2017年1月25日水曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10005  知財高裁 無効審判 不成立審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年1月18日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官  設 樂 隆 一
裁判官  中 島 基 至
裁判官  岡 田 慎 吾

「(1) 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。この趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
 原告は,本件特許請求の範囲及び本件明細書における「平均分子量」という記載が不明確であり,明確性要件を欠くと主張するので,以下検討する。
(2) 本件明細書の記載
本件明細書(甲49)には,以下の事項が記載されている。・・・
(3) 本件発明の技術的特徴
 前記(2)の本件明細書の記載によれば,本件発明は,ソフトコンタクトレンズ装用時においても十分な清涼感を付与することができる眼科用清涼組成物を提供するものである。 ・・・
 (4) 本件明細書における「平均分子量」の意義
 前提となる事実に証拠(後掲各証拠のほか,甲49〔本件明細書〕)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
ア 「平均分子量」という概念は,一義的なものではなく,測定方法の違い等によって,「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等にそれぞれ区分される(甲17)。そのため,同一の高分子化合物であっても,「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等の各数値は,必ずしも一致せず,それぞれ異なるものとなり得る(甲27)。
イ 本件特許請求の範囲及び本件明細書には,単に「平均分子量」と記載されるにとどまり,上記にいう「平均分子量」が「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等のいずれに該当するかを明らかにする記載は存在しない。
 もっとも,本件明細書に記載された他の高分子化合物については,例えば,ヒドロキシエチルセルロース(【0016】),メチルセルロース(【0017】),ポリビニルピロリドン(【0018】)及びポリビニルアルコール(【0020】)の平均分子量として記載されている各社の各製品の各数値は,重量平均分子量の各数値が記載されているものであり,この重量平均分子量の各数値は公知であったから(甲58,61ないし67),当業者は,これらの高分子化合物の平均分子量は,重量平均
分子量を意味するものと解するものと推認される

ウ 次に掲げる事実によれば,高分子化合物の「平均分子量」は,本件出願日当時には,一般に「重量平均分子量」によって明記されていたことが認められる。
(ア) 特開平10-139666号公報(甲58【0027】)には,ポリビニルピロリドン(ポビドン)の「平均分子量」が「重量平均分子量」によって明記されている。・・・

エ 次に掲げる事実によれば,マルハ株式会社(その後に同社の事業を承継したマルハニチロ株式会社を含む〔甲43〕)から販売されていたコンドロイチン硫酸ナトリウムの「重量平均分子量」は,本件出願日当時,2万ないし2.5万程度のものであったことが認められる。
(ア) 特開2004-196695号公報(甲28【0028】ないし【0030】,【0033】及び【0034】。以下,当該公報を「甲28公報」という。)には,マルハ株式会社製Lot.PUC-791のコンドロイチン硫酸ナトリウムの「平均分子量」が「重量平均分子量」の測定方法である光散乱法により測定され,その数値が「21,500」であると算定されている。また,マルハ株式会社製Lot.PUC-794及び790のコンドロイチン硫酸ナトリウムの「平均分子量」が「重量平均分子量」の測定方法である光散乱法により測定され,その数値が「24,100」と算定されている。・・・

オ マルハ株式会社は,平成15年ないし平成16年頃,コンドロイチン硫酸ナトリウム(Lot.PUC-822,829,844,845,849,850及び855)の平均分子量につき,全て「粘度平均分子量」で測定してこれを販売しており,それ以外の測定方法によって算出したものは存在しない。また,上記の各製品の「粘度平均分子量」は6千ないし1万程度のものであったことが認められる。(甲2)
カ マルハ株式会社は,過去において,ユーザーからコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について問合せがあった場合には,粘度平均分子量の数値を提供していたものであり(甲43),ユーザーには当業者が含まれると推認されるから,本件出願日当時,マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として,同社のユーザーである当業者に公然に知られた数値は,粘度平均分子量の数値であったと認められる。
キ マルハ株式会社と生化学工業株式会社の2社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸又はその塩の製造販売を市場において独占していた。
(5) 明確性要件違反について
 本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」等のいずれを示すものであるかについては,本件明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件明細書におけるコンドロイチン硫酸あるいはその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。しかし,本件においては,次に述べるとおり,「コンドロイチン或いはその塩」の平均分子量が重量平均分子量であるのか,粘度平均分子量であるのかを合理的に推認することはできない。
 前記(2)ないし(4)の認定事実によれば,本件明細書(【0021】)には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」という記載がされている。また,本件出願日当時,マルハ株式会社が販売していたコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量は,重量平均分子量によれば2万ないし2.5万程度のものであり,他方,粘度平均分子量によれば6千ないし1万程度のものであったことからすれば,本件明細
書のマルハ株式会社から販売される上記「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」にいう「平均分子量」が客観的には粘度平均分子量の数値を示すものである
と推認される。
 そして,マルハ株式会社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸ナトリウムの製造販売を独占する二社のうちの一社であって,コンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量を粘度平均分子量のみで測定し,ユーザー(当業者を含む。以下同じ。)から問い合わせがあった場合には,その数値(6千ないし1万程度のもの)をユーザーに提供していたのであり,マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として,同社のコンドロイチン硫酸ナトリウムを利用する当業者に公然と知られていた数値は,このような粘度平均分子量の数値であったと認められる。のみならず,本件出願日当時には,マルハ株式会社から販売されていたコンドロイチン硫酸ナトリウムの重量平均分子量が2万ないし2.5万程度のものであることを示す刊行物が既に複数頒布され,当該数値は,本件明細書にいう0.7万等という数値とは明らかに齟齬するものであることが認められる。これらの事情の下においては,本件明細書の「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」という記載に接した当業者は,上記にいう平均分子量が粘度平均分子量を示す可能性が高いと理解するのが自然である。そうすると,当業者は,本件特許請求の範囲の記載について,少なくともコンドロイチン硫酸又はその塩に限っては,重量平均分子量によって示されていることに疑義を持つものと認めるのが相当である
 したがって,当業者は,本件出願日当時,本件明細書に記載されたその他高分子化合物であるヒドロキシエチルセルロース(【0016】),メチルセルロース(【0017】),ポリビニルピロリドン(【0018】)及びポリビニルアルコール(【0020】)については重量平均分子量で記載されているものと理解したとしても,少なくとも,コンドロイチン硫酸ナトリウムに限っては,直ちに重量平均分子量で記載されているものと理解することはできず,これが粘度平均分子量あるいは重量平均分子量のいずれを意味するものか特定することができないものと認められる
 以上によれば,本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」のいずれを示すものであるかが明らかでない以上,上記記載は,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であり,特許法36条6項2号に違反すると認めるのが相当である。」

【コメント】
 ソフトコンタクトレンズ装着時の点眼薬の発明のようです。
 クレームは以下のとおりです。

【請求項1】
a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,
および
c)平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.001~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物。


 この平均分子量という用語の明確性が問題となったわけです。

 さて,昔「平均粒子径」が問題となった事件がありました。 知財高裁平成20年(ネ)第10013号です(1部の塚原所長の合議体でした。)。
 今ではなかなか考えられないのですが,明確性要件の違反があるとして,無効の抗弁が成立して,請求棄却になったという侵害訴訟の事件です。

 なんというアンチパテントの時代だったのかと恐ろしくなります。

 とは言え,本件も明確性要件違反で無効とのことです。

 上記のとおり,平均分子量といっても,重量平均分子量と粘度平均分子量の,両方の記載が明細書中に混在しているため,どちらのことを示しているのかわからない,ということです。

 ただ,クレームには,平均分子量の値を規定している構成要件は, コンドロイチン硫酸かその塩かだけですので,それが粘度平均分子量だったらそれでいいのではないかと思えもします。

 重量平均分子量で示す物質が他の構成要件に存在するなら別ですが,本件はそうではありません。
 ある物質は重量平均分子量で,またある物質は粘度平均分子量で示すということもあってよいのではないでしょうか。 
 少なくとも当業者の認識もそうだったのではないかなと思えるのです。

 ですので,若干権利者には厳しいかなと思います。この判決も1部の所長の合議体ですので,所長たるもの文言に厳しいのかもしれません。