2017年1月30日月曜日

その他訴訟 特許 平成28(ネ)10020等  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)


事件番号
事件名
 特許権移転登録手続請求控訴,同附帯控訴事件
裁判年月日
 平成29年1月25日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 寺 田 利 彦
 
「 (2) 一審原告の主位的主張(契約成立日を平成16年4月3日とするもの)について
 一審原告は,Bが平成16年3月23日に本件合意書の案文を送付したことにより,本件契約の申込みを行い,これに対し,Aが同年4月3日に本件サインページを一審原告に返送したことにより,一審被告大林精工が同申込みを承諾した旨主張する。
 しかしながら,次のとおり,かかる一審原告の主張を採用することは困難である。
ア まず,前記認定事実によれば,Aは,本件サインページを一審原告に送付する際,本件カバーレターを同封しているところ,同カバーレターには,「貴殿の2004年3月23日付ファックスを受け取りました。1点を除いて,貴殿の申し入れを全て受け入れたいと思います。下記の点で承認を頂くことができなければ,貴殿の申入れは全く受け入れることができません。ご存知のとおり,我々は,既に日立株式会社および日立デスプレイ株式会社との間で契約がありますので,貴殿の申入れ全てを受け入れれば,おそらく,日立と対立しなければならなくなってしまいます。私は,そのような状況を回避したいと思います。」と,明示的に,本件合意書の条項の一部を拒否し,この拒否が受け入れられないのであれば,一審原告の申入れは全く受け入れられない旨が記載されており(なお,同カバーレターには,「貴殿からのファックスにおいて,貴殿は貴社が19件の発明を保有していると主張されております。まず,2000年以前の5件だけであると思います。これら全ての特許権を貴社に譲渡します。」と記載されているから,一審被告大林精工による譲渡の対象とすべきものは,「2000年以前の5件」,すなわち,一審被告大林精工が登録名義人となっている特許のうち,2000年以前に出願された5件〔本件合意書[表]の番号1ないし5〕のみであって,本件合意書[表]の番号17の特許に係る権利は譲渡の対象としない旨の申入れもされていると解する余地もある。),これによれば,本件サインページの返送をもって,一審被告大林精工が,本件合意書の案文の送付による一審原告の契約の申込みを承諾したと認めることは困難である
 この点に関し,一審原告は,Aが条件を付した部分は本件合意書との関係では付随的な部分にすぎないと主張するが,前記認定事実によれば,Aが異議を述べた本件合意書の規定は,一審被告大林精工が既に行ったライセンス契約等が無効であることを確認するものであって,同被告にとって重大な効果を及ぼすものであるから,付随的な部分にすぎないとは到底認められないというべきであり,その主張は採用できない。
イ 次に,一審原告自身も,本件サインページの返送を受けた後,すぐに本件合意書を完成(自社の署名欄に代表権限を有する者が署名することを指す。以下同じ。)して一審被告らに送付しておらず,これを行ったのは,1年半以上も経過した平成17年10月になってからである。一審原告が,同月に至るまで本件合意書を完成させず,この間,一審被告らとの間で交渉を継続していたということは,とりもなおさず,一審原告としても,本件カバーレターにおいて一審被告らが留保した点が正に契約の要素に関する重要な部分であって,この点が解決しない限りは,全体として合意の成立に至らないとの認識に立っていたことの表れであると解さざるを得ない
 この点に関し,一審原告は,平成16年4月3日以降の一審原告と一審被告大林精工とのやり取りは,本件契約が成立したことを前提としつつ,ロイヤルティ収益のために本件各特許権の移転登録手続を行う時期を事実上調整しようとするものであり,このことは,甲12,13,31,32の各書簡の内容からも明らかであるなどと主張するが,Aが異議を述べた本件合意書の規定は,一審被告大林精工にとって重大な効果を及ぼすものであることや,一審原告自身が本件サインページの返送を受けた後も契約の成立を前提とした行為(契約書の完成と相手方への送付)を行わずに一審被告らとの間で交渉を継続していたこと等前記認定の事実からしても,平成16年4月3日以降の当事者間のやり取りが契約成立を前提とした単なる事後的な調整手続であるとは到底認めることはできない。このことは,一審原告が指摘する上記の各書証の内容を検討してみても覆るものではない。
ウ 以上によれば,一審原告が主張するその余の点,すなわち,Aには,本件サインページに署名するに当たり,本件米国訴訟を解決する(本件米国訴訟を取り下げてもらう)という明確な動機があったとする点や,Aは,本件特許権1及び同3に係る発明を完成させる能力を有しておらず,同人はこれらの発明の発明者ではなかったとする点を考慮しても,一審被告らによる本件サインページの返送により,平成16年4月3日の時点で直ちに本件契約が成立したと認定することは困難というべきである。
 したがって,主位的主張に関する一審原告の主張は,採用することができない。」

「5 争点4(一審原告と一審被告Yとの間に,本件契約〔本件権利2を無償で譲渡する旨の契約〕が成立したか)について
 前記4の認定判断のとおり,一審原告と一審被告大林精工との間で本件合意書による本件契約の成立を認めることができない以上,一審原告と一審被告Yとの間においても,同様に本件合意書による本件契約の成立を認めることは困難である。
 すなわち,前記1に認定した事実経過によれば,本件合意書は,一審原告と一審被告らとの間で本権利1等の帰属に関する紛争が生じ,その交渉過程の中で,一審原告が一審被告らとの間で紛争の抜本的解決を図ろうとして作成されたものであり,決して各被告との間で個別的に紛争解決を図ることを意図して作成されたものではない
 このことは,本件合意書の体裁(一審被告ら双方の署名によって成立する1通の合意書として作成されていること)のほか,内容的にも全体が一体的な紛争解決の枠組みになっていること(本件合意書は,まず,本件権利1等を一審被告Yの職務発明として一審原告に帰属させるべく,同被告が一審原告の前身であるLG電子においてLCD開発関連業務に従事した事実を確認し〔第1項〕,次いで,一審被告らの出願に係る権利を〔特に区別することなく〕全て一審原告に無償譲渡するものとし〔第2項〕,一審被告らは本合意以前に行った実施権の設定等が全て無効であることを確認し〔第3項〕,一審被告Yに対しては,出願や登録手続の労を認めて,その要請に応じて,無償にて通常実施権を付与すること〔第4項〕,また,一審被告Yから仲介要請がある場合には,別途,独占的実施権を付与することがあり,その場合には,第2項の規定に関わらず,独占的実施権付与契約の解除時点まで,一審原告に対する特許権移転登録手続を保留できること〔第5項〕等を順次定めており,各条項が相互に関連していること)からも明らかである。
 また,一審原告は,かかる本件合意書の送付を,一審被告Yに対し直接行うのではなく,一審被告大林精工の代表者であるAを通じて行っており,一審被告Yも本件サインページを直接一審原告に対し返送するのではなく,Aを通じてこれを行っている(そして,Aが作成した本件カバーレターは,一審被告大林精工の権利のみならず,一審被告Yの権利についても言及し,また,意思表示の主体として「我々」という文言を使用していることは,前記認定のとおりである。)。
 さらに,Aから本件サインページと共に本件カバーレターの送付を受けた一審原告も,本件サインページに一審被告Yの署名があることを認識していながら,先行して同被告との間においてのみ契約の締結手続を完了したり,本件契約に基づく義務の履行や通常実施権の設定等に関する交渉を行ったりすることはなく,平成17年10月11日に至るまで,専らAとの間で交渉を継続していたのであり,このことは,一審原告自身が,本件カバーレターを単なる一審被告大林精工のみの意思表示であるとは捉えていなかったこと,あるいは,一審被告大林精工との間で合意の成立に至らなければ,一審被告Yとの間においても合意の成立に至らないとの認識を有していたことの端的な表れであるといえる。
 以上によれば,当事者の合理的意思解釈としては,本件合意書(本件契約)は,飽くまで一審原告と一審被告ら両名とが一体となって締結する契約であり,一審原告の申込みに対し一審被告らの双方が承諾することによって初めて成立する契約であると解するのが相当であって,かかる認定判断を覆すに足りる証拠はない(一審原告は,日立等とのライセンス契約は一審被告大林精工が締結したものであって,一審被告Yは契約当事者ではないから,一審被告Yが日立等と対立する余地はなく,本件カバーレターの記載内容を一審被告Yの意向を示したものと解する余地はない旨主張するが,当時,一審被告Yに,Aないし一審被告大林精工の意向に反してまで,単独で一審原告との間で合意を成立させようとの意思があったことを認めるに足りる的確な証拠はないから,同主張は採用できない。)。
 そうすると,前記のとおり,一審原告と一審被告大林精工との間で本件契約の成立が認められない以上,一審原告と一審被告Yとの間で本件契約の成立を認めることもできないというべきであり,これに反する一審原告の主張は採用することができない。
 よって,一審原告と一審被告Yとの間においても,本件契約(本件権利2を無償で譲渡する旨の契約)が成立したものとは認められない。」

【コメント】
 本件は,大林精工というLCDとはまったく関係のない会社がアップルへ権利行使をしたことをきっかけに多少注目を浴びた事件です。
 
 そのアップルへ権利行使した事案はこちらです。 その事案では何と驚いたことに,冒認の無効事由があるとして,権利行使不可になってしまったのでした。つまり,真の発明者は出願書類にその名のあった大林精工の代表者ではなく,その知人で,LG電子でLCDの開発をやっていたこともあるというエンジニアだという認定でした。
 
 で,今度は,LG電子が,アップルへ権利行使した特許は本来自分たちのものだとして,大林精工と上記のエンジニアに対し,権利移転等を求めた事件が本件ということになります。
 
 一審の東京地方裁判所平成26年(ワ)第8174号は,エンジニアに対する請求のみを認めました。その論理は,大林精工は,申込みに条件を付した承諾だったため新たな申込みとなったが,これに対するLGの承諾は無かった,他方,エンジニアの方は条件を何も付さずに承諾したから,契約は成立!というものでした。

 ところが本件は逆転で,エンジニアに対する請求もNGになりました。その論理は,今回のLGの申込みは,大林精工とエンジニアでワンセットの契約で,どちらか承諾し,どちらか不承諾で成立するようなものじゃないということです。
 
 あまりない類の事件ですが,色々面白いです。これで恐らく,特許を受ける権利は,大林精工とエンジニアにそれぞれ帰属するということになりましたので,あとは大林精工とエンジニアの間で特許を受ける権利の移転を追認する,というような契約書があれば,冒認の無効事由も解消するのではないかと思います。
 
 
 第二ラウンドが楽しみです。