2016年12月14日水曜日

侵害訴訟 特許  平成27(ワ)12415 その1 東京地裁 請求棄却


事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成28年12月2日
裁判所名
 東京地方裁判所第40部
裁判長裁判官 東 海 林 保
裁判官 廣瀬 孝
裁判官勝 又 来 未 子 
 
本件特許1について
「イ 特許法68条の2は,「存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長したものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。
 この規定によれば,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,延長登録の理由となった同法67条2項所定の政令で定める処分(以下「当該政令処分」という。)の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物。以下「当該政令処分対象物」という。)についての当該特許発明の実施行為に及ぶということになる。
 もっとも,特許権の存続期間の延長登録制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,当該政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該政令処分を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長する措置を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図る趣旨であると認められるから,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった当該政令処分対象物にのみ及ぶのが原則ではあるが,上記のような不利益の解消を図ることによって特許権者の研究開発のためのインセンティブを高めるという延長登録制度の上記趣旨に鑑みると,侵害訴訟における被疑侵害品が,当該政令処分対象物とは異なる部分を有する場合であっても,上記被疑侵害品が,当該政令処分対象物の「均等物や実質的に同一と評価される物」(実質的同一物)である場合には,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が上記被疑侵害品についての実施行為にも及ぶと解するのが相当である。
 ここで,当該政令処分により存続期間が延長された特許権の効力は当該政令処分対象物についての特許発明の実施の範囲に限定されるものの,その技術的範囲については通常の特許権の特許発明の技術的範囲と同様に考えることができるというべきであるから,結局,実質的同一物該当性の判断基準としては,まず,特許法70条に基づく技術的範囲の属否を検討するほか,文言解釈上は当該政令処分対象物についての特許発明の技術的範囲に属しない場合であっても,信義則の見地から,当該政令処分対象物と当該被疑侵害品の差異(以下「当該差異部分」という。)について,①当該差異部分が当該政令処分対象物についての特許発明における本質的部分ではなく,②当該差異部分を当該被疑侵害品におけるものと置き換えても,当該政令処分対象物についての特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③上記②のように置き換えることに,当該政令処分対象物についての特許発明の属する技術の分野における当業者が,当該被疑侵害品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④当該被疑侵害品が,当該特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤当該被疑侵害品が当該政令処分ないし特許延長登録に係る手続において処分ないし延長登録の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,当該被疑侵害品は,当該政令処分対象物と均等なものとして,当該政令処分対象物についての特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当であり(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集第52巻1号113頁参照),かつ上記基準をもって足りるというべきである。なお,当該被疑侵害品が,延長された特許権の侵害行為に当たるといえるためには,当該特許権の技術的範囲に属している必要があることはいうまでもない。
 以上の観点から,以下,本件について検討する。 
ウ 本件特許1は,既に医薬品としての効能が知られていたオキサリプラティヌム溶液について,オキサリプラティヌムの濃度及びpHを一定の範囲に限定し,かつ,添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることで,医薬的に安定で直ぐに利用できるオキサリプラティヌム注射液を得るというものであるから,本件発明1は,医薬品の成分を対象とする物の発明に当たる。
 ところで,特許法施行令2条は,特許法67条2項の「政令で定める処分」(当該政令処分)の一つとして,医薬品医療機器等法14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認を挙げており,同項は,医薬品の製造・販売をしようとする者は,品目ごとにその製造・販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない旨規定している。
 そこで,本件では,被告各製品が,医薬品医療機器等法14条1項の厚生労働大臣の承認という本件処分の対象となった物(本件処分対象物)についての本件特許1の実施に当たるか否かが問題となる。
 ここで,医薬品医療機器等法14条1項の承認を受けることによって可能となるのは,その審査事項である医薬品の「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造・販売であると解されるところ,特許権の存続期間の延長登録の制度は,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものであることからすると,被告各製品が本件処分対象物に該当するか否かを検討するに当たっては,被告各製品が,本件処分により可能となった本件特許権1の実施の範囲にあるかを検討すべきであるから,上記審査事項の全てではなく,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項(当該特許権が医薬品の成分を対象とする物の発明である場合には,医薬品の成分,分量,用法,用量,効能及び効果である。)に照らし,本件処分対象物に該当するか否を判断することが相当である(最高裁判所平成27年11月17日第三小法廷判決・最高裁判所民事判例集69巻7号1912頁等参照)。
 そして,上記審査事項のうち,「成分,分量」は,医薬品の「物」それ自体としての客観的同一性を左右するものであり(ただし,「分量」については延長された特許権の効力を制限する事項と解するのは相当ではない。),また,「用法,用量」及び「効能,効果」は医薬品それ自体としての客観的同一性を左右するものとはいえないが,「用途」に該当する性質のものであるから,結局,医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係るものとして「成分」(ただし,有効成分に限らない。)によって特定され,「用途」に係るものとして「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当である。・・・
ウ そこで被告各製品の成分について検討するに,前記(4)のとおり,被告各製品は,酒石酸及び水酸化ナトリウムを含有する点で本件処分対象物についての本件発明1とは「成分」が異なる。・・・

 したがって,被告各製品は本件処分対象物と同一であるということはできず,また,被告各製品は延長された本件特許1における構成要件1C「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」を文言上は充足しない。

エ もっとも,被告各製品が本件処分対象物の実質的同一物に当たるのであれば,延長後の本件特許1の効力が及び得る。
 本件では,上記ウのとおり,被告各製品は,酒石酸及び水酸化ナトリウムを含有する点で本件処分対象物とは「成分」が異なるので,まず,この差異について,前記(2)イ①(当該差異部分が本件処分対象物についての特許発明における本質的部分ではない)の要件(いわゆる均等の第一要件)を充足するか検討する。
 ここで特許発明の本質的部分の意義についてみるに,特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであり,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段(特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである(知的財産高等裁判所平成28年3月25日特別部判決・平成27年(ネ)第10014号参照)。
 そして,本件明細書1の記載に基づいて本件発明1をみると,前記1(2)のとおり,本件発明1は,従来技術である凍結乾燥物として利用されていたオキサリプラティヌム製剤の製造方法が高価であり,また,再構成時に希釈溶剤の選択を誤るなどの問題が生じる危険性があるという課題を解決するために,オキサリプラチンの濃度が1ないし5mg/ml で,pHが4.5ないし6に限定された範囲内にあり,添加物を含まないオキサリプラチン水溶液を用いることで,直ぐ使用でき,医薬的に安定であり,凍結乾燥よりも容易かつ安価に製造でき,かつ,凍結乾燥物と同等な化学的純度(異性化の不存在)及び治療活性を示すオキサリプラティヌム溶液を提供するものであると認められる。そして,本件処分対象物についての本件発明1は,オキサリプラチンと注射用水のみで構成されるオキサリプラチン水溶液を用いて,上記の課題を解決し,医薬的に安定なオキサリプラチン溶液製剤を提供するものであるといえる。ここで,「安定な」とは不純物の生成が抑止されていることを意味する。
 したがって,本件処分対象物についての本件発明1の本質的部分は,オキサリプラチン水溶液について,オキサリプラチンの濃度及びpHを一定範囲とすることで,不純物の生成を抑止して,医薬的に安定なオキサリプラチン溶液を得ることにあるといえる。・・・
 
カ 上記エ及びオからすると,オキサリプラチン溶液について,本件発明1では,オキサリプラチンの濃度及びpHを一定範囲にすることで不純物の発生を抑止するのに対し,被告各製品では,オキサリプラチン溶液にさらに酒石酸及び水酸化ナトリウムを添加するという手段を採用することによ
って不純物の発生を抑止しているのであって,医薬的に安定なオキサリプラチン溶液を得るための技術思想が異なり,当該差異部分は,本件処分対象物についての本件発明1における本質的部分の差異に当たるというべきである。
 したがって,被告各製品は均等の第一要件を充足するとはいえないから,本件処分対象物の実質的同一物に当たるとはいえない。」

【コメント】
 本件は,2つの特許の判断があり,それぞれに重要ですので,2つに分けます。
 まず,特許第3547755号の方の事件です。
 
 クレームは,
1A 濃度が1 ないし5mg/ml で
1B pHが4.5 ないし6 の
1C オキサリプラティヌムの水溶液からなり,
1D 医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,
1E 該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,
1F 腸管外経路投与用の
1G オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。

です。実は以前,このブログでも関連事件を紹介しました。要するに,延長登録が認められた場合の特許権の効力の話です。
 そして,実は,この関連事件は,今,知財高裁大合議に係属しています。 

 なので,詳しい背景等は,前のブログをみてもらうと良いと思います。

 で,本件と前の関連事件との違いは,多少あります。実質同一性の所です。

 
・延長登録出願した特許権の効力の,原則は,特許法68条の2のそのままの文言とおり。例外は,実質同一物ということで若干広がる。
・原則を検討する場合の「物」の同一性は,上記ベバシズマブ事件で見る。すなわち,「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)及び分量」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定される。
・ 本件でのあてはめを検討する。
 被告製品には, 酒石酸及び水酸化ナトリウムを含有するものであることから,「成分」が異なり,同一性がない。
 したがって,原則の範疇外。
  ~なおここまでは,前の関連事件と同じ~
 
・例外の要件の検討。
 実質同一性は,均等論と同じ規範で見る。
・例外のあてはめを検討する。 
 本件特許1と被告製品は,本質的部分に違いがあり,例外にも当てはまらない。
・以上のとおり,原則,例外のどちらにも当てはまらず,非侵害。 

 上記のとおり,本件では,実質的同一性について,均等論の規範で判断している所が違いと思います。
 
 前の関連事件は,29部で嶋末部長の合議体でした。他方,今回の事件は40部で東海林部長の合議体でした。

 規範の中身は違いますが,概ね似たような論理と言えます。大合議はどちらを取るのか,それともどちらともとらないのか気になります。