2017年6月20日火曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10037  無効審決 無効審決 請求認容


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年6月14日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官    鶴 岡     稔 彦
裁判官    大 西   勝 滋  
裁判官    寺 田   利彦   

「・・・まず,本件発明1に関し,本件審決が認定した各相違点(相違点1ないし4)を前提に,各相違点が実質的な相違点ではないとして特許性を否定した本件審決の判断の当否について検討することとする。
 
(1) 特許に係る発明が,先行の公知文献に記載された発明にその下位概念として包含されるときは,当該発明は,先行の公知となった文献に具体的に開示されておらず,かつ,先行の公知文献に記載された発明と比較して顕著な特有の効果,すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏される効果とは異質の効果,又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合を除き,特許性を有しないものと解するのが相当である
  ここで,本件発明1が甲1発明Aの下位概念として包含される関係にあることは前記3のとおりであるから,本件発明1は,甲1に具体的に開示されておらず,かつ,甲1に記載された発明すなわち甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏する場合を除き,特許性を有しないというべきである。
  そして,甲1に本件発明1に該当する態様が具体的に開示されているとまでは認められない(被告もこの点は特に争うものではない。)から,本件発明1に特許性が認められるのは,甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏する場合(本件審決がいう「格別な技術的意義」が存するものと認められ
る場合)に限られるというべきである。
(2) この点に関し,本件審決は次のとおり判断した。
ア  相違点1について 
・・・
エ  以上によれば,本件審決は,
①  甲1発明Aの「第三成分」として,甲1の「式(3-3-1)」及び「式(3-4-1)」で表される重合性化合物を選択すること,
②  甲1発明Aの「第一成分」として,甲1の「式(1-3-1)」及び「式(1-6-1)」で表される化合物を選択すること,
③  甲1発明Aの「第二成分」として,甲1の「式(2-1-1)」で表される化合物を選択すること,
④  甲1発明Aにおいて,「塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない」態様を選択すること,
の各技術的意義について,上記①の選択と,同②及び③の選択と,同④の選択とをそれぞれ別個に検討した上,それぞれについて,格別な技術的意義が存するものとは認められないとして,相違点1ないし4を実質的な相違点であるとはいえないと判断し,本件発明1の特許性(新規性)を否定したものといえる。
(3) 本件審決の判断の妥当性
 本件発明1は,甲1発明Aにおいて,3種類の化合物に係る前記①ないし③の選択及び「塩素原子で置換された液晶化合物」の有無に係る前記④の選択がなされたものというべきであるところ,証拠(甲42)及び弁論の全趣旨によれば,液晶組成物について,いくつかの分子を混ぜ合わせること(ブレンド技術)により,1種類の分子では出せないような特性を生み出すことができることは,本件優先日の時点で当業者の技術常識であったと認められるから,前記①ないし④の選択についても,選択された化合物を混合することが予定されている以上,本件発明の目的との関係において,相互に関連するものと認めるのが相当である。
 そして,本件発明1は,これらの選択を併せて行うこと,すなわち,これらの選択を組み合わせることによって,広い温度範囲において析出することなく,高速応答に対応した低い粘度であり,焼き付き等の表示不良を生じない重合性化合物含有液晶組成物を提供するという本件発明の課題を解決するものであり,正にこの点において技術的意義があるとするものであるから,本件発明1の特許性を判断するに当たっても,本件発明1の技術的意義,すなわち,甲1発明Aにおいて,前記①ないし④の選択を併せて行った際に奏される効果等から認定される技術的意義を具体的に検討する必要があるというべきである。
  ところが,本件審決は,前記のとおり,前記①の選択と,同②及び③の選択と,同④の選択とをそれぞれ別個に検討しているのみであり,これらの選択を併せて行った際に奏される効果等について何ら検討していない。このような個別的な検討を行うのみでは,本件発明1の技術的意義を正しく検討したとはいえず,かかる検討結果に基づいて本件発明1の特許性を判断することはできないというべきである。
 以上のとおり,本件審決は,必要な検討を欠いたまま本件発明1の特許性を否定しているものであるから,上記の個別的検討の当否について判断するまでもなく,審理不尽の誹りを免れないのであって,本件発明1の特許性の判断において結論に影響を及ぼすおそれのある重大な誤りを含むものというべきである。
 したがって,本件発明1の特許性に関する本件審決の判断は妥当でない。 」

【コメント】
 液晶材料の発明に関する事件です。
 無効審判では,新規性なしとされたものが,知財高裁でひっくり返ったものです。

 クレームは長く複雑なので省略します。
 
 ポイントは,本件発明については,第一成分から,第四成分まであるということ,そして,本件発明が,引用発明の下位概念として包含される関係にあるということです。

 つまり,本件発明は所謂選択発明であるということです。そして,相違点1~4があったものの,それらは実質的に相違点ではないとして,新規性なしと判断したのが審決でした。

 これに対して,知財高裁は,上記のとおり,「特許に係る発明が,先行の公知文献に記載された発明にその下位概念として包含されるときは,当該発明は,先行の公知となった文献に具体的に開示されておらず,かつ,先行の公知文献に記載された発明と比較して顕著な特有の効果,すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏される効果とは異質の効果,又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合を除き,特許性を有しないものと解するのが相当である」という規範を立てて判断しました。
 
 その結論も上記のとおり,効果を検討して,個別選択の効果ではなく,その個別選択が合わさったときの効果を見ないといけないとして,審決を取消したわけです。

 でも,この判決ちょっと飛びすぎではないでしょうか。

 選択発明は特許庁の審査基準にも載っています。
 
請求項に係る発明の引用発明と比較した効果が以下の(i)から(iii)までの全てを満たす場合は、審査官は、その選択発明が進歩性を有しているものと判断する。
(i)  その効果が刊行物等に記載又は掲載されていない有利なものであること。
(ii)  その効果が刊行物等において上位概念又は選択肢で表現された発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際立って優れたものであること。
(iii)  その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。
  」

 しかし,これはここに記載のあるとおり,進歩性の話です。
 
 で,今回の知財高裁の上記の規範は,この特許庁の審査基準(進歩性)の判断と基本同じです(審査基準は,新規性あるのが前提。つまり知財高裁の規範の前半部を前提としているものです。)。
 つまり,知財高裁の判断は,新規性を飛び越えて進歩性まで判断してしまっているのです!
 
 そんなことは審理の範囲を越えているのではないかと思うのですが,どうでしょうか?
 勿論,新規性ありとして特許庁に戻り,そこでまた進歩性の話でまた解決が長引くよりも,今回一回で解決出来そうで,良かった良かった感もありますが,ちょっとひっかかるものもあります。

 さすがに今の分析的判断を旨とする時代に合っていないような気がするのは私だけでしょうか。