2017年1月26日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10233  知財高裁 無効審判 無効審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年1月18日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 設 樂 隆一
裁判官 岡 田 慎 吾
裁判官中島基至は,差し支えのため,署名押印することができない。
裁判長裁判官 設 樂 隆 一 
 
「 (4) 相違点の検討
ア 相違点1-1について
 相違点1-1は,構成要件A及びIに関し,本件発明1は,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」が「透明不燃性シート」であり「輻射電気ヒーターから透明不燃性シートの表面に50kW/m2の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/m2以下であり,且つ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/m2を超えない」ものであるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」について,このような特定がされていない点である。
 甲1発明の煙封じ込めカーテンは,防煙垂壁に相当するものであり,本件特許の出願当時,①防煙垂壁において,これを不燃性のものにすることは,周知の課題であったこと(甲9。平成12年6月1日施行改正建築基準法(2年目施行)の解説),また,②甲11文献の前記記載によると,輻射電気ヒーターから試験体の表面に50kW/㎡の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/㎡以下であり,かつ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/㎡を超えないことを不燃性材料の規格(以下「不燃性規格」という。)とすることは周知のものであったことが認められる。また,甲2ないし4,甲184の各文献の前記記載によれば,防煙垂壁は,透明なものが,防災上も美観上も優れていることが,本件特許の出願当時において,当業者の技術常識であり,防煙垂壁を透明にすること(透過光の色付きを抑えたものにすること)が好ましいという課題も本件特許の出願当時に周知であったことが認められる。
 そして,甲6発明のウエルディングカーテン材は透明ではある。しかし,甲6文献には,同ウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たすものであるか否かについてはその記載がなく,甲6発明のウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たすかどうかは不明である。防煙垂壁において,不燃性規格を満たすべきことが周知の課題であったことからすると,当業者が,甲1発明の防煙垂壁として,甲6発明のウエルディングカーテン材を組み合わせる動機付けに乏しいといわざるを得ない。
 審決は,この点について,甲6発明の「ウエルディングカーテン材」は,「難燃性であって,溶接や溶断作業等において発生する高温の火花が貫通することなく,火災発生を予防することができる」(甲6文献の段落【0039】)ものであるから,その実施例1の「ウエルディングカーテン材」は,相違点1-1に係る本件発明1の構成要件である「不燃性」を満たしている蓋然性が高く,これは,原告が甲6文献の実施例1の樹脂を再現し,甲11文献に記載された発熱性試験と同等の「不燃性試験」を行った結果(甲31)によって,支持されている,と判断した。
 しかし,甲6発明のウエルディングカーテン材が難燃性で,高温の火花が貫通することがないものであるとしても,不燃性規格は,前記のとおり,輻射電気ヒーターから試験体の表面に50kW/㎡の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/㎡以下であり,かつ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/㎡を超えないことであるから,このような加熱開始後20分間の発熱性試験をクリアするものかどうかは,甲6文献から明らかであるとはいえない。そして,甲6文献からこの点が明らかではない以上,同ウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たす蓋然性が高いとまではいえず,当業者が甲6文献の実施例1の再現実験をして,同ウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たしているかどうかを確認するのが当然であるということもできない(なお,被告が実施した甲31の実験についても,甲6文献の実施例1で使用されるガラス繊維織物は,厚さが100μm,目付100g/㎡のものであるのに対し,甲35の実験において,甲10発明の再現に使用したガラス繊維織物は,厚さが90μm,目付104.5g/㎡のものであることなど,甲6文献の実施例1に忠実な再現実験と直ちにいうこともできない。)。
 以上によれば,審決の上記判断は,採用することができない。
イ 相違点1-2について
 相違点1-2は,構成要件F,G,H及びJに関し,本件発明1は,「透明不燃性シート」の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物」と「一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物」との「屈折率の差が0.02以下」で,「アッベ数の差が30以下」であり,透明不燃性シートの「全光線透過率が80%以上」であり,かつ,「ヘーズが20%以下」であり,「屈折率の値は,JIS K 7142に従って測定される測定値」であるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物」と「樹脂層を構成する樹脂組成物」との「屈折率の差」及び「アッベ数の差」が特定されておらず,かつ「樹脂で被覆したガラス繊維織物」の「全光線透過率」及び「ヘーズ」の値が特定されておらず,「屈折率」の測定方法が特定されていない点である。
 甲6文献の段落【0022】,【0023】及び表1の記載によれば,甲6文献には,「ウエルディングカーテン材」の発明の実施例1として,「屈折率1.5555のガラスヤーン平織りクロス」に,「基本難燃性熱硬化性樹脂組成物と予備含浸液」とを含浸させ紫外線硬化させたシートであって,「基本難燃性熱硬化性樹脂組成物と予備含浸液との全組成物を硬化させた硬化物の屈折率」が「1.5557」であるシートが,「透明」であり,「全光線透過率」が「91.8%」であり,「平行光線透過率」が「78.6%」であることが記載されている(なお,「全光線透過率91.8%,平行光線透過率78.6%」はヘーズ値としては約14%を意味する。)。そうすると,甲10文献の実施例1の「ウエルディングカーテン材」について,同文献には,相違点1-2に係る本件発明1の構成のうち,「シート」の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物」と「一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物」との「屈折率の差が0.02以下」(屈折率の差は0.0002(1.5557-1.5555))であること(構成要件F)及び透明不燃性シートの「全光線透過率が80%以上」であり,かつ,「ヘーズが20%以下」であること(構成要件G)が開示されていると認められる。
 しかし,甲6発明のシートが「透明」であったとしても,相違点1-2のうち「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物と前記一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物とのアッベ数の差が30以下」であるとの構成を満たすかどうかについては,甲6文献において両者のアッベ数について特段の記載がないため,明らかではない
 したがって,甲1発明に甲6発明のシートを組み合わせたとしても,本件発明1の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物と前記一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物とのアッベ数の差が30以下」との構成を得るとまでいうことはできない。
 審決は,甲6発明のウエルディングカーテン材が透明であること,樹脂とガラスとのアッベ数の差を小さくすると透明性が高まり,色付きが抑えられることが本件特許の出願時に周知の技術であったことからすると,甲6発明のウエルディングカーテン材が「アッベ数の差が30以下」との構成を満たしている蓋然性が高く,仮にそうでないとしても,そのような構成にすることは適宜の設計事項であると判断した。しかし,甲6文献においては,そのウエルディングシートにおける樹脂組成物とガラス組成物とのアッベ数の差については特段の記載がないのであるから,「アッベ数の差が30以下」との構成を満たしている可能性があるとしても,その構成の記載があるに等しいとまでいうことはできない。
 よって,甲1発明と本件発明1の相違点1-2に係る構成は,甲1発明に甲6発明の透明難燃性シートを組み合わせることにより得られる構成であるとまでいうことはできないから,この相違点にかかる構成は,当業者が容易に想到し得たものであると判断した審決の判断には誤りがある。
 なお,「ガラス繊維を構成するガラス組成物」と「硬化樹脂層を構成する樹脂組成物」との「前記屈折率の値は,JIS K 7142に従って測定される測定値」であるとの本件訂正が,「ガラス繊維を構成するガラス組成物」について,新規事項の追加であり,これを認めた審決の判断にも誤りがあることは,後記12のとおりである。
ウ 相違点1-3について
 相違点1-3は,構成要件B,D及びEに関し,本件発明1は,透明不燃性シートが「少なくとも1枚のガラス繊維織物と,ガラス繊維織物を挟む一対の硬化樹脂層と,を含む」ものであり,「ガラス繊維織物が30~70重量%であり,一対の硬化樹脂層が70~30重量%であり」,「透明不燃性シート1m2当たり,前記一対の硬化樹脂層の重量が15~500gの範囲」であるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」が「ガラス繊維織物を挟む一対の硬化樹脂層」を含むこと,「ガラス繊維織物と樹脂層との重量比」,及び「1m2当たりの樹脂層の重量」が特定されていない点である。
 甲6文献に記載された実施例における製造方法(段落【0022】ないし【0024】)からすると,甲6文献の実施例において,ガラス繊維織物を挟む一対の樹脂層が形成されていることは明らかであるといえる。また,甲6文献の実施例1においては,ガラス繊維織物100gに対し,樹脂組成物はほぼ280gの割合で塗布され硬化されているところ(段落【0023】),ガラス繊維織物は1㎡当たり100gであるから(段落【0022】),上記実施例の樹脂層の重量は1㎡当たり280g程度となり,「透明不燃性シート1m2当たり,前記一対の硬化樹脂層の重量が15~500gの範囲」に含まれることが認められる。
 しかし,相違点1-3のうち「ガラス繊維織物が30~70重量%であり,一対の硬化樹脂層が70~30重量%」との構成については,甲6文献の実施例1では,ガラス繊維織物100gに対し難燃性熱硬化樹脂組成物は280gの割合であるから(【0023】),その割合は,ガラス繊維織物が26.3重量%であり,熱硬化樹脂組成物が73.7重量%であると認められる。
 したがって,甲1発明に甲6文献の実施例1のウエルディングカーテン材を組み合わせたとしても,本件発明1の「ガラス繊維織物が30~70重量%であり,一対の硬化樹脂層が70~30重量%」との構成を得ることはできない。
エ 以上によれば,甲1発明に甲6発明ないし甲6文献の実施例1のウエルディングカーテン材を組み合わせることについては,その動機付けに乏しく,また,仮にこれを組み合わせたとしても,本件発明1の構成を得ることはできず,本件発明1は,甲1発明及び甲6発明から容易に想到し得たものということはできない。」

【コメント】
 本件は,透明不燃性シートからなる防煙垂壁の発明の,進歩性が問題となった事件です。

 クレームからです。
 
【請求項1】
A.建築物の天井に垂下して取り付けられた,透明不燃性シートからなる防煙垂壁であって,
B.前記透明不燃性シートが,少なくとも1枚のガラス繊維織物と,前記ガラス繊維織物を挟む一対の硬化樹脂層と,を含む透明不燃性シートであって,
D.前記ガラス繊維織物が30~70重量%であり,前記一対の硬化樹脂層が70~30重量%であり,
E.前記透明不燃性シート1m2当たり,前記一対の硬化樹脂層の重量が15~500gの範囲であり,
F.前記ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物と前記一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物との屈折率の差が0.02以下であり,
G.前記ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物と前記一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物とのアッベ数の差が30以下であり,
H.全光線透過率が80%以上であり,かつ,ヘーズが20%以下であり,
I.輻射電気ヒーターから透明不燃性シートの表面に50kW/m2の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/m2以下であり,且つ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/m2を超えない透明不燃性シートであり,
J.前記屈折率の値は,JIS K 7142に従って測定される測定値である,
K.防煙垂壁。
 
 一致点・相違点です。
 
イ 本件発明1との一致点及び相違点
(ア) 一致点
A1’.建築物の天井に垂下して取り付けられた,樹脂で被覆したガラス繊維織物からなる防煙垂壁であって,
B1’.前記樹脂で被覆したガラス繊維織物が,少なくとも1枚のガラス繊維織物と,前記ガラス繊維織物の少なくとも一方の表面を被覆する樹脂層と,を含む
K. 防煙垂壁。
(イ) 相違点
① 相違点1-1
 構成要件A及びIに関し,本件発明1は,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」が「透明不燃性シート」であり「輻射電気ヒーターから透明不燃性シートの表面に50kW/m2の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/m2以下であり,且つ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/m2を超えない」ものであるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」について,このような特定がされていない点。
② 相違点1-2
 構成要件F,G,H及びJに関し,本件発明1は,「透明不燃性シート」の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物」と「一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物」との「屈折率の差が0.02以下」で,「アッベ数の差が30以下」であり,透明不燃性シートの「全光線透過率が80%以上」であり,かつ,「ヘーズが20%以下」であり,「屈折率の値は,JIS K 7142に従って測定さる測定値」であるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物」と「樹脂層を構成する樹脂組成物」との「屈折率の差」及び「アッベ数の差」が特定されておらず,かつ「樹脂で被覆したガラス繊維織物」の「全光線透過率」及び「ヘーズ」の値が特定されておらず,「屈折率」の測定方法が特定されていない点。
③ 相違点1-3
 構成要件B,D及びEに関し,本件発明1は,透明不燃性シートが「少なくとも1枚のガラス繊維織物と,ガラス繊維織物を挟む一対の硬化樹脂層と,を含む」ものであり,「ガラス繊維織物が30~70重量%であり,一対の硬化樹脂層が70~30重量%であり」,「透明不燃性シート1m2当たり,前記一対の硬化樹脂層の重量が15~500gの範囲」であるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」が「ガラス繊維織物を挟む一対の硬化樹脂層」を含むこと,「ガラス繊維織物と樹脂層との重量比」,及び「1m2当たりの樹脂層の重量」が特定されていない点。
 
 結構な相違点の違いです。 

 しかし,審決は,この主引例に副引例の甲6発明を組み合わせて,さらに足りない所は設計事項として,進歩性なしと判断したようです。

 他方,判決は,甲6発明については,難燃性かどうか必ずしも不明,アッベ数も不明,しかも,組み合わせたときに数値限定の範囲に入っていない,ということで,容易想到ではない,としたわけです。
 
 つまりは,副引例の認定の誤りと動機づけなし,ということで,審決を覆したのです。
 
 ある意味定番と言えます。といいますのは,進歩性なしの判断が覆るパターンは大きく2つあります。
 一つは引例の認定の誤りです。多くの場合は,主引例の認定の誤りなのですが,本件のように副引例の認定の誤り(そんな記載はないのに,あると等しいなどと言い切ってしまった。)のパターンもあります。
 もう一つが,動機づけなしです。引例の認定は誤っていないものの,強引な動機づけをした場合に,このように認定されます。

 本件では両方認められましたので,審決が取り消されたのも致し方なしでしょう。