事件番号
事件名
審決取消請求事件
裁判年月日
平成30年3月12日
裁判所名
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 山 門 優
裁判官 片 瀬 亮
「⑵ 相違点⑴について
本件審決は,本件発明1は,引用発明及び甲3に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると判断した。
ア 甲3について
甲3(特開2006-110713号公報)には,ホットプレス(熱間プレス)用鋼板として,本件発明1に係る鋼板と重複する成分組成を有するものが記載され(【請求項1】),その実施例として,Tiを含有しないもの(鋼種A,C)と,Ti及びBを含むもの(鋼種B)が示されており(【0018】【表1】),TiはBの効果を発揮させ,また,強度向上のために添加されるものであることが記載されている(【0016】)。
イ 相違点⑴の容易想到性
(ア) 引用例1には,引用発明は,熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供することを課題とするものであること(【0014】),熱間プレス用の素地鋼材として,熱間成形後に急冷して高強度,高硬度となる焼き入れ鋼,例えば【表1】の成分の鋼板が特に好ましいこと(【0029】),【表1】に記載された5つの鋼種のうち,鋼種AはTiの含有量が0.02mass%,鋼種B~DはTiの含有量が0.01mass%の鋼板であり,Tiを含有していない鋼種Eは,鋼種AないしDには含有されていないCrが12mass%の鋼板であること,鋼種Aの鋼板にZn-Ni合金めっきを施した鋼板については,良好な特性が得られたこと(【0064】~【0066】)が記載されている。
(イ) 一方,甲3には,前記アの各事項が記載されているものの,これらの記載は,Bを含有しない鋼板にTiを含有させることを否定するものではなく,Bを含有しない鋼板であれば,所望する強度の程度に応じてTiを含有させないことが好ましいことなどを示すものでもない。かえって,甲3には,「強度を向上する目的でTi…を添加してもよい」と記載されている(【0016】)。
(ウ) そうすると,引用例1及び甲3に接した当業者が,引用発明における鋼板について,鋼板の強度を向上させる効果を有するTiをあえて含有しない構成とすることの動機付けは存在せず,むしろ阻害事由があるものと認められる。
したがって,当業者が,引用発明に基づいて,相違点⑴に係る本件発明1の構成を容易に想到できるということはできない。
ウ 原告の主張について
原告は,甲3の記載を参照して,Bを含有しない引用発明において,Tiを含有しないようにすることは,所望する強度の程度に応じて適宜なし得る事項である旨主張する。
しかし,甲3の記載を考慮しても,引用発明の鋼板から,Tiを含有させないとする動機付けが存在しないことについては,前記イのとおりである。」
本件審決は,本件発明1は,引用発明及び甲3に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると判断した。
ア 甲3について
甲3(特開2006-110713号公報)には,ホットプレス(熱間プレス)用鋼板として,本件発明1に係る鋼板と重複する成分組成を有するものが記載され(【請求項1】),その実施例として,Tiを含有しないもの(鋼種A,C)と,Ti及びBを含むもの(鋼種B)が示されており(【0018】【表1】),TiはBの効果を発揮させ,また,強度向上のために添加されるものであることが記載されている(【0016】)。
イ 相違点⑴の容易想到性
(ア) 引用例1には,引用発明は,熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供することを課題とするものであること(【0014】),熱間プレス用の素地鋼材として,熱間成形後に急冷して高強度,高硬度となる焼き入れ鋼,例えば【表1】の成分の鋼板が特に好ましいこと(【0029】),【表1】に記載された5つの鋼種のうち,鋼種AはTiの含有量が0.02mass%,鋼種B~DはTiの含有量が0.01mass%の鋼板であり,Tiを含有していない鋼種Eは,鋼種AないしDには含有されていないCrが12mass%の鋼板であること,鋼種Aの鋼板にZn-Ni合金めっきを施した鋼板については,良好な特性が得られたこと(【0064】~【0066】)が記載されている。
(イ) 一方,甲3には,前記アの各事項が記載されているものの,これらの記載は,Bを含有しない鋼板にTiを含有させることを否定するものではなく,Bを含有しない鋼板であれば,所望する強度の程度に応じてTiを含有させないことが好ましいことなどを示すものでもない。かえって,甲3には,「強度を向上する目的でTi…を添加してもよい」と記載されている(【0016】)。
(ウ) そうすると,引用例1及び甲3に接した当業者が,引用発明における鋼板について,鋼板の強度を向上させる効果を有するTiをあえて含有しない構成とすることの動機付けは存在せず,むしろ阻害事由があるものと認められる。
したがって,当業者が,引用発明に基づいて,相違点⑴に係る本件発明1の構成を容易に想到できるということはできない。
ウ 原告の主張について
原告は,甲3の記載を参照して,Bを含有しない引用発明において,Tiを含有しないようにすることは,所望する強度の程度に応じて適宜なし得る事項である旨主張する。
しかし,甲3の記載を考慮しても,引用発明の鋼板から,Tiを含有させないとする動機付けが存在しないことについては,前記イのとおりである。」
【コメント】
「熱間プレス部材」の発明の特許権(特許第5348431号)についての,審決取消訴訟の事件です。
原告は,無効審判請求人の新日鉄住金で,被告が特許権者のJFEスチールという,大手のガチンコ対決です。他方,代理人の方は,原告が弁護士だけであるのに対し,被告が弁理士だけという,対照的な陣構えです。
で,無効審判では,請求項1~3が無効(進歩性なし),請求項4~5が有効という審決でした。
ですので,原告の請求人は,有効になった分の取消しを求め(これが甲事件で10041号),他方,被告の特許権者は,無効になった分の取消しを求めた(これが本件の乙事件の10042号)のです。
クレームからです。
「【請求項1】
質量%で,C:0.15~0.5%,Si:0.05~2.0%,Mn:0.5~3%,P:0.1%以下,S:0.05%以下,Al:0.1%以下,N:0.01%以下を含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVであり,優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに,腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制されることを特徴とする熱間プレス部材。 」
主引例の引用発明との一致点・相違点です。
「(ア) 一致点
「C:0.2%(判決注:「質量%で,C:0.2%」の誤記と認める。),Si:0.3%,Mn:1.3%,P:0.01%,S:0.002%,Al:0.
05%,N:0.004%,Fe及び不可避的不純物を含有する成分組成を有する部材を構成する鋼板の表層にZnO層を有し,塗膜密着性(判決注:「塗装密着性」の誤記と認める。)と塗装後耐食性を有する熱間プレス部材。」である点。
(イ) 相違点
a 相違点⑴
部材を構成する鋼板が,引用発明では「Ti:0.02%を含有」するのに対し,本件発明1では,Tiを含有しない点。
b 相違点⑵
本件発明1では,「部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVである」のに対し,引用発明では,それが明らかではない点。
c 相違点⑶
本件発明1では,「優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに,腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される」のに対し,引用発明では,「塗装密着性と塗装後耐食性を有する」ものの,「腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される」ことについては明らかではない点。 」
「C:0.2%(判決注:「質量%で,C:0.2%」の誤記と認める。),Si:0.3%,Mn:1.3%,P:0.01%,S:0.002%,Al:0.
05%,N:0.004%,Fe及び不可避的不純物を含有する成分組成を有する部材を構成する鋼板の表層にZnO層を有し,塗膜密着性(判決注:「塗装密着性」の誤記と認める。)と塗装後耐食性を有する熱間プレス部材。」である点。
(イ) 相違点
a 相違点⑴
部材を構成する鋼板が,引用発明では「Ti:0.02%を含有」するのに対し,本件発明1では,Tiを含有しない点。
b 相違点⑵
本件発明1では,「部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVである」のに対し,引用発明では,それが明らかではない点。
c 相違点⑶
本件発明1では,「優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに,腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される」のに対し,引用発明では,「塗装密着性と塗装後耐食性を有する」ものの,「腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される」ことについては明らかではない点。 」
今回紹介するのは相違点(1)の所だけですが,他の相違点も想到容易ではないと判断されております。
さて,審決は相違点(1)について,「Bを含有しない引用発明において,Tiを含有しないようにすることは,所望する強度の程度に応じて適宜なし得る事項であるといえる旨判断した 」ようです。
ですが,強度の問題があるので,Tiを含有しないようにするのは考えにくいだろ,想到容易じゃないよ,と裁判所は判断したわけです。
まあこれは技術的な話ですので,そこがクリア出来るような引例を探せなかった時点で負けのような気がします。
ですので,弁護士だけの布陣に勝つことも出来たわけです。勿論,負けて言い訳が立つような代理人に頼むというのも身を護る必要の高い大手企業ではやむを得ない手かなという気はします。ただ,だからと言って負ける言い訳ばかり先に考えるような話であれば,これはこれで問題があろうかと思います。