2017年6月7日水曜日

侵害訴訟 特許  平成28(ワ)7763  東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権に基づく製造販売禁止等請求事件
裁判年月日
 平成29年5月31日
裁判所名
 東京地方裁判所所民事第29部  
 裁判長裁判官 嶋 末 和 秀 
 裁判官 天 野 研 司
 裁判官笹本哲朗は,転勤につき,署名押印することができない。
 裁判長裁判官  嶋 末 和 秀

「 (1) 争点1-3(被告製品は構成要件1Fを充足するか)について
  ア  「ミシン目」について 
  (ア) 構成要件1Fは,「ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し」と規定するところ,「ミシン」は,通常,「点線状の孔」との意義を有し,「目」は,通常,「物の接する所。また,そこに生ずる筋」との意義を有することからすれば(以上につき,乙1〔広辞苑第四版〕),「ミシン目」とは,「点線状の孔により形成
される筋」を意味するものと解される。 
  (イ) この点について,原告は,本件明細書等の記載からして,本件発明1において「ミシン目」を設ける技術上の意義は,分離・分断を容易にすることにあるから,「ミシン目」は,点線状の孔の有無にかかわらず,「フィルムの分断・分離を容易にする弱化線」をも含むと主張する。
  しかしながら,本件明細書の段落【0011】には,本件発明1に係るケーブル 15 マーカーラベルの使用方法につき,次のとおり記載されている。
  「フィルムは…ケーブルの周囲に巻き付けられ,第1接着層はケーブルに係合し貼着するとともに,巻き付けが360°以上に延在するとフィルムの所定部分に係合し貼着する。ケーブルの周囲へのフィルムの巻き付けは,フィルムのプリント用またはプリント済非接着性ラベル部分が…ケーブルの周囲に巻き付けられるまで継 20 続する。接線方向の力がラベルの巻き付けられていない部分にかけられる間,ケーブルは回転しないように保持される。フィルムの第2プリント済ラベル部分および第3接着部分が,ミシン目に沿ってフィルムの第1部分から破れ,第1フィルム部分はケーブルに接着剤で固定されたままである。分離後,第3ラミネート部分は,ラベルの周囲にフィルムを巻き続けることによって,ラベルの上面に接着剤で貼着 25 される…。」(判決注:下線を付した。) 
 上記記載によれば,本件発明1に係るケーブルマーカーラベルは,まず第1接着領域がケーブルに貼着され,その後ラベルを巻き付けている間,ラベルを巻き付ける方向への力がかかっても,ラベルは,その第1接着領域によってケーブルを保持し,その後,プリント用領域(上記段落【0011】では「第2プリント済ラベル部分」と称される部分)がケーブルに巻き付けられるまで,第1接着領域とプリント用領域及び第2接着領域(上記段落【0011】で「第3接着部分」又は「第3ラミネート部分」と称される部分)とはミシン目によって分離されず,これが巻き付けられた後に,ミシン目に沿って分離されるものとされている。
  そうすると,本件発明1において「ミシン目」を採用する技術的意義は,ケーブルへのラベルの巻き付けの初期段階においては,巻き付ける力がラベルにかかっても第1接着領域とプリント用領域及び第2接着領域とが分離しない程度にこれらの部分を保持しつつ,その後プリント用領域がケーブルに巻き付けられた後に,巻き付け方向に更に力を入れることによって,第1接着領域とプリント用領域及び第2接着領域とがミシン目を境に分離することを可能にするものとして,「一定の保持力」と「分断容易性」とを兼ね備えた分断線を形成することにあるものと解される。 
  したがって,本件発明1の「ミシン目」は,単に「フィルムの分断・分離を容易にする弱化線」であることをもって足りると解することはできないから,原告の上記主張は採用することができない。
  イ  「横断して延在し」について
 ・・・
 上記記載を斟酌すると,構成要件1Fにいう「ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し」とは,「ミシン目」が,透明フィルムの短手方向左右にわたって一方の端から他方の端へと横切って延びていることを要するものと解される。  
・・・
 ウ  被告製品の構成
  (ア) 別紙3被告製品説明書のとおり,被告製品には,下図(別紙3被告製品説明書の図1)の赤い点線部分に「切れ目22’」が存在している。 
 
  「切れ目22’」は,次の写真(別紙3被告製品説明書の写真3)のとおり,基層28’からラベル10’をはがしてピンセットでつまんだのみであっても,フィルムが分断されてしまうのであるから,被告製品の製造過程において,いったん完全に切断され,塗布された接着剤によってかろうじてフィルムをつなげる筋を形成しているものと認められる。
 
  以上のような「切れ目22’」は,「点線状の孔により形成される筋」といえないことは明らかであるし,接着剤によってかろうじてフィルムをつなげる筋では, 5 「一定の保持力」と「分断容易性」を兼ね備えるものということもできないから,本件発明1にいう「ミシン目」に当たらない。
・・・
 しかしながら,大きくコの字状に切断された「切れ目22’」と,極めて短い「端部接続部分EP」とを併せた部分をもって,「点線状の孔により形成される筋」ということには無理があるというほかない。
  また,仮に「切れ目22’」と「端部接続部分EP」とを併せた部分をもって「ミ 5 シン目」に当たり得るとしても,同部分は,透明フィルム14’の短手方向左右にわたって一方の端から他方の端へと横切って延びているものではないので,「横断して延在し」ているということもできない。
  エ  したがって,被告製品は,構成要件1Fを充足しない。  」
「  (2) 本件発明1と被告製品との相違部分 
 前記2(1)において詳述したとおり,本件発明1では,「ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し」ている(その意義が「透明フィルムの短手方向左右にわたって一方の端から他方の端へと横切って延びていること」であることは,前記2(1)イにて認定説示したとおりである。)ところ,被告製品は,少なくとも,その「切れ目22’」がいったん完全に切断され,塗布された接着剤によってかろうじてフィルムをつなげる筋を形成している点,及び「切れ目22’」と「端部接続部分EP」とを併せても,同部分が透明フィルム14’内をコの字状に形成されている点において,本件発明1と相違する。
  (3) 均等の第3要件(置換容易性)について
  ア  均等の第3要件の意義について 
  対象製品等が特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に含まれるというためには,特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等の構成に置き換えることに,当業者が対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたことを要する(第3要件)。
  均等の成立に第3要件を要するとする趣旨は,特許法の目的,社会正義,衡平の理念の観点からして,特許発明の実質的価値は,第三者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することができる技術に及び,第三者はこれを予期すべきものと解されることにある(ボールスプライン事件最判参照)。
  そうすると,第3要件にいう「当業者」が「対象製品等の製造等の時点において 20 容易に想到することができた」とは,特許法29条2項所定の,公知の発明に基づいて「容易に発明をすることができた」という場合や第4要件の「当業者」が「容易に推考できた」という場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように,すなわち,実質的に同一なものと認識できる程度に容易であることを要するものと解すべきである(東京地裁平成3年(ワ)第10687号同10年10月7日判決・判時1657号122頁参照)。 
 これに対し,原告は,第3要件における「容易に想到することができた」という点について,「容易」「想到」という語が使用されている以上,特許法29条2項と同様の基準により判断されるべき旨主張する。しかしながら,発明の独占が認められるための特許要件たる進歩性の判断基準と,特許請求の範囲に開示された発明の技術的範囲を画する均等の判断基準とを同一にすべき実質的根拠はないというべきである。上記のとおり,特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到できる技術であれば,第三者であっても特許発明の実質的価値が及ぶことを予期すべきといえ,特許請求の範囲が有する公示の要請にもとることはないといい得るが,特許請求の範囲に記載された構成から,特許法29条2項所定の「容易に発明をすることができた」構成にまで特許発明の実質的価値が及ぶとなれば,第三者は,特許発明の技術的範囲を容易には理解することができず,特許請求の範囲が有する公示の要請にもとる事態が生じかねないというべきである。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。
  イ  被告製品について
  前記(2)のとおり,本件発明1では,「ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し」ている(その意義が「透明フィルムの短手方向左右にわたって一方の端から他方の端へとよこぎって延びていること」であることは,前記2(1)イにて認定説示したとおりである。)ところ,被告製品は,少なくとも,その「切れ目22’」がいったん完全に切断され,塗布された接着剤によってかろうじてフィルムをつなげる筋を形成している点,及び「切れ目22’」と「端部接続部分EP」とを併せても,同部分が透明フィルム14’内をコの字状に形成されている点において,本件発明1と相違している。
  ここで,本件発明1は,「一定の保持力」と「分断容易性」とを兼ね備えた「ミシン目」が,「透明フィルムを横断して延在」することにより,ラベルを巻き付ける際に第1接着領域を起点としつつ,ラベルを巻き付けた後に第1接着領域とプリント用領域とを切り離して,回転可能なケーブルマーカーラベルを実現しているものであるところ,「ミシン目」が有する技術的意義に鑑みれば,これをいったん完全に切り離した「切れ目22’」に単に置き換えるのみでは,「ミシン目」が有していた「一定の保持力」が実現しないことが明らかである。そこで,被告製品は,「ミシン目」を「切れ目22’」に置き換えるのみならず,これを透明フィルム14’内でコの字状に屈折させ,かつ,その各端部にそれぞれ「端部接続部分EP」 を設け,「端部接続部分EP」及び「切れ目22’」よりもラベル短手方向外側に「第1接着領域16’」を位置させることにより(下図〔別紙3被告製品説明書の図1及び同2〕),ようやく「第1接着領域16’」をラベルを巻き付ける際の起点としつつ,ラベルを巻き付けた後に「第1接着領域16’」と「プリント用領域20b’」とを切り離し,回転可能なケーブルマーカーラベルを実現するに至るものである。 
  かかる被告製品の構成については,たとえ物品に添付するラベルの技術分野において,ラベルにコの字状を含む非直線状の分断線を形成し,この分断線に沿って当該ラベルを複数の部分に分断することが周知技術であったとしても(甲21ないし30),当業者であれば誰もが,本件発明1に係る特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度に容易であるとはいい難いというほかはない(なお,被告特許発明に関しては,本件特許の公表特許公報記載の発明を先行技術とする審査がされた上で,特許がされているところ,被告製品が同発明の実施品であることは,当事者間に争いがない。)。
  なお,原告は,被告製品における「第1接着領域16’」をラベルの両角部の2点固定とする構成について,本件発明1の技術的範囲に含まれるものであるから,かかる構成とする動機付けは不要であると主張するが,ここで問題となるのは,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載から,被告製品の本件発明1との相違部分に係る具体的構成が容易に想起できるかという点にあるのであって,その具体的構成には,「第1接着領域」を,ラベル内のどの部分に設けるかという点も当然に問題となるのであるから,被告製品が,本件発明1の「第1接着領域」に当たり得る部分を備えていることと,分断線をコの字状に形成することが周知技術であることのみをもっては,被告製品の構成が,本件発明1に係る特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できるとはいい難いというべきである。
  したがって,被告製品が,均等の第3要件を充足するものとは認められない。 」

【コメント】
 ケーブルマーカーラベルの発明についての特許権侵害訴訟の事案です。
 クレームからです。

1A:第1接着領域を有する透明フィルムを備える,ケーブルの識別するためのセルフラミネート回転ケーブルマーカーラベルであって,
  1B:前記透明フィルムは,前記第1接着領域に隣接する非接着性領域を有し,
  1C:前記透明フィルムは,前記非接着性領域に隣接する第2接着領域を有し, 
  1D:前記透明フィルムの前記第2接着領域は,前記透明フィルムがケーブルの周囲に巻き付けられる際に,前記非接着性領域の上に少なくとも部分的に位置するように構成され,
  1E:前記透明フィルムは,前記透明フィルムの一方の面上にプリント用領域を有し, 
  1F:ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し,
  1G:前記ミシン目により前記透明フィルムの分断線が形成される
  1H:ことを特徴とするセルフラミネート回転ケーブルマーカーラベル。


 LANケーブルなどがゴチャゴチャした場合にどれがどのケーブルかということをわかるようにするケーブルマーカーラベルというわけです。
 ポイントは,例えばLANケーブルに貼ったときに,クルクル回転して,ケーブルの置き方にかかわらずラベルの字が見えるようにできるということにあるようです。

 さて,被告製品は,上記の判旨にある図や写真のとおりです。

 大きく違うのは,被告製品の切れ目22’が本当に切れやすい切れ目で,ミシン目のような耐性が無かったということです(写真のとおり)。
 しかも, 被告製品のその切れ目22’は,テープを横切るのではなく,コの字型であり,ここも「横断して延在し」に該当しないとされてしまったわけです。

 最近,このブログではクレーム解釈が問題になった事例をよく取り上げますが,本件もそうで,特に今回は,以下のような判示もあります。

また,一般に特許発明の技術的範囲は,明細書の発明の詳細な説明に開示された実施例の構成に限定されるものではないが,本件明細書等には,上記【図2】に示される実施例以外に,「ミシン目」が「透明フィルムを横断して延在」することにより,本件発明1の課題を解決できる場合を何ら開示していないのであるから,特許請求の範囲及び本件明細書等に接した当業者が,本件発明1の課題を解決できる構成として認識する「ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し」との構成は,上記のとおり,ミシン目が透明フィルムの短手方向左右にわたって一方の端から他方の端へと横切って延びていることを指すものと解するほかはない。

 本件は,嶋末部長の合議体の判断なのですが,まさにこういう所に,29部節が現れております。実施例限定説はやり過ぎだが,広く解釈できるような所もない,だから,文言に忠実に解釈しただけだ,ということなのでしょうね。

 後半は, 均等論です。判旨で判例として引いたのは,東京地裁平成3年(ワ)第10687号同10年10月7日判決です。地裁判決が先例とは珍しいのですが,これは,負荷装置システム事件です。
 そんなに有名な事件ではないかなという気もするのですが,実は最新版の特許判例百選にも載っています(67番)。

 この百選では,均等の要件の証明責任ということで,末吉亙先生の論文になっているのですが,本件で先例となったのはそこではなく,均等の第三要件の所です。

 第三要件で均等論を否定した例は珍しいので,一番古いのを引いたら,この判決になったのでしょう(知財高裁で規範を示して第三要件を否定した先例が無かったのだと思います。)。
 他に第三要件を否定した有名判決というと, 大阪地裁平成 24年 (ワ) 3276号(平成25年10月17日判決)があります。しかし,この判決は規範を示しておりません。ですので,嶋末部長がこういうものを引用するわけがありません。

 ただし,先例が地裁であるように,第三要件のハードルの高さは,29条2項よりも高くてよいのか(本件や負荷装置システム事件),それとも29条2項と同程度でよいのか(緩やかに認めるということ。)ということは今後議論になりましょう。 少なくとも知財高裁で判示することが必要なのではないかと思う次第です。

(追伸)
 本件の控訴審判決が出ております(知財高裁平成29(ネ)10070,平成30年3月7日判決)。
 結論は,控訴棄却で,一審と同じです。

 それはいいのですが,解せないのは,控訴人(原告)の戦略です。請求項26に関する部分のみを控訴して,請求項1に関する部分は控訴していないのです。
 どうせ控訴するなら,請求項1の部分もすれば良いのにと思いますが,人の考えは様々なのでしょう。

 さらに,26Gの構成要件の充足性が論点になっているにもかかわらず,何故かそこの均等論の主張はありませんでした。不思議です。

 というように,様々に解せない控訴人(原告)の戦略なのですが,どうしてなのでしょうか?
 お陰で,上記のとおり,均等第三要件のハードルの高さの如何について,知財高裁で基準が明らかになるか期待していたのですが,さっぱり期待ハズレに終わりました。
 まあ,こんなものなのでしょうね。