2016年5月26日木曜日

侵害訴訟 特許 平成25(ワ)30799 東京地裁 請求棄却/追伸あり

事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成28年4月27日
裁判所名
 東京地方裁判所第29部
裁判長裁判官嶋 末 和 秀
裁判官鈴 木 千 帆
裁判官笹 本 哲 朗 
「(1) 構成要件B-(1)及び同B-(2)の充足性について
ア 構成要件B-(1)及び同B-(2)の文理解釈について
 本件特許の特許請求の範囲の請求項2の記載によれば,本件特許発明は,「金属素地(A)」の中に,「Coを90wt%以上含有する長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相(B)をターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上有し」ているものであることが認められる(構成要件B-(1)及び同B-(2))。
 すなわち,構成要件B-(1)及び同B-(2)は,文理上,①「金属素地(A)」の中に「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相(B)」が存在すること,②上記①の「球形の相(B)」が「Coを90wt%以上含有する」こと,③上記①の「球形の相(B)」の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることを規定しているといえる。
 そうすると,被告製品1が構成要件B-(1)及び同B-(2)を充足するというためには,被告製品1のターゲット中に存在する①「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相」(以下,単に「球形の相」ということがある。)を特定できること,②上記①の球形の相が「Coを90wt%以上含有する」ことが立証されること,及び③上記①の球形の相の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることが立証されることが必要である。・・・
 イ 被告製品1において「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相」を特定できるかについて

(ウ) 原告は,原告の従業員が被告製品1を分析した結果であるとする平成25年3月8日付け実験結果報告書(甲5。以下「甲5報告書」という。)に記載された実験(以下「甲5実験」という。)により,同報告書の図6と同じ位置のレーザー顕微鏡写真(図8)を得て,画像処理し(図9),a,b,d,e,f,h,l,mの各相の面積,長径,短径を測定し(表3),長径と短径の差が0~50%であることを確認した旨主張する。
 しかし,構成要件B-(1)が規定するのは,「球形の相」,すなわち「立体形状」が「球形」である「相」における「長径及び短径」並びに「直径」の数値範囲であるところ,証拠(乙32)によれば,ターゲットの断面(一水平面)において「円形」に観察される相であっても,当該相の立体形状がいかなるものであるは不明であり,当然に「球形」であるといえるものではないことが認められる。
 また,上記の点を措き,ターゲットの断面(一水平面)において「円形」に観察される相の立体形状が「球形」であると仮定しても,上記証拠によれば,同断面が球の中心を通るのか否か,通らない場合にはどの程度中心から外れているのかは,不明であるというほかはなく,同断面において「円形」に観察される相について行った測定結果に基づいて,当該相が「球形」である場合の「直径」を近似的に求めることはできないものと認められる。
 この点,本件明細書において,前記(ア)のとおり「球形そのものを確認することが難しい場合は,相(B)の断面の中心と外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下であることを目安としてよい。」(【0026】)とされていることに鑑み,ある相の断面が上記要件を充たすことをもって,構成要件B-(1)にいう「長径と短径の差が0~50%」の「球形の相」であると推認することが許されないではないとしても,そのことをもって,直ちにその相の「直径が30~150μmの範囲にある」ことまで推認されるということはできない。
 したがって,甲5実験によっては,被告製品1における「長径と短径の差が0~50%であって直径が30~150μmの範囲にある球形の相」が特定されたということはできない。」
【コメント】
 スパッタリングのターゲットに関する発明による,特許権侵害の事案です。
 クレームは以下のとおりです。
A Crが20mol%以下,Ptが5mol%以上30mol%以下,残余がCoである組成の金属からなるスパッタリングターゲットであって,
B このターゲットの組織が,金属素地(A)と,
B-(1) 前記(A)の中に,Coを90wt%以上含有する長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相(B)を
B-(2) 前記ターゲットの全体積又は前記ターゲットのエロージョン面の面積の20%以上有し,

B-(3) 前記球形の相(B)は,研磨面を顕微鏡で観察したときに前記金属素地(A)で囲まれている
C ことを特徴とする強磁性材スパッタリングターゲット。
 材質と,その組成の割合,さらに組成の状態までに特徴のある発明です。ですので,権利範囲は狭いのではないかと思えます。
 
 そして,訴訟で論点になったのは,上のB-(1)及び同B-(2)で,判決では,B-(1)の球形の相の特定ができなかったとして,請求棄却になっております(それ以外も検討しておりますが,傍論でしょう。)。
 構成要件該当性は,結局事実の問題になりますので,特段言及するようなところはありません。
 特筆すべきは,本件の訴訟の推移です。
 被告によれば,本件は以下のような経緯があったようです。
ア 原告は,本件訴訟に先立ち,被告製品1を対象とする訴訟(東京地方裁判所平成25年(ワ)第3356号事件。以下「前訴」という。)を提起し,被告に対し,差止めのほか,損害賠償も請求したが(乙26),前訴の受訴裁判所より被告製品2を対象とする訴訟を遂行すればよいのではないかとの示唆を受けたことから,被告製品1を対象とする本件特許権の侵害についてはもはや問題にしないことを前提として,前訴を取り下げた(乙25)。セミコンライト社は,原告の依頼を受けて,被告に被告製品1を発注したものであるが,同発注の目的は,被告に「特許権侵害」をさせること及び被告製品1を詐取することにあり,それゆえ,被告がセミコンライト社から被告製品1と同一の製品について再度発注される見込みはなく,差止めの利益があるかが疑わしい上,被告が被告製品1をセミコンライト社に販売しなかった場合に,原告がこれと競合する製品(ターゲット)を同社に販売したであろうという関係が成立せず,損害があるかも疑わしいことに鑑み,前訴につき上記のような示唆がされたものと理解される。被告は,前訴の受訴裁判所の訴訟指揮には,被告を騙して「特許権侵害」を原告自ら生じさせておきながら,他方でかかる事実を秘匿して裁判所の助力を求めるがごとき原告の態度に対する批判の意味が込められていたであろうと推測し,原告が被告製品1についてもはや再訴しないことを前提として,前訴の取下げに同意するよう前訴の受訴裁判所から示唆されたものと考え,前訴の取下げに同意した。
 原告が,本件訴訟において,被告製品1に係る損害賠償を請求することは,前訴における訴訟物(被告製品1に係る損害賠償請求)と同一の訴訟物についての再訴に当たるところ,被告は,前訴の取下げに同意する際,原告が再訴しないことを信頼して自己に不利な立場を受け入れたものであって(仮に,原告が再訴をする意向であると知っていたならば,原告には請求の放棄を求めただろう。),本件訴訟において,原告が被告製品1に係る請求をすることは,訴訟上の信義則違反であるから,本件訴えは却下されるべきである。
 
 やはり同じく特許の紛争を中心とするアデランス事件(最高裁平成6年5月31日)を彷彿させるような話です。
 原告としては,証拠取りができなかったため,ちょっと冒険したのでしょう。

 で,この却下の主張に対して,裁判所は以下のように判断しています。
被告は,原告が,本件訴訟において,前訴の訴訟物と同一の訴訟物である被告製品1に係る損害賠償を請求することは,前訴の蒸し返しであって,訴訟上の信義則違反であるとして,本件訴えの却下を求めている。
 そこで検討するに,争いのない事実(当裁判所に顕著な事実を含む。),証拠(甲34ないし36,41,乙9)及び弁論の全趣旨によれば,前訴と本件訴訟とは,いずれも同一の当事者間の訴訟であること,両者は,被告による被告製品1の製造販売が本件特許権の侵害を構成することを理由とする損害賠償請求であって,訴訟物が同一であること,前訴は,原告による訴えの取下げ及びこれに対する被告の同意をもって終了したことが認められる。
 しかし,被告が前訴の取下げに至る経緯に基づいて再訴されない旨の期待を抱いたことがあったとしても,被告が原告による前訴の取下げに同意するに当たり,原告が被告に対し再訴をしない旨約したなどの事実関係があるわけではないから,上記期待は,被告が一方的に抱いたものにすぎず,未だ法律上保護されるほどのものとは認められない。
また,原告が本件訴訟において被告製品1に係る損害賠償を請求した理由が,被告主張のとおり,被告製品2に係る請求の立証のために必要であることを理由としたものであったとしても,同請求につき放棄がされたことをもって,直ちに原告が被告製品1に係る損害賠償を請求することを禁止しなければならない事情に当たるとは,認め難い。
 したがって,原告が本件訴訟において被告製品1に係る損害賠償を請求することは,訴訟上の信義則に反するものとはいえず,本件訴えを却下すべきであるとの被告の主張は,採用することができない。

 こういうことは牽制の意義が大きいでしょうから,まともに認められなくても十分効果があります。裁判官も人の子ですので,原告は汚い手を使うところだという印象を与えることができれば,それだけで被告には非常に有利になります。
 原告は非常に有名な大きな会社ですが,結局のところ訴額は非常に微々たるものになっております。効果があったのは,裁判所だけではなかったようです。

【追伸】
 本件の控訴審がありました。
事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成28年10月5日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 古 河 謙 一
裁判官 鈴 木 わ か な
です。 

 内容としては,この原審を追認したような形であり,控訴人(原告)の新たな主張はあるものの,目新しいものはありません。
 それ故,新たに項目を立て,この控訴審判決の紹介などは致しません。

2016年5月24日火曜日

審決取消訴訟 商標 平成28(行ケ)10014 不使用取消審判 取消審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年5月18日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清水 節
裁判官片岡早苗
裁判官古庄 研

第3 原告主張の審決取消事由(本件商標の使用)と被告の認否
 原告は,本件審判請求登録前3年以内(以下「要証期間」という。)である平成25年9月,当時の商標権者であったカミンが,本件商標の指定商品に属する「猫めくり2014 CatsCalendar」と題するカレンダーを発行して,日本国内の書店や複数のウェブサイトで販売し,その表紙や最終頁等に,本件商標と社会通念上同一と認められる商標(本件商標と同一の「猫めくり」の文字からなる商標)を付して使用した事実を主張して,審決の取消しを求めた。
 被告は,前記事実を争わない旨述べた。

第4 当裁判所の判断
1 前記第3のとおり,本件商標と社会通念上同一と認められる商標が,要証期間内に,日本国内において,本件商標の当時の商標権者であったカミンにより,指定商品のうち「印刷物」について使用されていたことは,当事者間に争いがなく,要証期間内における本件商標の使用が認められるから,本件商標について商標法50条の規定により登録を取り消した審決は取り消されるべきである。
2 よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。

【コメント】
 商標の不使用取消審決に対する取消訴訟です。

 商標は以下のようなものです。
 image 
 (猫めくり)です。
指定商品は第16類「印刷物,書画,写真」です。
 さて,一見すると実に不思議な事件です。
 まず,審決の方は,
2 審決の要旨
審決は,原告は本件審判請求に対し答弁しないから,本件商標の登録は商標法50条の規定により取り消すと判断した。
 とあります。

 で,商標権者である原告は,かなり有名な出版会社です。にもかかわらず,なぜ応答しなかったのかはよくわかりません。ただ,時系列的に見ると,元々の商標権者から現在の原告が商標を譲り受けた時期と不使用取消審判の時期が重なっており,このためかもしれません。

 とは言え,状況を説明すれば,特許庁の審判合議体も,何らの善処はしたでしょうから,何の答弁書も出さずに居たというのは疑問です。

 つぎに,この判決自体も上記のとおり,今度は被告が争わないということで,終結しております。審判で原告が争わなかったのはそれなりの理由がありそうですが,被告が訴訟で争わなかった理由がわかりません。

 争ってもしょうがないほどの使用の態様だったのかもしれませんが,そのような場合は,通常審判を提起する前にわかるものです。にもかかわらず,審判を提起し,その上,この審判だけではなく,実は被告は「犬めくり」という,商標についても審判を提起しております。

 さて,ちょっと検索などするとわかるのですが,この商標の元々の持ち主だったカミンは,2014年に破産手続開始決定を下されております。 

 で,その倒産処理の一環として,商標権が今の原告に渡ったのでしょうね。倒産処理の場合,破産財団のうちから換価可能なものは次々と処分されますから。

 ところで,このカミンの代表取締役が,実は,今回の被告と同一人物です。

 ですので,恐らく,被告としては,不使用取消審判で商標権を取り消し,その部分に自分が出願し, 再度自分が商標権者になりたかったのでしょう(検索すると,やはり昨年2015年の4月に,被告による「猫めくり」と「犬めくり」の商標登録出願があります。)。

 ところが,どさくさ紛れのその野望は,様々落ち着いてきた訴訟段階で脆くも崩れ去ったわけです。恐らく,原告からは,こんなことをすると,破産手続に遡及して不利益が及ぶかもしれないというような警告があったのでしょうね。

 だからこそ,審決では勝ったのに,訴訟では,自分の経営していた会社による使用の事実をあっさり認めたのではないかと思います。

 短い判旨ですが,その裏にある, 様々な人々の思惑が感じられる事件だと思います。
 

2016年5月16日月曜日

侵害訴訟 著作権 平成27(ワ)28086  東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 損害賠償等請求事件
裁判年月日
 平成28年4月21日
裁判所名
 東京地方裁判所第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩 二
裁判官 萩原孝基
裁判官 中嶋邦人 
 
「 ⑴ 第1請求,第3請求,第4請求,第5請求及び第6請求につき,原告は,①原告著作権主張作品について,㋐原告が平成11年1月に被告に対して「なあ,今度のアルバムさあ。新宿で電車乗って,明大前にさしかかるところで,思いっきり寝れるように,子守歌系のやつ創って入れてよ」,「囁き系がいいや」と伝達したのに対して被告がこの伝達内容に依拠した結果,本件アルバムにおける本件アルバム名と同名の楽曲の曲順やテンポ等が上記伝達内容を反映したものとなっていること,㋑「誰かの願いが叶うころ」と題する歌の歌詞のうち「みんなに必要とされる君を癒せるたった一人になりたくて少し我慢し過ぎたな」の部分が被告宛の投稿を受け付けるウェブサイトに原告が投稿した文章に依拠した結果,ほぼ同一のものとなっていることから,原告が共同著作者の一人であり,②原告関与主張歌詞については被告による創作に関与したと主張する。
⑵ そこで判断するに,まず,上記①のうち㋐についてみると,本件の関係各証拠を総合しても原告が主張する伝達内容が被告に伝えられたとは認め難い上,仮にそのような事実が認められるとしても,ある作品の著作者であるというためには,その者が思想又は感情を創作的に表現したものであることを要する(著作権法2条1項1号,2号)。ところが,原告が主張する伝達内容は,楽曲のテンポその他の素材の内容及び配列の順序のいずれの点においても,創作のための着想にすぎず,具体的な表現であるということはできない
 また,上記㋑についてみると,原告がウェブサイトに上記歌詞と表現上符合するような投稿をしたことをうかがわせる証拠はない。
 さらに,上記②の主張についてみても,原告は具体的な関与経過について何ら主張立証しておらず,失当というほかない。
⑶ 以上によれば,第1請求,第3請求,第4請求,第5請求及び第6請求はいずれも理由がない。」

【コメント】
 一言で言えば,人気者は辛いよということです。
  
 事案の概要にはこうあります。 

本件は,原告が,宇多田ヒカル名義の編集著作物であるCDアルバム「First Love」(以下「本件アルバム」という。)及び「誰かの願いが叶うころ」と題する楽曲の歌詞(以下,これと本件アルバムを併せて「原告著作権主張作品」という。)の共同著作者であり,「B&C」,「はやとちり」及び「Wait&See~リスク~」と題する各楽曲の歌詞(以下「原告関与主張歌詞」と総称する。)の被告による創作に関与したが,被告が原告の氏名を表示せず,被告のみが著作者として利益を得ており,これにより原告が損害を被ったと主張して,・・・」 

 被告は宇多田ヒカルさん本人だと思われます。 
 
 ですので,この原告の主張のとおりだとすると,これは世間に知られていなかった創作秘話だ~すごい話だとなります。
 しかし,判旨のとおり,これは妄想の範囲で,仮に本当だとしても,その程度じゃ著作者にはならないとされております。

 ファンなのかアンチなのかわかりませんが,世の中には色んなことをやる人がいるということがわかります。

2016年5月12日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10122 不服審判 拒絶審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年5月11日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 鈴 木 わ か な
裁判官 片 瀬 亮

「 (ウ) 液体水フィルターによる冷却について
a 懸濁フィルターとの関係について
 懸濁フィルターについては,前記イ(ア)dのとおり,【0076】には,「フィルター処理は,屈折率に対する共振散乱を用いることで実行され得る。例えば,波長λでの冷却液体の屈折率と一致する粒子66の屈折率を選ばせる。…液体中の媒体の屈折率及び結晶条件は,非常に異なる。そのため,融解後,液体6は,ビームの著しい減衰を有する高散乱板になる。6がその冷却能力を失うと,組織における流束量は,従って,自動的に下がり,組織を損傷から保護する。」との記載があることから,懸濁フィルターは,屈折率に対する共振散乱を利用したスペクトル共振散乱体であると解される(前記ア(ウ))。したがって,懸濁フィルターにおいて,これに入射した波長λの光の透過率は,主として波長λにおける凍結した液体(氷)と固体粒子との屈折率の差に応じて決まるものと認められる。
 他方,液体水フィルターは,水を吸収媒体として用いる吸収フィルターであるから,これに入射した波長λの光の透過率は,主として波長λと水の赤外線吸収ピークとの差に応じて決まるものと認められる。
 以上のとおり,スペクトル共振散乱体である懸濁フィルターと吸収フィルターの一種である液体水フィルターとは,明らかに動作原理を異にする。
 また,【0076】の上記記載のとおり,懸濁フィルターは,凍結した液体が融解すると光を著しく減衰させる高散乱板になるのであるから,光スペクトルのフィルターとして作用するのは,液体の凍結時のみであり,融解後は同フィルターとして作用しない。したがって,懸濁フィルターは,液体状のものをフィルターとして使用するものではない。
 以上によれば,液体水フィルターと懸濁フィルターとは,別個のものであるということができる。
b 本件審決が認定した引用発明2における液体水フィルターは,フィルター6の場所に設けられたものであるが,その水を皮膚の冷却に用いることは,引用例2に記載も示唆もされていない。なお,前記イ(イ)のとおり,液体水フィルターには,間隙7内の水を吸収フィルターとして用いるものもあるが,引用例2には,間隙7内の水についても,これを皮膚の冷却に用いることは,記載も示唆もされていない。
 また,この点に関し,液体水フィルターについては,「厚さ1~3mmの液体水フィルターが使用され得,この水は,冷却用にも使用され得る」(【0077】)との記載があるところ,液体水フィルターには,間隙7内の水を吸収フィルターとして用いるものとフィルター6を含む任意の場所に設けられるものがあるが,①前記ウのとおり,装置構成要素の冷却には,間隙7内の液体が用いられること,②いずれの液体水フィルターについても,1~3mmの厚さに薄く広げられた水が導波管5の冷却を介して皮膚1を冷却する効果をもたらすとは必ずしもいい難いことから,上記「冷却用」は,ランプなどの装置構成要素の冷却用を意味するものと考えられる。
c 以上のとおり,液体水フィルターは,皮膚を冷却するものということはできない。
 したがって,本件審決が認定した引用発明2(前記第2の3⑷)のうち,「患者の皮膚の処置のため,ランプからの光を導波管を通じて患者の皮膚へ向けるための装置において,光スペクトルのフィルター処理を行なうためにフィルター6を設け,フィルター6を液体水フィルターと」することは認定できるが,「この水を(皮膚の)冷却用にも使用すること」までは認定することができない。
⑵ 引用発明1に引用例2に記載された発明を適用することについて
 引用例2に記載された発明は,「患者の皮膚の処置のため,ランプからの光を導波管を通じて患者の皮膚へ向けるための装置において,光スペクトルのフィルター処理を行なうためにフィルター6を設け,フィルター6を液体水フィルターとすること」であり,この液体水フィルターの水を皮膚の冷却用に使用することは,認められず,したがって,仮に引用発明1の「プリズム6及びプリズム6の側面のコーティングからなる光学的フィルター」を引用例2に記載された液体水フィルターに替えたとしても,光学的フィルターが生物組織を冷却するという相違点に係る本願発明の構成に至らない。」

【コメント】
 進歩性,特に副引例の認定の誤りなどが問題となった事件です。

 まずは,クレームからです。
【請求項1】光学的放射線を少なくとも1つの生物組織に加えるための装置であっ
て,/化学反応に基づいて前記放射線を発生させるように構成された放射線装置,および,水フィルターを備え,/前記放射線装置は,封止された筐体および前記筐体の内部に設けられた可燃性材料を備え,/前記封止された筐体の外側表面の一部は,前記生物組織に接するように構成され,/前記水フィルターは,前記可燃性材料と前記封止された筐体の外側表面の一部との間に設けられ,/前記水フィルターは,前記光学的放射線の一部を濾光し,且つ,前記生物組織を冷却するために構成され,/前記光学的放射線は,前記少なくとも1つの生物組織の少なくとも一部に生物学的影響をもたらす装置。


 つまり,光による治療装置なのですが,フィルターに水フィルターを使っており,遮光とともに,皮膚の冷却にも使っているということがポイントです。
 
 図で示すとこういうものです。
 
 この図でいう590のところが空洞で,水フィルターとすることができる部分です。

 一致点・相違点です。
ア 本願発明と引用発明1との一致点
 光学的放射線を少なくとも1つの生物組織に加えるための装置であって,/化学反応に基づいて前記放射線を発生させるように構成された放射線装置,および,光学的フィルターを備え,/前記放射線装置は,封止された筐体および前記筐体の内部に設けられた可燃性材料を備え,/前記封止された筐体の外側表面の一部は,前記生物組織に接するように構成され,/前記光学的フィルターは,前記光学的放射線の一部を濾光するために構成され,/前記光学的放射線は,前記少なくとも1つの生物組織の少なくとも一部に生物学的影響をもたらす装置である点
イ 本願発明と引用発明1との相違点
 光学的フィルターが,本願発明においては,水フィルターであって,可燃性材料と封止された筐体の外側表面の一部との間に設けられ,光学的放射線の一部を濾光し,且つ,生物組織を冷却するものであるのに対して,引用発明1においては,インコヒーレント光源3のバルブ本体の前部に配置されたプリズム6及びプリズム6の側面のコーティングからなるものであって,光学的放射線の一部を濾光するものであるが,生物組織を冷却するものであるかまでは不明である点

 副引例の記載です。
患者の皮膚の処置のため,ランプからの光を導波管を通じて患者の皮膚へ向けるための装置において,光スペクトルのフィルター処理を行なうためにフィルター6を設け,フィルター6を液体水フィルターとし,この水を冷却用にも使用すること

 まず,主引例には,水フィルターの記載があったものの,それが遮光に+して皮膚の冷却まで使われることの記載まではありませんでした。
 次に,副引例には水フィルターの記載があり,何らかの冷却には使うのだけど,それで皮膚まで冷やすという記載は実はなかったのです。

 ところが,審決は,若干勇み足をして,副引例の水フィルターが皮膚の冷却にも使う,という事実認定をしてしまったのですね。

 ということで,副引例認定の誤りという,そこそこ珍しい事例,しかし,そこが間違えたらそりゃアウトでしょう,ということで審決取消となった事件でした。

2016年5月2日月曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ネ)10127 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日
 平成28年4月27日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 柵 木 澄 子

「(2) 構成要件Fについて
ア 前記(1)のとおり,本件特許発明において,構成要件F1には「上記Webブラウザによる処理が,少なくとも,」と記載され,同記載に続いて,構成要件F2には「1)カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程」,構成要件F3には「2)商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程」,構成要件F4には「3)ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程,を含み,」と,それぞれ記載されている。
 そして,構成要件F1の「上記Webブラウザ」とは,構成要件Dの「Webブラウザ」を指し,「Web-POSクライアント装置」は,「Webブラウザ」を備えていることから(構成要件D),上記記載によれば,構成要件F1では,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」による「処理」が,少なくとも,構成要件F2に記載された「1)カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程」,構成要件F3に記載された「2)商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程」及び構成要件F4に記載された「3)ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程」を含むことが規定されているということができる。
イ この点,構成要件F2ないしF4は,原則として「Web-POSクライアント装置」が行う処理が記載されているが,中には,「Web-POSサーバ・システム」が行う処理も記載されている。
(ア) 構成要件F2によれば,「該Web-POSサーバ・システムの商品(PLU)マスタDBにおいて管理されている取扱商品に関する基礎情報に含まれたカテゴリーに対応するカテゴリーリストを含むHTMLリソース」及び「該要求のHTTPメッセージに基づき,該Web-POSサーバ・システムの商品(PLU)マスタDBにおいて管理されている取扱商品に関する基礎情報から該変更または入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報が抽出され,該抽出された商品基礎情報を含むHTMLリソース」は,いずれも,「Web-POSサーバ・システム」において「生成」され,上記各「HTMLリソース」が,「Web-POSクライアント装置」に「供給」ないし「送信」される(構成要件C参照)。
 そして,上記各「HTMLリソース」は,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」で「処理」されることにより,「カテゴリーリスト」及び「カテゴリーに対応する商品基礎情報からなる商品リスト」を表示装置に表示させる。
 そうすると,構成要件F2において,「Webブラウザ」が行う「処理」は,「カテゴリーリストを含むHTMLリソース」及び「商品基礎情報を含むHTMLリソース」に基づいて,表示装置に「カテゴリーリスト」及び「カテゴリーに対応する商品基礎情報からなる商品リスト」を表示することであるということができる。
 もっとも,構成要件F2において,「Web-POSサーバ・システム」による上記各HTMLリソースの「生成」,「供給」ないし「送信」といった「処理」も記載されている。これは,「Webブラウザ」で「処理」される上記各「HTMLリソース」が,「Web-POSサーバ・システム」において「生成」され,「供給」ないし「送信」するという「処理」が行われることを前提とするものであることから,これを構成要件上明確にしたものであることが理解できる。
 したがって,構成要件F1によって,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」による「処理」が行われるものとして規定されている構成要件F2を全体としてみれば,構成要件F2の「カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程」における「処理」は,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」による「カテゴリーリスト」及び「カテゴリーに対応する商品基礎情報からなる商品リスト」を表示装置に表示させる「処理」が規定されているのであって,「Web-POSサーバ・システム」による「処理」が記載されているのは,「Webブラウザ」で「処理」される上記各「HTMLリソース」について,「Web-POSサーバ・システム」における「処理」が行われることを構成要件上明確にしたものということができる。
(イ) これに対して,構成要件F3においては,構成要件F2のように,「HTMLリソース」が,「Web-POSサーバ・システム」において「生成」,「供給」ないし「送信」されるなど,「Web-POSサーバ・システム」による具体的な「処理」は何ら規定されておらず,構成要件F1の規定に基づき,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」を「処理」の主体として,商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程が規定されている。
 そして,構成要件F2によれば,「Web-POSサーバ・システム」において,「商品基礎情報」を含む「HTMLリソース」が「生成」され,「Web-POSクライアント装置」に「送信」されるから,「該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報」は,「HTMLリソース」として,「Web-POSサーバ・システム」から「送信」され,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」で「処理」されることにより,「商品の情報」を表示装置に表示させる。
 そうすると,構成要件F3において,「Webブラウザ」が行う「処理」は,「HTMLリソース」に含まれる「該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報」に基づいて,表示装置に「商品の情報」を表示することであり,構成要件F3においては,「商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程」における「処理」が規定されているということができる。
 もっとも,構成要件F3には,「該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報」は,「Web-POSクライアント装置」が「Web-POSサーバ・システム」に問い合わせて取得することが規定されている。「商品に関する基礎情報」は,「Web-POSサーバ・システム」において「管理」されており(構成要件C),これを「Web-POSクライアント装置」が「Web-POSサーバ・システム」に問い合わせて取得することが規定されていることからすれば,構成要件F3には,「Web-POSサーバ・システム」から上記「該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報」を含む「HTMLリソース」が「Web-POSクライアント装置」に対して送信されることが記載されているということができる。しかして,構成要件F3において,上記規定がされているのは,「Webブラウザ」で「処理」される上記「HTMLリソース」に含まれる「該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報」が,「Web-POSサーバ・システム」において「管理」され,「該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報」を含む「HTMLリソース」を「生成」,「送信」するという「処理」が行われることを前提とするものであることから,これを構成要件上明確にしたものであることが理解できる。
 したがって,構成要件F1によって,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」による「処理」が行われるものとして規定されている構成要件F3を全体としてみれば,構成要件F3の「商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程」における「処理」は,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」による「商品の情報」を表示装置に表示させる「処理」が規定されているのであって,「Web-POSサーバ・システム」による「処理」が記載されているのは,「Webブラウザ」で「処理」される「該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報」について,「Web-POSサーバ・システム」における「処理」が行われることを構成要件上明確にしたものということができる。
(ウ) また,構成要件F4においては,構成要件F3と同様に,構成要件F2のように,「HTMLリソース」が,「Web-POSサーバ・システム」において
「生成」,「供給」ないし「送信」されるなど,「Web-POSサーバ・システム」による具体的な「処理」は何ら規定されておらず,構成要件F1の規定に基づき,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」を「処理」の主体として,商品注文内容の表示制御過程が規定されている。
 そして,「前記入力(選択)された商品識別情報と該商品識別情報に対応して取得された上記商品基礎情報」は,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」で「処理」されることにより,「商品の注文明細情報」を表示装置に表示させるとともに,ユーザが,該入力手段によりオーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと,「該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報」が「Web-POSサーバ・システム」に対して「送信」されることになる(「Web-POSサーバ・システム」において「取得(受信)」されることになる以上,「Web-POSクライアント装置」から送信されることは,明らかである。)。
 そうすると,構成要件F4において,「Webブラウザ」が行う「処理」は,少なくとも,「前記入力(選択)された商品識別情報と該商品識別情報に対応して取得された上記商品基礎情報」に基づいて,表示装置に「商品の注文明細情報」を表示すること,及び「該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報」を「Web-POSサーバ・システム」に対して「送信」することであり,構成要件F4においては,「商品注文内容の表示制御過程」における「処理」が規定されているということができる。
 もっとも,構成要件F4には,「該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)されることになる」と規定されている。しかし,当該規定は,上記のとおり,「Webブラウザ」が,「該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報」を「Web-POSサーバ・システム」に対して「送信」する「処理」を行うことを前提とするものであり,「Web-POSサーバ・システム」からみれば,上記「Webブラウザ」で「送信」する「処理」が行われた場合には,「該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報」が「取得(受信)されることになる」と,受動的ないし仮定的に記載されているにすぎないものと解するのが自然であって,「Web-POSサーバ・システム」を「処理」の主体として規定しているということはできない。
 したがって,構成要件F1によって,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」による「処理」が行われるものとして規定されている構成要件F4を全体としてみれば,構成要件F4の「商品注文内容表示制御過程」における「処理」は,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」による,少なくとも,「商品基礎情報に基づく商品の注文明細情報」を表示装置に表示させる「処理」及び「該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報」を「Web-POSサーバ・システム」に対して「送信」する「処理」が規定されているのであって,「Web-POSサーバ・システム」による「処理」が記載されているということはできない。
(エ) 以上のとおり,本件特許発明の構成要件F2ないしF4において,「Web-POSサーバ・システム」が行うべき「処理」として,「HTMLリソース」が,「Web-POSサーバ・システム」において「生成」,「供給」ないし「送信」されることが記載され(構成要件F2),また,「該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報」が,「Web-POSサーバ・システム」において「管理」され,「該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報」を含む「HTMLリソース」を「生成」,「送信」する「処理」が記載されているのは(構成要件F3),「Webブラウザ」で「処理」される上記「HTMLリソース」が,「Web-POSサーバ・システム」における上記各「処理」が行われることを前提とするものであることから,これを構成要件上明確にしたものである。
 そして,前記アのとおり,構成要件F1では,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」による「処理」が,少なくとも,構成要件F2に記載された「1)カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程」,構成要件F3に記載された「2)商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程」及び構成要件F4に記載された「3)ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程」を含むことが規定されていること,構成要件F2ないしF4において,上記各表示制御過程における「処理」は,いずれも「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」による「処理」として規定され,「Web-POSサーバ・システム」が行うべき「処理」については,これを構成要件上明確に記載していることに鑑みれば,構成要件F2ないしF4において,「Web-POSサーバ・システム」による処理であることが明確に記載されているもののみが,「Web-POSサーバ・システム」における「処理」であって,それ以外は,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」,あるいは「Web-POSクライアント装置」による「処理」のみが規定されていると解するのが相当である。
ウ 構成要件F4の「該数量に基づく計算」について
 構成要件F4の「ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程」における「該数量に基づく計算」を行う「処理」については,例えば,「Web-POSサーバ・システム」に対して,「計算」した結果を含むHTMLリソースを要求するHTTPメッセージが送信され,これに対して「Web-POSサーバ・システム」がHTMLリソースを「生成」し,「供給」ないし「送信」することや,「Web-POSサーバ・システム」に問合せがされて「Web-POSクライアント装置」においてこれを取得することや,あるいは「Web-POSサーバ・システム」で「計算」した結果が,「Web-POSクライアント装置」の「Webブラウザ」において「処理」されることについては,特許請求の範囲には,何らの記載もない。
 このように,構成要件F4において,表示制御過程における「処理」は,「Web-POSクライアント装置」が備える「Webブラウザ」による処理として規定され,「該数量に基づく計算」については,特許請求の範囲上,「Web-POSサーバ・システム」による「処理」であることが明確に記載されていないから,構成要件F4の「該数量に基づく計算」は,「Web-POSサーバ・システム」では行われず,「Webブラウザ」を備える「Web-POSクライアント装置」で行われるものと解さざるを得ない。」

「(3) 均等の第5要件について
 前記(2)の認定事実によれば,第1手続補正前の時点では,特許請求の範囲の請求項1において,「計算」については,「Web-POSサーバ・システム」で行われるのか,あるいは,「Web-POSクライアント装置」で行われるのかを含め,発明特定事項としては何ら規定されていなかったが,控訴人は,第1手続補正によって,特許請求の範囲の請求項1において,「計算」について,「Web-POSサーバ・システム」で行われる構成に限定し,その後にした第2手続補正において,特許請求の範囲を本件請求項1の構成要件F4のとおり補正し,この第2手続補正に基づく特許請求の範囲の請求項1(本件請求項1)について,特許査定を受けたものであるということができる。そして,第2手続補正によって補正された特許請求の範囲の請求項1(本件請求項1)の「該数量に基づく計算」,すなわち,本件特許発明の構成要件F4の「該数量に基づく計算」は,「Web-POSサーバ・システム」では行われず,「Webブラウザ」を備える「Web-POSクライアント装置」で行われるものと解さざるを得ないことは,前記1のとおりである。
 そうすると,本件出願手続において,第1手続補正前の時点では,「計算」について,発明特定事項として何らの規定もされていなかった特許請求の範囲の請求項1について,控訴人は,第1手続補正により,「計算」が「Web-POSサーバ・システム」で行われる構成に限定し,その後の第2手続補正によって,この構成に代えて,あえて「該数量に基づく計算」が「Web-POSクライアント装置」で行われる構成に限定して特許査定を受けたものということができる。
 上記事実に鑑みれば,控訴人において,「該数量に基づく計算」が,被告方法のように「Web-POSサーバ・システム」で行われる構成については,本件特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと評価することができる。
 したがって,均等の第5要件の成立は,これを認めることができない。」

【コメント】
 このブログを開設して,早半年を過ぎたのですが,事件としては二度目の登場ということになります。
 原審の東京地裁平成26(ワ)27277号( 平成27年10月14日判決)の判断はこちらです。

 この原審では,「「該数量に基づく計算」は,専ら「Web-POSクライアント装置」において行われるものと解するのが相当である。」と判断しました。
 ある意味限定解釈のように判断したのですが,そう解釈したのは,クレームそのものの構成からと言えました。さらに,それに加えて,出願経過も加味して,限定解釈したと言えます。

 他方,この控訴審では,出願経過をクレーム解釈に使うことはありません。あくまで,限定的に解釈されるのは,クレームの構成上そうとしか解釈できないから,ということになると思います。

 今回控訴審ですので,クレームはここに書きませんが,本件特許のクレームは,そもそも画面上の遷移をそのままクレームにしたようなもので,非常に限定的です。
 ですので,その遷移をいちいち追っていくと,「該数量に基づく計算」は,専ら「Web-POSクライアント装置」において行われるものとしか解釈しようがない,とされるのも仕方がない所でしょう。
 
 では,原審が加味した出願経過の部分はどこで判断されているかというと,均等論の第五要件の所です。

 この控訴審は,高部部長の合議体なのですが,この合議体の特徴として,均等論の第五要件に非常に厳しいということが挙げられます。
 それ故,出願経過において,原告の主張していたもう一つの可能性を排除したような行動があった以上,これで均等論第五要件を認めることも難しい所だったのでしょう。