2017年12月11日月曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ワ)23087  東京地裁 請求棄却

事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成29年12月6日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第40部      
裁判長裁判官      佐      藤      達      文      
裁判官               廣瀬      孝      
裁判官         勝      又      来  未  子 
 
「(1) 医薬の発明における実施可能要件
  特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明にかかる物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
  そして,医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示さ 5 れることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願
時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。
(2) 本件の検討
  本件についてこれをみるに,本件発明1では,式(I)のR A が-NHCO-(アミド結合)を有する構成(構成要件B)を有するものであるところ,そのようなR A を有する化合物で本件明細書に記載されているものは,「化合物C-71」(本件明細書214頁)のみである。そして,本件発明1はインテグラーゼ阻害剤(構成要件H)としてインテグラーゼ阻害活性を有す
るものとされているところ,「化合物C-71」がインテグラーゼ阻害活性を有することを示す具体的な薬理データ等は本件明細書に存在しないことについては,当事者間に争いがない。 
  したがって,本件明細書の記載は,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されたものではなく,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないというべきであり,以下に判示するとおり,本件出願(平成14年(2002年)8月8日。なお,特許法41条2項は同法36条を引用していない。)当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌しても,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有したと当業者が理解し得たということもできない。
 (3) 原告の主張に対する判断
    原告は,本件特許化合物として本件明細書に記載されているのが「化合物C-71」のみであり,その薬理データ等が記載されていないとしても,本件優先日当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌すれば,当業者は,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有すると理解できたと主張する。
ア  当業者による理解について
    そこで,まず,本件出願当時の技術常識について検討する。・・・
 
  すなわち,上記各文献からうかがわれる本件優先日当時の技術常識としては,ある種の化合物(ヒドロキシル化芳香族化合物等)がインテグラーゼ阻害活性を示すのは,同化合物がキレーター構造を有していることが理由となっている可能性があるという程度の認識にとどまり,具体
的にどのようなキレーター構造を備えた化合物がインテグラーゼ阻害活性を有するのか,また当該化合物がどのように作用してインテグラーゼ活性が阻害されるのかについての技術常識が存在したと認めるに足りる証拠はない。
(ウ)  また,キレータータイプのインテグラーゼ阻害剤の多くは,キレーター部分に加えて,末端に環構造を有する置換基を有していたとの点
(上記③)についても,技術常識として認められるのは,キレータータイプのインテグラーゼ阻害剤の多くが,末端に環構造を有する置換基を有するという事実にとどまる。かかる置換基がインテグラーゼとウイルスDNAとから形成されるポケットに入り,そのことがインテグラーゼ
阻害活性に重要であることが明らかにされたのは,平成24年(2012年)に発行された文献(甲31)であり,本件優先日当時は,その役割やインテグラーゼ阻害活性を示す置換基についての一般的な化学構造に関する技術常識が存在したとは認められない。  ・・・

  次に,原告は,本件明細書には本件特許化合物の薬理データの記載はないものの,本件特許化合物以外の本件発明化合物の薬理データは豊富に記載されており,特に「化合物C-71」の化学構造の一部が異なるにすぎない「化合物C-26」(本件明細書200頁)のデータが存在
することを指摘する。 
  しかし,一般に,化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても,特定の性質や物性が全く類似していない場合があり,この点はインテグラーゼ阻害剤の技術分野においても同様と解されるのであって(甲10,乙17の1ないし3,乙18の1ないし3参照),このことは本件出願当時の当業者にとっても技術常識であったというべきである。・・・

 原告は,本件特許化合物に含まれる4個の化合物については本件特許の出願審査の段階において薬理試験結果が提出され(甲12),また,12個の化合物については実際にインテグラーゼ阻害作用が確認されているとして(甲13),本件発明1が実施可能要件を有することは裏付けられていると主張する。
  しかし,一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,当該明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは,特許発明の内容を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反するものであり,許されないというべきである(知的財産高等裁判所平成27年(行ケ)第10052号・同28年3月31日判決参照)。
  したがって,原告の上記主張は採用することができない。」 

【コメント】
 抗ウイルス剤という医薬品の特許に関する特許権侵害訴訟の事件です。
 本件では何と言っても,上記のとおり,実施可能要件違反があり,権利行使不能になりました(他にも,サポート要件違反もあるとされております。)。最近では稀有な事例です。
 
 上記のとおり,医薬品の特許に関しては,最近,有用性の記載について結構厳しく見られております。
 例えば,この事件も,有用性の記載がないとして,実施可能要件違反となっております。

 今回は,クレームにあるインテグラーゼ阻害剤と言いながら(クレームはこちら。),その有用性が明細書中に書かれていなかったというのですからどうしようもありません。
 
 原告は訂正しておりますが,無い記載を付け加えたら新規事項追加となってしまいますので,そのような訂正は出来ず,結局本件のような結論に至ったわけです。
 
 化学系の明細書はクレームの範囲に抜けのないように明細書に仕上げるのが非常に難しい分野ではあるのですが, そういう所に穴ぼこがあくと後ではどうしようもなくなります。