2017年10月26日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10216  不服審判 拒絶審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年10月13日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴      岡      稔      彦
裁判官  杉      浦      正      樹 
裁判官大西勝滋は,転補のため,署名押印することができない。 
裁判長裁判官 鶴      岡      稔      彦  

「 事案に鑑み,原告主張の取消事由2の成否について,まず検討する。
  (1)  特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,ここでいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明に係る物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
 そして,本願発明のような医薬の用途発明においては,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができない。そのため,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。
  これを本願発明についてみると,本願発明は,前記1(2)のとおり,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物において,両者の含有比率及び含有量を前記所定の値とすることを技術的特徴とし,これにより本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を奏するというものであるから,本願発明について医薬としての有用性があるといえるためには,前記所定の比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物(以下「本願発明に係る配合物」という。)を対象者に用いた場合に,本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じるものであることが必要であり,したがって,本願発明が実施可能要件を満たすものといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明が,本願出願当時の技術常識に照らし,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならないものといえる。 
 (2)ア  このように,本願発明について実施可能要件の充足性を判断するに当たっては,本願出願当時の技術常識を踏まえる必要があるところ,本願出願前の文献をみると,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の摂取が人体に及ぼす影響に関し,次のような記載が認められる。
        (ア)  特開平3-53869号公報(甲5の10) 
・・・
 イ  以上によれば,本願出願前の上記各文献には,ω-3脂肪酸及びω-6脂肪酸は,いずれも人体内では生合成ができない必須栄養素であるが,我が国における食生活の欧米型化に起因して,脂肪酸の摂取量は,肉類や卵,乳製品,植物油に含まれるω-6脂肪酸に大きく偏っている状況にあり,その結果,脂肪を構成する不飽和脂肪酸のアンバランス(ω-6脂肪酸の過剰)を原因とする高血圧,心臓病の循環器系疾患や乳癌,大腸癌などが増加し,そのほかにも,ω-6脂肪酸の多量摂取に伴う様々な健康障害が考えられることから,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の摂取量の比率について,4:1程度,もしくはそれ以下とすることが望ましいとされていることが記載されているものといえる。そして,このような記載内容は,本願明細書の背景技術に係る「多数の研究により,ω-3脂肪酸の補給を用いた医学的状態の予防および/または治療についての証拠が示され,ω-6脂肪酸の摂取を減らすことが推奨されている。」との記載(段落【0006】)とも符合するものである。
    してみると,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の摂取に関しては,ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害を避けるため,ω-6脂肪酸の摂取を減らし,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の摂取量の比率を「4:1」程度までにとどめるのが望ましいことが,本願出願当時の技術常識であったものと認められる。
(3)  しかるところ,本願発明は,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療における使用のための配合物として,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含み,①両者の含有比率につき,ω-6対ω-3の比が4:1以上であること,②両者の含有量につき,(ⅰ)ω-3脂肪酸が総脂質の0.1~20重量%であるか,又は,(ⅱ)ω-6脂肪酸の用量が40g以下であることを特徴とする脂質含有配合物を提供するものであるところ,このような比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物の使用が,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を生じさせるということは,本願出願当時における上記(2)イのような技術常識からは考え難い事態ということができる(本願発明に係る配合物には,例えば,ω-6脂肪酸の含有量が40gで,ω-3脂肪酸の含有量が0.1gである配合物(ω-6対ω-3の比が400:1であり,ω-6脂肪酸の用量が40gである配合物)も含まれることとなるが,上記技術常識からすれば,このようにω-3脂肪酸がごくわずかしか含まれず,大部分がω-6脂肪酸からなる配合物が,ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害の観点から望ましくないものであることは明らかといえる。)。
 したがって,それにもかかわらず,本願発明に係る配合物が医薬としての有用性を有すること,すなわち,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,このような効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が不可欠なもの
といえる。
    (4)  そこで,本願明細書の発明の詳細な説明に,上記要請を満たし得る記載があるか否かにつき検討することとするが,本件審決は,本願発明に係る各医学的状態のうち,内分泌障害,腎疾患及び癌の3疾患(以下「本件3疾患」という場合がある。)を捉え,本願明細書の発明の詳細な説明には,これらに係る実施例の記載がなく,これらを予防および/または治療することに本願発明が有用であると当業者が理解できる記載は認められないとして,本願は実施可能要件を満たさない旨判断し,これに対し,原告は,その判断に誤りがある旨を主張するので,以下では,多岐にわたる本願発明に係る各医学的状態のうち,本件3疾患に着目して,上記要請を満たし得る記載があるか否かを検討することとする。
      ア  本件審決摘示の記載事項(ア)(本願明細書の段落【0006】及び【0007】)及び記載事項(イ)(本願明細書の実施例6~段落【0063】)について
            原告は,上記記載事項(ア)及び(イ)には,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると当業者が理解できる記載がある旨を主張するので,以下検討する。
          ・・・
 以上によれば,上記記載事項(ア)及び(イ)には,当業者が,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載があるとはいえない。
    イ  本件審決摘示の記載事項(ウ)ないし(ニ)(本願明細書の段落【0071】ないし【0111】の実施例10ないし27に係る記載)について
        原告は,上記記載事項(ウ)ないし(ニ)の実施例に係る記載中には,本件3疾患に対応する実施例についての記載があり,これらから,当業者は,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できる旨主張するので,以下検討する。
      (ア)  内分泌障害について
          原告は,本願明細書記載の本願発明に係る各医学的状態の実施例のうち,更年期(実施例11),気分変動,精神機能(実施例13),甲状腺障害(実施例16),体重増加,肥満(実施例17),糖尿病(実施例18),消化器系障害(実施例19),排卵,生殖障害(実施例20)は,いずれも内分泌障害に含まれ,これらの実施例に係る記載から,当業者は,内分泌障害を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できる旨主張する。しかし,請求項25の記載(第2の2(1))から明らかなとおり,本願発明においては,内分泌障害と,更年期以下の上記各種障害とは別の医学的状態であると位置付けられているのであるから,後者についての実施例が,前者の予防および/または治療についての有用性を基礎付けると断ずることができるかどうかにはそもそも疑問がある。また,仮にこの点を措いて検討してみても,以下のとおり原告の主張には疑問があるといわざるを得ない。
        a  実施例11の記載(本願明細書の段落【0073】~【0077】)について  
・・・
 h  まとめ
        以上のとおり,本願明細書の実施例11,13,16ないし20に係る記載からは,当業者が,これらに係る各医学的状態を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない。
        そうすると,仮に,これらの実施例がいずれも内分泌障害に含まれるとの原告の主張を前提としたとしても,これらの実施例に係る記載から,当業者が,内分泌障害を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない。
  (イ)  腎疾患について
        原告は,本願明細書記載の本願発明に係る各医学的状態の実施例のうち,心血管疾患(実施例12)及び糖尿病(実施例18)は,いずれも腎疾患と病因を共通にするとし,これらの実施例に係る記載から,当業者は,腎疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できる旨主張する。この主張についても,(ア)と同様に,本願発明において,腎疾患と心血管疾患・糖尿病とが別の医学的状態として位置付けられている点が問題となるが,この点を措いて検討した結果は以下のとおりである。 
 a  実施例12の記載(段落【0077】ないし【0080】)について 
・・・
c  まとめ 
 以上のとおり,本願明細書の実施例12及び18に係る記載からは,当業者が,心血管疾患及び糖尿病を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない。
    そうすると,仮に,心血管疾患及び糖尿病がいずれも腎疾患と病因を共通にするとの原告の主張を前提としても,これらの実施例に係る記載から,当業者が,腎疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない。
(ウ)  癌について
        原告は,本願明細書の実施例21の「組織修復」には,癌の予防および/または治療が含まれるから,当該実施例に係る記載から,当業者は,癌を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できる旨主張する。
        そこで検討するに,本願明細書には,実施例21として,「加齢,組織修復についてのケーススタディー」についての記載(段落【0102】及び【0103】)があり,そこには,宿主対象において,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を均衡および最適化することにより,筋肉量回復,睡眠の安定化,精神的な鮮明さの向上,エネルギーおよび活力の向上,皮膚の改善,脱毛の減少,腸機能の改善,性欲および性的機能の改善ならびに体重管理を含め,加齢症状が調節された」ことが記載されている。
 しかしながら,上記記載中には,対象に投与され,加齢症状の調節の効果を示したとされる配合物中のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の量及び比率については,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を均衡および最適化」したとされるのみで,具体的には示されていない。また,上記記載中に示された効果は,いずれも正常な細胞に係る加齢性の組織障害の改善にすぎないところ,癌細胞とは,「制御されない増殖を伴う,異常に分裂し,複製する細胞」(甲33)であって,正常な細胞とは異なるものであるから,正常細胞に係る上記の効果が,癌細胞についての組織の修復にまで及ぶものと直ちに理解することは困難である。
 してみると,本願明細書の実施例21に係る記載は,本願発明に係る配合物を使用することによって癌の予防又は治療の効果が生じることを裏付ける実証例の記載とはいえないものであり,このような記載から,当業者が,癌を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものということはできない。
  (エ)  小括
        以上によれば,本願明細書の本願発明に係る各医学的状態についての実施例の記載(段落【0071】ないし【0111】)をみても,当業者が,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載があるとはいえない(なお,以上で述べてきたことからすれば,本願発明に係る各医学的状態のうち,本件3疾患以外の多数の医学的状態についても,その実施例に係る記載から,当業者が,当該医学的状態を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できないものと認められる。)。
 ・・・
(5)  以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,当業者が,本願発明に係る各医学的状態のうち,少なくとも本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載を認めることはできず,また,そのことが本願出願時の技術常識であることも認められないから,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。  」

【コメント】
 「脂質含有組成物およびその使用方法」とする特許出願(特願2011-506377号)についての,拒絶審決(実施可能要件違反,サポート要件違反)に対する審決取消訴訟の事件です。

 何だか久々の実施可能要件違反王道~というような判決のため,取り上げました(判断はありませんが,サポート要件違反の王道とも言えます。)。
 
 外国からの出願のため,クレームは, かなり技巧的なのですが,以下のとおりと思われます。
対象における,更年期,加齢,筋骨格障害,気分変動,認知機能低下,神経障害,精神障害,甲状腺障害,過体重,肥満,糖尿病,内分泌障害,消化器系障害,生殖障害,肺障害,腎疾患,眼障害,皮膚障害,睡眠障害,歯科疾患,癌,自己免疫疾患,感染症,炎症性疾患,高コレステロール血症,脂質異常症,または心血管疾患から選択される医学的状態の予防および/または治療における使用のための,異なる供給源に由来する脂質の混合物を含む脂質含有配合物であって,前記配合物は,ある用量のω-6脂肪酸および ω-3脂肪酸を含み,ω-6対 ω-3の比が4:1以上であり:
(i)ω-3脂肪酸は,総脂質の0.1~20重量%であるか;または
(ii)ω-6脂肪酸の用量は,40g以下である,脂質含有配合物。
 
  ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸にポイントがある,医薬の用途発明なのですね。
 
 さて,審決は,サポート要件について,「本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,本願発明が,本願発明に係る各医学的状態のうち,内分泌障害,腎疾患,癌を予防および/または治療するという課題を解決できるものと当業者が認識できる記載は認められず,そのことが本願出願時の技術常識から明らかであるとする根拠もない」とされ,実施可能要件についても,「本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,本願発明が,本願発明に係る各医学的状態のうち,内分泌障害,腎疾患,癌を予防および/または治療することに有用であると当業者が理解できる記載は認められず,そのことが本願出願時の技術常識から明らかであるとする根拠もない」とされたわけです。
 
 ま,要するに,内分泌障害,腎疾患,癌,この3つに関する記載が全くないじゃないか!と言われたのです。

 ということで,判決も,医薬の用途発明なんだから,医薬としての有用性が分かるようになってないとダメだとしたわけです。
 
 そして,検討した結果,本願発明のポイントは技術常識には反する(逆に言えば進歩性はあると言えます。)→明細書中にはきちんと書かれていなければならない→しかし明細書中には,内分泌障害,腎疾患,癌に対する有用性のことはちっとも書かれていない→実施可能要件違反だ,としたわけです。
 
 ちょっとこれは致し方ないかなという感があります。 

 明細書を後でいじると新規事項追加になりますので,クレームから,内分泌障害,腎疾患,癌の部分を削除すればよいのですが,今の段階だともはや補正はできません。拒絶査定のときに分割は出来ますので,そのときにきちんと分割していれば生き残る可能性もありますが,本件ではどうなんでしょうね。
 
 おっと,出願2014-099072として分割されておりました。なので,まあ今回はダメでもある程度大丈夫なのかもしれません(そうすると,今回は単なるチャレンジでしたかな。)。