリュームより多く含むものとすることも,当業者が必要に応じて適宜なし得ることといえる。
(イ) 相違点2(可溶性固形分含量)について
 甲16(被告従業員作成の説明書)によれば,甲2,3及び5には,可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度の果汁入り炭酸飲料が記載又は示唆されていると認められる。しかし,甲2及び甲5において実施例に記載されているのは,レモン果汁2重量%又は1.6重量%の炭酸飲料であって,果汁の含有割合は10%をはるかに下回っており,甲3には,「…例えば果汁…等を水に含有させ,これに炭酸ガスを加えたものである。これらの原料については日本農林規格に適合するものであればよく,用途などを考慮して種類や量などを適宜選択して用いればよい。…」(前記(3)イ(イ))と記載されているのみで,果汁の添加量が具体的に記載されていない。
 また,甲6及び甲7に記載された果汁入り炭酸飲料は,いずれも可溶性固形分含量が12度程度のものであり(甲6につき前記(3)エ(ウ)(エ),甲7につき甲16の5頁),本件訂正発明1の「可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度」の数値範囲を満たさない。
 甲10~13には,同数値範囲を形式上包含する果汁入り炭酸飲料が記載又は示唆されている(前記(3)カ(イ),同キ(イ),同ク(ア),同ケ)。しかし,甲10において,本件訂正発明1の可溶性固形分含量の数値範囲を満たす実施例1(前記(3)カ(ウ))には,レモン果汁0.5重量%のものしか記載されておらず,甲11には,「本発明のベースとなる飲料のブリックスは,…好ましくは10~18,より好ましくは12~16とするのが適当である。」(前記(3)キ(イ))と記載され,むしろ8度より大きい可溶性固形分含量が推奨されており,甲12には,「…更に必要に応じて,嗜好性の向上及び商品価値の付与の目的で,…果汁を添加することができる。」(前記(3)ク(イ))と記載されているのみで,果汁の添加量は具体的に記載されておらず,実施例(前記(3)ク(ウ)(エ))においても,8度より大きい可溶性固形分含量のものしか記載されていない。甲13においては,紫蘇の搾汁ではなく紫蘇抽出液が用いられており,また,紫蘇抽出液を得るために使用する紫蘇葉の使用量として25~45g/1000ml,つまり,2.5~4.5重量%の紫蘇葉の使用量が,嗜好性の良好な範囲として示されている(前記(3)ケ)。
 以上からみて,果汁が10%以上含まれた炭酸飲料の可溶性固形分含量を屈折糖度計示度で4~8度の数値範囲とすることは,甲2,3,5~7及び10~13の何れにも具体的に記載されてはおらず,本件優先日前から周知のものであったとまではいえない。また,甲1~3,5~7及び10~13の何れにも,可溶性固形分含量を操作することで,植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)のバランスを調整することが可能であると記載又は示唆されているわけではない。
 したがって,19.8~22.0重量%の果汁入り炭酸飲料である甲1発明において,植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)をバランス良く備えた炭酸飲料を提供するために,可溶性固形分含量を「4~8度」に調整することは,当業者が容易に想到し得ることとまではいえない。
(ウ) 以上によれば,甲1発明において,たとえ,前記(ア)のとおり,炭酸ガスの含有量を2ガスボリュームより多く含むものとすることを当業者が適宜なし得ることとしても,植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)をバランス良く備えた炭酸飲料を提供するという周知の課題を達成するために,相違点2(可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である)に係る課題解決手段を採用することを当業者が容易に想到し得るとまではいえない。すなわち,本件訂正発明1の相違点2(可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である)に係る課題解決手段は,甲1発明及び周知慣用技術に基づいて当業者が容易に想到し得ることとはいえない。」
 
【コメント】
   果汁入り炭酸飲料の発明です。近頃売れている商品でいうと,オランジーナのようなものでしょうか。個人的には結構好きなタイプの飲料です。

 クレームは以下のとおりです。

【請求項1】
下記の処方を有することを特徴とする炭酸飲料:
(1)果物又は野菜の搾汁を10~80重量%の割合で含む,
(2)炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む,
(3)可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である,
(4)全甘味量が砂糖甘味換算で8~14重量%である
(5)スクラロースを含む高甘味度甘味料を含む
(6)スクラロースを含む高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量が,全甘味量100重量%あたり,砂糖甘味換算で25重量%以上を占める,
(7)全ての高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量100重量%のうち,スクラロースによって付与される甘味量が,砂糖甘味換算量で50重量%以上である。
 
 一致点相違点は以下のとおりです。
 
イ 本件訂正発明1と甲1発明との一致点
下記の処方を有することを特徴とする炭酸飲料:
(1)果物又は野菜の搾汁を10~80重量%の割合で含む,
(2)炭酸ガスを含む,
(3)可溶性固形分を含む,
(4)全甘味量が砂糖甘味換算で8~14重量%である
(5)スクラロースを含む高甘味度甘味料を含む,
(6)スクラロースを含む高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量が,全甘味量100重量%あたり,砂糖甘味換算で25重量%以上を占める,
(7)全ての高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量100重量%のうち,スクラロースによって付与される甘味量が,砂糖甘味換算量で50重量%以上である。
ウ 本件訂正発明1と甲1発明との相違点
(相違点1)
 前者が「炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む」のに対して,後者の炭酸ガスの含有量が不明である点。
(相違点2)
 前者が「可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である」のに対して,後者の可溶性固形分含量が「2.53度」である点

 つまり,本願の発明と,主引例とは,数値限定の部分にしか違いがないのです。本来なら,かなり進歩性について怪しいパターンです。

 ところが,判旨のとおり,相違点2について,容易想到でないとして,有効と判断しております。つまり,ある特定の限定された範囲の中で,可溶性固形分含量を屈折糖度計示度で4~8度の数値範囲とすることについての記載も示唆もない,という判断です。
 
 ただ,ちょっと気になるのは,このような数値限定の部分にしか違いの無い数値限定発明の進歩性の論点においては,臨界的意義が議論されることが多かったと思います。ところが,今回はそういう議論はありません。
 これは原告の方で,そのような主張をしていないからだと考えます。
 
 では,何故そのような議論をしなかったのか,それは明細書にきちんと臨界的意義が書かれていたからかもしれません。とは言え,主張するのはタダですので,やって損は無かったのではないかと思われます。
 
 本件の発明は,上記のとおり,数値限定部分でしか主引例との違いを見いだせない,つまり主引例とかなり近接した発明ですので,通常は臨界的意義が必要な発明だと思われるからです。