2018年2月5日月曜日

侵害訴訟 特許 平成29(ネ)10072  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日
 平成30年1月25日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部      
裁判長裁判官  鶴      岡      稔      彦        
裁判官      寺      田      利      彦       
裁判官      間      明      宏      充 
 
「(1) 「送信したとき」の解釈
ア  控訴人は,原判決が構成要件1D,1Fの「送信したとき」は条件を示すものであると解釈し,構成要件2Dの「送信したとき」についても同様であると判断した点が誤りであると主張する。
イ  よって検討するに,そもそも,特許権の効力の及ぶ範囲は特許発明の技術的範囲によって画されるものであり,特許発明の技術的範囲は,願書に添付された特許請求の範囲の記載に基づいて定められるものである(特許法70条1項)。そして,その特許請求の範囲の記載は,第三者の予測可能性や法的安定性などを確保する見地から,技術的に正確かつ簡明に記載すること,技術用語は学術用語を用いること,用語はその有する普通の意味で使用することなどが求められている(特許法施行規則24条の4,様式第29の2)。したがって,特許権の効力の及ぶ範囲の解釈は,第一義的には,特許請求の範囲の記載文言に基づいてこれを行う必要がある。
 そこでまず,構成要件1D及び1Fの各記載文言をみると,構成要件1Dは,「上記第二のメッセージを送信したとき,上記第一の登録者の識別情報と第二の登録者の識別情報とを関連付けて上記記憶手段に記憶する手段と,」というものであり(下線は裁判所が付した。以下同じ。),構成要件1Fは,「・・・第三の登録者が第一の登録者と人間関係を結ぶことに合意する旨の第二のメッセージを第三の端末から受信して第一の端末に送信したとき,上記記憶手段に記憶されている上記第一の登録者の識別情報と上記第三の登録者の識別情報とを関連付ける手段と,」というものであって,いずれも第二のメッセージを「送信したとき」に特定の識別情報を関連付ける(あるいは,関連付けて記憶手段に記憶する)という構成になっていることが明らかである。  
 そして,原判決が適示する広辞苑第六版(甲9),大辞林第三版(甲10),用字用語新表記辞典(乙22)及び最新法令用語の基礎知識改訂版(乙23)の各記載によれば,構成要件1D及び1Fにおける「送信したとき」の「とき」は,条件を示すものと解釈するのが日本語的に素直な解釈であるというべきであり,この点に関する原判決の認定判断に誤りがあるとは認められない。
 また,仮にこれが時(時間)を表す表現であると解釈したとしても,先後関係を問わない,ある程度幅をもった表現といえる「送信するとき」ではなく,あえて過去形であり動作が完了していることを表す表現である「送信したとき」という文言が用いられていることからすれば,「送信」と「関連付け」との先後関係については,やはり「送信」が「関連付け」に先行すると読むのが日本語的に素直な解釈であるというべきである。
 したがって,構成要件1D及び1Fにおける「送信したとき」の「とき」を条件又は時(時間)のいずれに解釈したとしても,特許請求の範囲の記載は,「送信」を先に実行し,その後に「関連付け」を実行することを規定するものと解釈するのが相当である。
ウ  次に,本件明細書等1の記載内容について検討するに,その記載によれば,同明細書に記載された人脈関係登録システムにおいて,何らかのメッセージを送信することと,登録者同士が人間関係を結ぶこと又は登録者同士を関連付けて登録することとを関係付けた動作は,①新規登録者が既登録者の紹介により新規登録される動作と,②既登録者同士が「花メール」を交換することにより関連付けられる動作の二つに大別できる。
 このうち,新規登録に関する前記①の動作は,新規登録者が既登録者の紹介により新規登録される動作であって,この動作においてやり取りされるメッセージは,人間関係を結ぶことを要求したり合意したりするためのメッセージではなく,飽くまで新規登録者が既登録者に紹介を依頼したり,新規登録者のデータを確認したりするためのメッセージにすぎないものであるから,構成要件1D及び1Fにおける「第二のメッセージ」を送信することを含まない。したがって,前記①の動作は,本件発明1の動作に該当しない。
 また,仮に,前記①の動作において新規登録者のデータを確認するメッセージ(「確認信号」)が本件構成要件の「第二のメッセージ」に対応するものとして前記①の動作から構成要件1D及び1Fにおける動作を類推するにしても,前記①の動作の確認信号は,サーバに到着した後,サーバから送信されることはない(【0030】,【0031】)。よって,前記①の動作においてはサーバにおける確認信号の送信と登録者同士の関係付けとの先後関係が定義されない(確認信号の送信動作がそもそも存在しない)ので,この動作から構成要件1D及び1Fにおける「送信」と「関連付け」との先後関係を類推することはできない。
 そこで,既登録者同士の前記②の動作についてみると,本件明細書等1には,「花メール」の交換によって登録者同士で人間関係を結ぶことが合意されること(【0010】,【0011】,【0015】,【0033】,【0035】,【0044】,【0046】)及び人間関係を結ぶことに合意することにより登録者同士が関連付けられること(【0010】,【0035】)についての記載はあるが,「花メール」の交換における返信(「第二のメッセージ」に対応する。以下同じ。)を送信するタイミングと登録者同士が関連付けられるタイミングとの先後関係については具体的な記載がない。すなわち,本件明細書等1には,人間関係を結ぶことの合意が形成されることをもって登録者同士の関連付けが行われることについての記載はあるが,「花メール」の交換のどの段階で合意が形成されたと判断するかについては記載がない。したがって,「花メール」の交換における返信がサーバに到着した時点で合意成立とするのか,サーバが第一の登録者に同返信を送信した時点で合意成立とするのか,第一の登録者に同返信が
到着した時点で合意成立とするのか,あるいは,他のタイミングで合意成立とするのかは,本件明細書等1の記載によっても不明であり,前記②の動作から構成要件1D及び1Fにおける「送信」と「関連付け」との先後関係を判断することはできない。
 ほかに,本件明細書等1のどこをみても,「送信したとき」という文言について,通常の用法とは異なり,「条件」ではなく「時間」を意味することや,過去形が用いられていても「送信」と「関連付け」との先後関係は一切問わないものであることをうかがわせる記載は存しない。
 そうすると,本件明細書等1の記載から,構成要件1D及び1Fにおける「送信」と「関連付け」との先後関係を読み取ることはできないというべきであり,少なくとも,特許請求の範囲の記載文言について,あえて日本語としての通常の用法とは異なる解釈をすべき根拠となるような記載があると認めることはできない。
エ  以上によれば,構成要件1D及び1Fにおける「送信したとき」は,その文言どおり,「関連付け」を行うための条件ないし「関連付け」との先後関係(「送信」を先に実行し,その後に「関連付け」を実行すること)を規定するものと解釈するのが相当であり,このことは本件発明2における構成要件2Dについても同様である。 」

「(2) 被控訴人サーバが「送信したとき」を充足するか否かについて
ア  この点に関する控訴人の主張は,原判決のクレーム解釈が誤っていることを前提とするものであるところ,その前提自体が採用できないものであることは上記(1)のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく失当である。
 なお,控訴人は,控訴理由書第1の2(4)(12~13頁)において,被控訴人サーバの内部処理に関する被控訴人の説明内容(乙25陳述書)について,原審段階では「あえて争いはしなかった」が,原判決のようなクレーム解釈を採用し,被控訴人サーバの内部処理如何によって「送信したとき」の充足性が異なり得るというのであれば,控訴人としても,被控訴人サーバの内部処理について「争わざるを得ない」として,客観的な証拠の提出を求めている。
 しかしながら,原審における争点整理段階(しかも初期段階)で,被控訴人は既に原判決が採用したのと同じクレーム解釈を示して構成要件1D,1F及び2Dの非充足を主張しており(平成28年8月31日付け被告第1準備書面),控訴人もこれに対する実質的な反論を行っていた(平成28年10月21日付け原告第1準備書面)のであるから,この点に関するクレーム解釈や被控訴人サーバの内部処理の態様如何によって構成要件充足,非充足の結論が変わり得ることは,控訴人としても当初から当然予想できたというべきである。また,控訴人が被控訴人サーバにおいて被控訴人が主張するような内部処理が行われていることを客観的に示すよう要求し(上記原告第1準備書面6頁),原審裁判所も被控訴人サーバの構成について任意開示を促した結果,乙25陳述書が提出されたという経過に鑑みれば,控訴人としてもその内容を慎重に検討し,不足があれば更に追加の開示を求めるというような対応も原審の争点整理段階で当然取ることができたというべきである。それにもかかわらず,控訴人は,自らの判断で被控訴人サーバの構成(乙25陳述書の説明内容)についてあえて争わないという選択をしたのであるから,控訴審に至り,自らの「見込み違い」を理由にその前提を覆し,サーバの内部処理について争って被控訴人に資料提出を求め,構成要件充足性について更に立証をしようとすることは,故意又は重過失によって時機に後れたものであり,かつ,訴訟の完結を遅延させるものであって,認められないというほかはない。
 したがって,被控訴人サーバの構成(内部処理)については,飽くまで乙25陳述書における説明内容に基づいて認定されるべきであり,その結果,被控訴人サーバが構成要件1D,1F及び2Dの「送信したとき」を充足しないこととなることは,原判決が説示するとおりである。
イ  また,控訴人は,乙25陳述書はエラーが起きたときの例外的な処理を説明したものであって,そのようなエラーの場合まで勘案して被控訴人サーバの構成要件充足性を検討するのは誤りであるとも主張する。
 しかしながら,乙25陳述書はそもそもエラーが発生したときの処理だけを取り上げて説明するものではないし,原判決もそれだけを理由に構成要件非充足の結論を導いているものではない。
 したがって,かかる控訴人の主張も失当である。
ウ  以上の次第であるから,「送信したとき」(構成要件1D,1F及び2D)の充足性に関する控訴人の主張も採用できない。 

3  構成要件1D,1F及び2Dに関する均等侵害の主張(控訴人)を却下したことについての補足説明
  当裁判所は,当審の第1回口頭弁論期日において,民事訴訟法297条,157条1項に従い,上記均等侵害の主張を時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下した。その理由は次のとおりである。
  すなわち,控訴人は,控訴理由書第2の部分(13~21頁)において,構成要件1D,1F及び2Dに関し,原判決の「送信したとき」の文言解釈は明らかに誤りであるが,仮に原判決のとおりに解釈したとしても,被控訴人サーバが少なくとも本件各発明と均等なものとして,その技術的範囲に含まれることを予備的に主張するとして,新たに均等侵害の主張を追加した。
  しかしながら,前記のとおり,原審における争点整理の経過に鑑みれば,「送信したとき」に関するクレーム解釈や被控訴人サーバの内部処理の態様如何によって構成要件充足,非充足の結論が変わり得ることは,控訴人としても当初から当然予想できたというべきであり,そうである以上,控訴人は,原審の争点整理段階で予備的にでも均等侵害の主張をするかどうか検討し,必要に応じてその主張を行うことは十分可能であったといえる(特許権侵害訴訟において計画審理が実施されている実情を踏まえれば,そのように考えるのが相当であるし,少なくとも控訴人についてその主張の妨げとなるような客観的事情があったとは認められない。)。
  ところが,控訴人は,原審の争点整理段階でその主張をせず,また,第4回弁論準備手続期日(平成29年2月14日)において乙25陳述書が提出された後も,その内容について特に反論することなく,第5回弁論準備手続期日(同年3月23日)において「侵害論については他に主張・立証なし」と陳述し,そのまま争点整理手続を終了させたものである。
 しかるところ,控訴人が,上記のとおり当審に至り均等侵害の主張を追加することは,たとえ第1回口頭弁論期日前であっても,時機に後れていることは明らかであるし,そのことに関し控訴人に故意又は重大な過失が認められることも明らかといえる。
  また,予備的にせよ,均等侵害の主張がされれば,均等の各要件についてそれぞれ主張と反論を整理する必要が生じるのであるから,訴訟の完結を遅延させることとなることも明らかである。
  したがって,当裁判所は,上記のとおり,当審の第1回口頭弁論期日において,かかる均等侵害の主張を時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下した次第である。 」
 
【コメント】
 実質的には,今年一発目の判決紹介ということになります。
 
 控訴審判決なのですが,一審のときにもここで紹介しました。
 ですので,詳しい事実経過だとか,クレームの話だとかは,その前の記事を見てもらうとよいと思います。
 
 この控訴審判決でも,「送信したとき」のクレーム解釈が問題になったことは同様で,その解釈も一審と変わりのないものでした。ただし,今回の控訴審段階で,どのようにクレーム解釈するかという,かなり分析的表現がありますので,そこは着目すべき所かもしれません(地裁29部の判決ではよく見かけるような話ですが,知財高裁では珍しいです。)。
 
 しかしながら,実はそこは大した話じゃありません。その話だけだと,通常は,前の記事の追伸で済ませるくらいの話と思えます。
 
 では,何故わざわざここで今回の控訴審判決までも紹介したかということですが,上記の判旨で段替えをした(2)以下の部分が実に着目すべきだからです。 

 原告側の代理人にとって,非常に恐ろしい判示があります。恐ろしいというか,「いい仕事だなあ,裁判官って」とも言えるような判示です。

 要するに,見込み違いで方針を変えても,対応してやらん!ってことです。
 裁判というのは生き物ですから(相手方も居るし,裁判官も居ます。),最初の思いとおりに進むことは少ないと思います。ですので,途中で相手方の主張や裁判官の求釈明に応じて,前の主張とは異なる主張をしなければならないときもあります。
 
 ですが,そういうことがあって,主張を変え新たな証拠を求めたり,均等論を主張したりしても(控訴審の第一回口頭弁論期日前に,ですよ。) ,そんなのは認めてやらん!ということです。

 いやいや実に横暴というか,被告寄りというか,何なのでしょう。ちなみに,控訴審段階で初めて均等論を主張することは,通常は許されると思います(例えば,知財高裁平成 27年 (ネ) 10038号判決,平成27年11月26日判決)。

 非常に恐ろしい感じがします。
 こういうような審理・判決を続けているから,日本では「知財立国は成」らないわけです。
 裁判官の給料は,憲法で保障されております(憲法80条2項,「下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。」)。にもかかわらず,このような感じでは,給料泥棒と言うしかありません。