2016年12月14日水曜日

侵害訴訟 特許  平成27(ワ)29001 東京地裁 請求棄却

事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成28年12月6日
裁判所名
 東京地方裁判所第47部
裁判長裁判官 沖中康人
裁判官 廣瀬達人
裁判官 村井美喜子
 
「(1) 構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性について
ア 本件発明の意義及び目的等
 構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性について判断する前提として,まず,本件発明の意義及び目的等を検討する。
(ア) 本件明細書の記載
・・・
イ 「緩衝剤」の意義及び充足性について
 構成要件B,F及びGの「緩衝剤」について,原告は,添加したシュウ酸のみならず解離シュウ酸を含むと解すべきである旨主張するのに対し,被告は,添加された試薬に限られ解離シュウ酸は含まれないと解すべきである旨主張するので,以下,この点について検討する。
(ア) 特許請求の範囲の記載
 本件発明に係る特許請求の範囲には,「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,」(構成要件F)と規定されている(前記第2の1(前提事実)(4))。
 この点,一般的に,「緩衝剤」とは,「緩衝液をつくるために用いられる試薬の総称」とされ(乙12「化学大辞典」),「剤」とは「各種の薬を調合すること。また,その薬。」と解されていること(乙43「広辞苑」))や医薬品に関する文献(乙39ないし42)の記載などに照らせば,「緩衝剤」は外部から添加されるものであることが前提とされているといえ,当業者も同旨の理解をしている(乙13,37,38)。
 また,緩衝剤である「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」が包含された溶液においては,「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」の少なくとも一部は,シュウ酸イオンとして存在することが予定されているが(争いのない事実),仮に,「シュウ酸」について解離シュウ酸(シュウ酸イオン)を含むと解すると,「そのアルカリ金属塩」を添加した場合,緩衝剤として,シュウ酸を使用したともそのアルカリ金属塩を使用したとも解されることになって不合理である。
 以上によれば,構成要件B,F及びGの「緩衝剤」とは,添加された「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」であって解離シュウ酸は含まれないと解するのが相当である。 
(イ) 本件明細書の記載
 上記解釈は,以下のとおり,本件明細書の記載からも裏付けられる。
 a 本件明細書において,「緩衝剤」は,「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」(段落【0022】)と定義されている。
 この点,本件特許の優先日以前において,オキサリプラチンが水溶液中で分解して,ジアクオDACHプラチン及びシュウ酸イオン(解離シュウ酸)が生成され,その反応が次式の可逆反応であり,化学平衡の状態(溶液全体で最も安定な状態)に達することが知られていた(乙2,13,37,38)。 
 そうすると,化学平衡状態に達したオキサリプラチン水溶液にシュウ酸を加えると,オキサリプラチンを再生成する反応(上記式の左向きの反応)が進み,新たな化学平衡状態に達することになり,当該溶液中に存在する不純物であるジアクオDACHプラチンの量は上記再生成反応前よりも少なくなるから,「不純物…の生成を防止するかまたは遅延させ得る」ことが実現される。他方,解離シュウ酸(シュウ酸イオン)は,オキサリプラチンの分解によって不純物とともに生成され,平衡状態にある水溶液中に当然含まれるものにすぎず,解離シュウ酸の存在によって平衡状態が変化し,上記再生成反応(左向きの反応)が進むことにはならない。
 したがって,「不純物…の生成を防止するかまたは遅延させ得る」ものである「緩衝剤」は,解離シュウ酸ではなく,添加されたシュウ酸を意味すると解される。
b また,本件明細書には,実施例として,実施例1ないし18が記載されているが,実施例1ないし17は,オキサリプラチンの水溶液にシュウ酸等が添加されている例(段落【0039】ないし【0049】)であるのに対し,実施例18(a)及び(b)(段落【0050】)は,シュウ酸等が添加されていない例である。
 ところで,実施例18については,文言上「実施例」と記載されているものの,本件明細書において,「実施例18 比較のために,例えば豪州国特許出願第29896/95号(1996年3月7日公開)に記載されているような水性オキサリプラチン組成物を,以下のように調製した:」(段落【0050】)(なお,上記豪州国特許出願は,上記ア(イ)で述べたとおり,乙1発明に対応するものである。)との記載や,「比較例18の安定性 実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物を…」(段落【0073】)と記載されていることなどに照らせば,その実質は比較例にすぎないと認められる。
 そうすると,本件明細書には,実質的には,オキサリプラチンの水溶液にシュウ酸等が添加されている実施例のみが記載されているというべきである。
c さらに,本件発明の目的との関係についてみても,上記アで述べたとおり,本件明細書の記載によれば,本件発明の目的は,①凍結乾燥粉末の形態のオキサリプラチンにおける欠点を克服するとともに,②オキサリプラチンの分解によって生成し得る不純物を全く生成させないか,乙1発明のオキサリプラチン水溶液を含む従来既知の水性組成物より有意に少ない量の生成に抑えるために,より製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供することにある。
 そして,仮に,本件発明の「緩衝剤」に解離シュウ酸を含むと解すると,解離シュウ酸が存在していた乙1発明のオキサリプラチン水溶液(段落【0010】)を含む従来既知の水性組成物と同様の組成物が本件発明に含まれることとなり,従来既知の水性組成物より安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供するとの本件発明の目的との関係を合理的かつ整合的に解釈することができない。
(ウ) 「緩衝剤」の解釈
 したがって,上記(ア)及び(イ)によれば,構成要件Bの「緩衝剤」とは,添加された「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」であって解離シュウ酸は含まれないと解するのが相当である。」

【コメント】
  これもオキサリプラチンの特許(特許第4430229号)に関するものです。大合議に係属しているものとは別系統の特許です。
 
 今回は47部沖中部長の合議体です。
 
 クレームは以下のとおりです(訂正後)。
 
A :オキサリプラチン,
B :有効安定化量の緩衝剤および
C :製薬上許容可能な担体を包含する
D :安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
E :製薬上許容可能な担体が水であり,
F :緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
G’1 1)緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10^-5M~1x10^-2M,
(b)5x10^-5M~5x10^-3M,
(c)5x10^-5M~2x10^-3M,
(d)1x10^-4M~2x10^-3M,または
(e)1x10^-4M~5x10^-4M
の範囲のモル濃度である,pHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは
G’2 2)緩衝剤の量が,5x10^-5M~1x10^-4Mの範囲のモル濃度である,組成物。
 
 要するに,自然に分解した解離シュウ酸も「緩衝剤」に当たるのか,それとも,添加されたシュウ酸またはそのアルカリ金属塩のみを言うのか,というクレーム解釈が論点です。
 
 そして,上記のとおり,47部の合議体は,クレームの辞書的意味,そして,明細書の記載などから,添加されたシュウ酸またはそのアルカリ金属塩のみが「緩衝剤」であるとしたわけです。
 
 ですので,一連の判決の中に含まれる事件です。
 
 ということで,さらに,またまとめますと,こんな感じです。
1 平成27(ワ)12416  46部 被告1 差し止めのみ 請求認容 原告寄りクレーム解釈
2 平成28(ワ)15355  29部 被告1 賠償請求のみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
3 平成27(ワ)28468   40部 被告2 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
4 平成27(ワ)12415   40部 被告3 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
5 平成27(ワ)28699等 40部 被告4,5,6 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
6 平成27(ワ)29001  47部 被告7 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
 
 ついに全部の部が揃いました。最初の46部が実に浮いております。