2017年6月23日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10044  無効審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年6月20日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第4部 
裁判長裁判官   髙部 眞規子 
裁判官   山門   優 
裁判官   片瀬  亮 
 
「 ⑷  相違点a-3について
  ア  引用発明Aにおいて,相違点a-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたか否かについて検討する。
  被告は,引用発明Aにおいて,相違点a-3は実質的相違点でなく,仮にそうでないとしても相違点a-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない,又は周知技術を適用することにより,当業者が容易に想到することができた旨主張する。
  イ  実質的相違点,設計事項
  (ア)  引用発明Aのπ-InSbからなる第2の化合物半導体層は,前記⑴ア(エ)のとおり,意図しないドーピングにより「真性p」に近く,かつ,「intrinsic」とされているから,その性質は,実質的に真性半導体に近く,p型としての性質は,結晶欠陥の存在等に由来する程度のものであって,ドーパントはなるべ
く除去されているものと認められる。 
 そして,引用例1は,前記⑴ア(エ)のとおり,ナローバンドギャップ半導体であるInSbを材料とする赤外線検出器が冷却される必要があるとした上で,第3の化合物半導体層に,広いバンドギャップを有するAlInSbを用い,また,第2の化合物半導体層には真性pに近い性質を有するInSbを用いた赤外線検出器を対象に,エネルギーバンド図も示しつつ,考察するものである。また,広いバンドギャップを有するAlInSb層が検出器の性能に与える影響を,その考察に含めている。その上で,引用例1には,⑴ア(オ)のとおり,エピ層の欠陥密度を低減するために成長条件と検出器の層構造を最適化することで,検出器の性能を向上させることが可能である旨記載されている。
  そうすると,引用発明Aは,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを前提として,各半導体層間の層構造等を調整し,結晶欠陥を低減することにより,赤外線検出器の比検出能力を向上させるものということができる。
(イ)  したがって,ドーパントがなるべく除去されている引用発明Aの第2の化合物半導体層を,本件発明1の濃度の程度にまでp型ドーピングすることは,実質的にも相違し,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間に伝導帯レベル差ΔEcを生じさせた上で,比検出能力を向上させるために層構造等が調整された引用発明Aの構成を変更するものであるから,当業者が適宜なし得る設計事項であるということはできない。
  ウ  周知技術の適用
  (ア)  前記2⑷ウ(ア)ないし(ウ)のとおり,本件特許の出願日当時,周知であったと認められる技術事項は,本件周知技術のとおりである。
  a  動機付け
  本件周知技術において,光吸収層に所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるのは,光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させるという目的のために行われるものである。
  これに対し,引用発明Aは,赤外線検出器の検出能力を向上させる一つの手段として,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを前提とし,層構造等を調整することにより各半導体層間の結晶欠陥を低減したものであって,また,引用発明Aの第2の化合物半導体層のドーパントはなるべく除去されたものである。
 そうすると,本件周知技術が,光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させることを課題として第2の化合物半導体層(光吸収層)にp型ドーパントを含ませるのに対し,引用発明Aは,バリア層として伝導帯レベル差ΔEを有しており,そのような課題を有しないから,光吸収層にp型ドーパントを含ませる必要がない。また,光吸収層にp型ドーパントを含ませることによって,一般的に赤外線検出器の検出能力が向上するとしても,それによって生じ得る現象を考慮することも必要であるから,当業者は,上記のような課題を有しない引用発明Aの光吸収層に,あえてp型ドーパントを含ませようとは考えない。
 したがって,引用発明Aに,本件周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。
  b  阻害要因
 引用例1には,第2の化合物半導体層において室温における熱生成キャリアの量が多いとした上で,第3の化合物半導体層に広いバンドギャップを有する材料を用いる旨記載されていることからすれば,引用発明Aにおいては,ドーパントがなるべく除去された第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることにより,熱生成キャリアの拡散を防止し,検出能力を向上させることが前提になっているものということができる。
 一方,本件周知技術は,光吸収層に,光吸収層の伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるというものであるところ,その場合には,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcは,p型ドーパントに相当する分だけ小さくなる。
 そうすると,伝導体レベル差ΔEcを大きくとることによって,検出能力を向上させるという引用発明Aの作用は,本件周知技術を適用することにより,阻害されることになる。
 したがって,引用発明Aに,本件周知技術を適用することには阻害要因があるというべきである。 」

【コメント】 
 「赤外線センサIC,赤外線センサ及びその製造方法」とする発明が,無効審判で無効(進歩性なし)になった事件です。
 
 知財高裁は,逆転で,審決を取消しております。

 かなりややこしい発明ですが,クレームは以下のとおりです。

【請求項1】基板と,/該基板上に形成された,複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え,室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサであって,/前記化合物半導体の積層体は,/該基板上に形成された,インジウム及びアンチモンを含み,n型ド-ピングされた材料である第1の化合物半導体層と,/該第1の化合物半導体層上に形成されp型ド-ピングされた,InSb,InAsSb,InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層と,/該第2の化合物半導体層上に形成された,前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ド-ピングされ,かつ前記第1の化合物半導体層,及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl Z In 1-Z Sb(0.1≦z≦0.5)の第3の化合物半導体層と/を備え,/前記第1の化合物半導体層のn型ド-ピング濃度は,1×10^ 18 原子/cm 3 以上であり,/前記第2の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度は,1×10^ 16 原子/cm 3 以上1×10^ 18 原子/cm 3 未満であり,/前記第3の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度は,1×10^ 18 原子/cm 3 以上であることを特徴とする赤外線センサ。




 この図で見た方がいいでしょう。
 
 3層構造のデバイスです。一番上部層18がp+のヘビードープの所で(第3の化合物半導体層),17が光吸収層でこれはpの弱いドープで(第2の化合物半導体層),その下の基盤直上が,n型層(第1の化合物半導体層)です。
 
 引用発明との一致点・相違点です。 
 なお,引用例1+引用例2=引用発明Aです。
 
イ  本件発明1~12と引用発明Aとの一致点 
 基板と,/該基板上に形成された,複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備えた赤外線センサであって,/前記化合物半導体の積層体は,/該基板上に形成された,インジウム及びアンチモンを含み,n型ド-ピングされた材料である第1の化合物半導体層と,/該第1の化合物半導体層上に形成され,InSbである第2の化合物半導体層と,/該第2の化合物半導体層上に形成された,高濃度にp型ド-ピングされ,かつ前記第1の化合物半導体層,及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl 0.1 In 0.9 Sbの第3の化合物半導体層と,/を備える,赤外線センサ。
ウ  本件発明1と引用発明Aとの相違点
(ア)  相違点a-1
 赤外センサの特性に関して,/本件発明1は,「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるのに対して,/引用発明Aは,室温において冷却機構無しで動作が可能であるか不明である点。
(イ)  相違点a-2
 第1の化合物半導体層に関して,/本件発明1は,「n型ド-ピング濃度は,1×10^ 18 原子/cm 3 以上」であるのに対して,/引用発明Aは,n + 型ではあるものの,n型ド-ピング濃度が不明である点。
(ウ)  相違点a-3
 第2の化合物半導体層に関して,/本件発明1は,/a「p型ド-ピングされた」ものであって,b「p型ド-ピング濃度は,1×10^ 16 原子/cm 3 以上1×10^ 18 原子/cm 3 未満」であるのに対して,/引用発明Aは,π-InSbである点。

  (エ)  相違点a-4  
 第3の化合物半導体層に関して,/本件発明1は,「第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ド-ピングされ」,「p型ド-ピング濃度は,1×10^ 18 原子/cm 3 以上」であるのに対して,/引用発明Aは,p + 型ではあるものの,p型ド-ピング濃度が不明で,本件発明1の上記関係を有するものか否か不明である点。
 
 大きな相違点は,相違点a-3で,光吸収層のドープ量が問題になったわけです。
 本件発明ではpドープなのですが,主引例ではその辺が多少はっきりしないということです。
 
 ただし,上記の判旨のとおり,主引例の光吸収層の実質は,イントリシックつまりドープは殆どなしという風に認定されています。
 
 
 ということで,あとのポイントはこのドープの差を副引例などで埋められるか?という話です。
 
 本件で副引例に当たる周知技術は,以下のとおりです。
 
本件特許の出願日当時,周知であったと認められる技術事項は,甲5ないし7から,赤外線検出器(InSbデバイス)は,一般的に,光吸収層に所定の濃度のp型ドーパントを含ませることにより,それによって生じ得る現象を考慮しなければならないものの,光吸収層(第2の化合物半導体層)の伝導帯の電子密度を低減させることによって,その検出能力を向上させることができるという技術事項にとどまるというべきである(以下,この技術事項を「本件周知技術」という。)。

 つまり,光吸収層にpドープすること自体は周知で,そのため一見相違点が埋められるように思えます。

 しかし,判旨のとおり,引用発明Aは,p+層とπ層のEc(伝導帯)ギャップを大きくしたい発明ですので,そこで,π層にpドープすると,その差が小さくなります(π層がp+層の正孔密度に近づきますので。)。
 
 こんな感じです。 真ん中層のEcが上に上がるということです。
 
 
 ですので,動機付けはないし,阻害事由もありますよ!ということになったのだと思います。

 なかなか細かい技術的な話ですが,これはこのとおりだという感じがします。
 
 特許庁の方が技術的には詳しいので,こういう技術的に細かい話のときは,進歩性なしとなりがちです。分かっているからこそ,こんな細かい話,大したことないぜ~となるのですね。
 
 こういうのは,特許実務の名著である吉藤先生の特許法概説に,コロンブスの卵という記載もあり,厳に諌めております。