2017年7月31日月曜日

侵害訴訟 特許  平成28(ワ)35763  東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成29年7月27日
裁判所名
 東京地方裁判所第47部
裁判長裁判官 沖中康人
裁判官 矢口俊哉
裁判官島田美喜子は,差支えのため署名押印できない
裁判長裁判官 沖中康人

「 ア構成要件13C及び13Eの解釈
 前記のとおり,本件発明13の構成要件13Cは,「前記ウエブサーバが,各取引を,前記各取引の取引内容の記載に基づいて,前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して,特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと,」というものであり,構成要件13Eは,「前記対応テーブルを参照した自動仕訳は,前記各取引の取引内容の記載に対して,複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し,優先順位の最も高いキーワードにより,前記対応テーブルの参照を行う」というものである。
 そして,①テーブルとは,「表。一覧表。」(広辞苑第6版)の意味を有することからすると,本件発明13における「対応テーブル」とは,結局,「取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応表のデータ」を意味すると解されること,②仮に取引内容に含まれた1つのキーワード以外のキーワードも仕訳に使用するのであれぱ,「優先順位の最も高いキーワードを選択し,それにより対応テーブルを参照する」ことをあえて規定する意味がなくなるし,「対応テーブル」(取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応表のデータ)をどのように参照するかも不明になること,③本件明細書においても,取引内容に含まれた1つのキーワードのみを仕訳に使用する構成以外の構成は一切開示されていないこと,以上の諸点を考慮して,上記構成要件の文言を解釈すると,結局,本件発明13は,「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には,キーワードの優先ルールを適用して,優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し,それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより,特定の勘定科目を選択する」という構成のものであると解すべきである。
イ 原 告 の 主 張 に つ い て
 これに対し,原告は,構成要件13Eには,優先順位の最も高いキーワードにより対応テーブルを参照して自動仕訳を行うことが規定されているのであって,当該キーワード以外のキーワードの取り扱いについて限定的な記載はなく,いずれか1つのキーワード以外を一切仕訳において用いないものであると限定解釈することはできず,本件明細書においても,いずれか1つのキーワードに限られず,各キーワードが対応テーブルの参照において用いられる例が開示されている(段落【0059】)とか,構成要件13Cは「前記各取引の取引内容の記載に基づいて」仕訳処理を行うとされ,「取引内容の記載『のみ』に基づ」くと規定されていないと主張する。
 しかしながら,上記アで説示したとおり,原告主張のように,取引内容に含まれた1つのキーワード以外のキーワードも仕訳に使用するのであれぱ,「優先順位の最も高いキーワードを選択し,それにより対応テーブルを参照する」ことをあえて規定する意味がなくなるし,「対応テーブル」(取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応表のデータ)をどのように参照するかも不明になるから,原告の上記解釈は不合理なものといわざるを得ない。
 現に,本件明細書には,取引内容に含まれた1つのキーワード以外も仕訳に使用することは一切開示されていない。なお,原告の指摘する段落【0059】の記載は,「上記例に戻ると,本発明の一実施形態では,対応テーブルに,「モロゾフ」,「JR」,「三越伊勢丹」がそれぞれ登録されており,「モロゾフ」はおおそ取引が推測できるpartnerキーワードとして,「JR」は多角的な企業グループとして,「三越伊勢丹」は商業施設名として登録されている。上記例は,当該対応テーブルを参照するとこの3つのキーワードに部分一致することとなるが,この中で,最も説明力が高いと考えられる「モロゾフ」が勘定科目を規定し,「接待費」が候補として自動的に表示される。」というものであるから,取引内容に含まれる「モロゾフ」という1つのキーワードのみによって対応テーブルを参照していることが明らかである。
 したがって,原告の上記主張はいずれも採用できない。
(2)被告方法について
ア 被 告 方 法 の 認 定
 ・・・
 すなわち,入力例①及び②によれば,摘要に含まれる複数の語をそれぞれ入力して出力される勘定科目の各推定結果と,これらの複数の語を適宜組み合わせた複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果をそれぞれ得たところ,複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果が,上記組み合わせ前の語を入力した場合に出力される勘定科目の各推定結果のいずれとも合致しない例(本取引⑥⑦⑭)が存在することが認められる。例えば,本取引⑦において,「商品店舗チケット」の入力に対し勘定科目の推定結果として「仕入高」が出力されているが,「商品店舗チケット」を構成する「商品」,「店舗」及び「チケット」の各単語を入力した場合の出力である「備品・消耗品費」,「福利厚生費」及び「短期借入金」(本取引①ないし③)のいずれとも合致しない。
 また,入力例③及び④によれば,摘要の入力が同一であっても,出金額やサービスカテゴリーを変更すると,異なる勘定科目の推定結果が出力される例(本取引⑮ないし⑬)が存在することが認められる。
 さらに,入力例⑤及び⑥によれば,「鴻働葡賃」というような通常の日本語には存在しない語を入力した場合であっても,何らかの勘定科目の推定結果が出力されていること(本取引⑲ないし、)が認められる。
 以上のような被告による被告方法の実施結果によれば,原告による被告方法の実施結果を十分考慮しても,被告方法が上記アのとおりの本件発明13における「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には,キーワードの優先ルールを適用して,優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し,それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより,特定の勘定科目を選択する」という構成を採用しているとは認めるに足りず,かえって,被告が主張するように,いわゆる機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して,入力された取引内容に対応する勘定科目を推測していることが窺われる。
 なぜならば,被告方法において,仮に,取引内容の記載に含まれうるキー ワ ー ド に つ い て 対 応 す る 勘 定 科 目 を 対 応 づ け た 対 応 テ ー ブ ル ( 対 応 表 のデータ)を参照しているのであれば,複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果が組み合わせ前の語による推定結果のいずれとも合致し な い こ と や , 摘 要 の 入 力 が 同 一 な の に 出 金 額 や サ ー ビ ス カ テ ゴ リ ー を 変更 す る と 異 な る 勘 定 科 目 の 推 定 結 果 が 出 力 さ れ る こ と が 生 じ る と は 考 え にくいし,通常の日本語には存在しない語をキーワードとする対応テーブル(対応表のデータ)が予め作成されているとは考えにくいからそのような語に対して何らかの勘定科目の推定結果が出力されることも不合理だからである。 」

「 以上によれば,本件発明1,13及び14のうち構成要件1E,13E及び14Eを除く部分の構成は,上記公知文献に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,本件発明1,13及び14のうち少なくとも構成要件1E,13E及び14Eの構成は,いずれも本件発明の進歩性を基礎づける本質的部分であるというべきである。
 このことは,上記イの本件特許に係る出願経過からも裏付けられる。
 原告は,構成要件1E,13E及び14Eの構成について均等侵害を主張していないようにも見えるが,仮に上記各構成要件について均等侵害を主張していると善解しても,これらの構成は本件発明1,13及び14の本質的部分に該当するから,上記各構成要件を充足しない被告製品1,2並びに被告方法については,均等侵害の第1要件を欠くものというべきである。
(2)均等侵害の第5要件について
上記(1)イ認定の本件特許に係る出願経過によれば,原告は,構成要件1E,13E及び14Eの各構成を有さない対象製品等を本件発明1,13,及び14に係る特許請求の範囲から意識的に除外したものと認められるから,被告製品1,2並びに被告方法については,均等侵害の第5要件をも欠くというべきである。」

【コメント】
 報道でたくさんたくさん流れていたとおり,フリーVSマネーフォワードの特許権侵害訴訟の事件です。
 裁判所のサイトにはまだ判決のアップはされておりませんので,このサイトから拝借しました(裁判所へのアップがありましたので,冒頭リンクを付加しました。2017/8/12)。 

 まずはクレームからです(特許5503795号)。
 請求項13です。
「13A ウェブサーバが提供するクラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理方法であって、   
13B 前記ウェブサーバが、ウェブ明細データを取引ごとに識別するステップと、  
13C 前記ウェブサーバが、各取引を、前記各取引の取引内容の記載に基づいて、前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して、特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと、   
13D 前記ウェブサーバが、日付、取引内容、金額及び勘定科目を少なくとも含む仕訳データを作成するステップとを含み、 作成された前記仕訳データは、ユーザーが前記ウェブサーバにアクセスするコンピュータに送信され、前記コンピュータのウェブブラウザに、仕訳処理画面として表示され、前記仕訳処理画面は、勘定科目を変更するためのメニューを有し、   
13E 前記対応テーブルを参照した自動仕訳は、前記各取引の取引内容の記載に対して、複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し、優先順位の最も高いキーワードにより、前記対応テーブルの参照を行う
13F ことを特徴とする会計処理方法。

 さて,発明のポイントは判旨のとおり,13Eです。

 そして,この自動仕訳のルールが,対応テーブルを参照するときのルールです。
 複数のキーワードがあったら, 優先ルールを適用して一つのキーワードにしぼり,そのキーワードに対応するテーブルの参照を行うというものです。

 つまり,領収書等に,「JR,大阪駅,モロゾフ」のような複数のキーワードがある場合,特徴的な「モロゾフ」を一つ選び,「モロゾフ」のあるテーブル(恐らくは接待交際費テーブル)から,その勘定科目を選択するというわけです。

 つまりは,
    借方                貸方
  接待交際費 5,400円    現金 5,400円
 というように領収書から自動仕訳するということです。
 
 この仕訳というのがわからないと,この技術についてはさっぱり分からないと思いますので,例えばここでさわりを勉強するとよいと思います。
 
  ところが,被告の自動仕訳ではこのような技術を使っていなかったということです。
 詳しくは判旨に書いておりますが,キーワードを一つ選んでそのキーワードに対応するテーブルから選ぶというような動作をしていたとすると,それと矛盾する結果が出てしまったわけです。
  
 これについて,被告は,機械学習により取引内容から勘定科目を選ぶ,ということを主張しておりましたので,それを強く推測させる(主張立証責任は原告にありますので,104条の2があるとしても,推測させる程度で十分な筈です。)ことになります。

 ということで,構成要件該当性はなし!となったわけです。

 また,均等論についても,この13Eの部分が本質的部分となりましたので,ここを欠いている以上,実質的な同一性がないとして,退けられたのも致し方ない所でしょう。

 ですので,このような結果になったわけです。

 聞く所によると,被告の方法についてはインカメラでの手続が行われた模様で,それにより裁判所は強く非侵害の心証を持ったのだと思います。
 ですが,このようなソフトウエアの技術の場合,リバースエンジニアリングが出来ませんので,事前に十分な準備をすることが出来ないということになります。

 リバースエンジニアリングが出来ないということになりますと,そもそも特許で保護するのが妥当かどうかというところも思案のしどころです。 

 なお,もう一つのフリーの特許5936284は,テーブル参照型ではなく,「 各取引を、前記各取引の取引内容の記載をキーワードに分節し、各キーワードに対応づけられた1又は複数の勘定科目の出現頻度を参照して、特定の勘定科目に自動的に仕訳し、」というところに特徴のあるものです。

 しかし,これもまた侵害検出が厄介だと思いますし,被告のいうとおり,機械学習で選択しているということになると,この構成要件該当性も無いのではないかと思います。


 ですので,この特許について機械学習の特許だという論者も居ますが, クレーム記載のとおり,出現頻度がポイントであり必ずしも機械学習の特許というわけではありません。機械学習のアルゴリズムでも,出現頻度を参照していなければ,やはり構成要件該当性なしということになると思います。
 
 では仮に機械学習で自動仕訳する技術で特許を取ろうと思った場合(侵害検出の件は置いておいて),どのようにクレームを作成すれば良かったのだろう,とちょっと思いますね。