2018年3月30日金曜日

侵害訴訟 特許 平成29(ネ)10092  知財高裁 原判決取消(請求認容)


事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成30年3月26日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第4部 
裁判長裁判官          髙      部      眞  規  子 
裁判官          山      門              優 
裁判官          関      根      澄      子 
 
「2  争点⑴ア及びイ(構成要件1G及び1Hの充足性)
⑴  構成要件1Gの意義
ア  特許請求の範囲の記載
 構成要件1Gは,「前記底面は,冷却流体通路(17)の長手方向壁を形成し,冷却流体通路(17)の他方の長手方向壁は,前記ステータ(3)を支持している前記後部軸受け(4)により形成されている回転電気機械であって」というものである。そして,「前記底面」とは,構成要件1Fの「底面を有する熱放散ブリッジ(16)」との記載によれば,熱放散ブリッジ(16)の底面を指すものと解される。
 したがって,特許請求の範囲の記載によれば,構成要件1Gは,熱放散ブリッジの底面が冷却流体通路の長手方向壁を形成していること,及び,後部軸受けが冷却流体通路の他方の長手方向壁を形成していることを意味するものと解される。一方,これらの壁が,冷却流体通路の長手方向の全長にわたり設けられるものであるかについては,特許請求の範囲の記載からは明らかでない。
イ  本件明細書1の記載
(ア)  前記1⑵のとおり,本件発明1の意義は,熱放散ブリッジに軸方向空気通路を貫設せずに電力電子回路を冷却することにより,電子構成部品の配置に利用可能な空間を十分に確保するという課題を達成するために,熱放散ブリッジの底面を冷却流体通路の一方の壁とする構成を採用したことなどにある。すなわち,本件発明1は,冷却流体が,横方向に吸い込まれて,後部軸受けの中央スロット4b及び4cの方に流れ,熱放散ブリッジの下方で冷却流体通路内を循環し,熱放散ブリッジの底面及び冷却フィンを,それらの全長にわたって掃引した後,後部軸受けの側部スロット4a及び4dを通って排出される構成とすることにより,熱放散ブリッジの上面に搭載された電力電子回路が,冷却フィン及び熱放散ブリッジを介して,伝導によって冷却されるという効果を奏するようにしたものである。 そして,このように構成要件1Gの冷却流体通路が,熱放散ブリッジを冷却するための構成であり,同通路を流れる冷却流体が,熱放散ブリッジの底面をその全長にわたって掃引するものであることからすると,冷却流体通路の長手方向壁のうち,少なくとも熱放散ブリッジの底面により形成される壁は,冷却効率の観点から,冷却流体通路の全長にわたっている必要がある。
(イ)  一方,本件明細書1には,構成要件1Gの冷却流体通路が,同通路の他方の長手方向壁を形成している後部軸受けを冷却するための構成であることは何ら記載されていない。そして,前記1⑵のとおり,本件発明1は,軸方向を流れる冷却流体によって,機械内の冷却流体全体の流量が増加し,オルタネータの内部部品をはるかに良好に冷却することができるという効果を奏するものであることからすると,後部軸受けの冷却は,冷却流体通路を通る空気によってではなく,主に,空間22を通る軸方向空気流により機械内の空気流量全体が増加することによって達成されるものであると認められる。
 そうすると,後部軸受けをもって冷却流体通路の壁を形成する構成とすることは,空気の流れを冷却流体通路に沿わせる目的を持つのみということになるため,必ずしも,冷却通路全体にわたる必要はない。例えば,本件発明1の実施形態において,後部軸受けの中央スロット4b及び4cの直上にある空気は,ファンによって後部軸受け内部に流入し,絶えず側方からの空気と入れ替わるので,その直上の熱放散ブリッジを冷却する空気流を形成することは,【図2】に示される構造から明らかであり,熱放散ブリッジを冷却するという機能に鑑みれば,中央スロット4b及び4cの部分には後部軸受けにより形成される壁はないものの,冷却流体通路に該当するといえる。
(ウ)  以上のとおり,本件明細書1に記載された冷却流体通路の技術的意義に鑑みると,構成要件1Gの冷却流体通路は,熱放散ブリッジの底面により形成される長手方向壁が全長にわたって設けられることを必要とする一方,後部軸受けにより形成される長手方向壁が全長にわたって設けられることは,必ずしも必要ではないと解される。
 また,かかる解釈は,冷却流体通路と冷却フィンとの関係とも整合する。すなわち,本件明細書1には,「この冷却手段は,通路17内に配置されて,選択された通路に冷却流体を流す。」(【0054】)との記載があり,かつ,【図2】によれば,冷却フィンが熱放散ブリッジの底面の半径方向全長にわたって配置され,後部軸受けが対向しない箇所にも存在していることが読み取れるのであるから,熱放散ブリッジと中央スロット4b及び4cとが対向する箇所は,冷却フィンが配置される箇所という観点からも,熱放散ブリッジと後部軸受けとが対向する箇所と同様,通路17の内部といえる。
 加えて,仮に,熱放散ブリッジの底面及び後部軸受けの双方が壁をなしている部分のみが冷却流体通路に該当すると解するならば,冷却流体通路の半径方向外側の端部は,熱放散ブリッジの外周か後部軸受けの外周のうち軸側の部分となるところ,【図2】を参照すると,後部軸受けの外周が保護カバー11に到達しておらず,後部軸受けと保護カバーとの間に隙間が存在することは明らかであるから,冷却流体通路は保護カバーと連通していないと理解される。しかし,本件明細書1には,「本発明によれば,保護カバーは,流体通路17と向き合う位置に開口19を有する。この開口は,通路17の外周と連通している。」(【0049】)として,通路17が保護カバーの開口と連通していることが記載されており,前記理解と整合しない。
ウ  以上のとおり,特許請求の範囲の記載,本件明細書1の記載及び本件発明1における冷却流体通路の技術的意義を総合すれば,冷却流体通路は,熱放散ブリッジの底面が冷却流体通路の全長にわたり長手方向壁を形成していることを要する一方,後部軸受けにより形成される長手方向壁は冷却流体通路の全長にわたる必要はないと解される。 
・・・
⑵  構成要件1Hの意義
 構成要件1Hは,「前記熱放散ブリッジ(16)の底面は,前記流体通路(17)内に配置された複数個の冷却フィン(18)を有すること」というものである。そして,「前記流体通路(17)」とは,構成要件1Gの「冷却流体通路(17)」を指すものと解される。
 したがって,特許請求の範囲の記載によれば,構成要件1Hは,熱放散ブリッジの底面が,冷却流体通路内に配置された複数個の冷却フィンを有することを意味するものである。また,この冷却流体通路は,熱放散ブリッジの底面により形成される長手方向壁を全長にわたって要する一方,後部軸受けにより形成される長手方向壁は必ずしも全長にわたって要するものではないと解されることについては,前記⑴ウのとおりである。
⑶  構成要件1G及び1Hの充足性の有無
ア  被告製品1の構成
(ア)  前記第2の2(構成1g,1h,被告製品写真1及び2)のとおり,被告製品1には,①本件発明1の「熱放散ブリッジ(16)」に相当する熱放散部材の底面に設置されたプレートと対応する部分,②上記プレートと対応せず,上側ベアリングに固定されたC字状部材で覆われた部分,③C字状部材不存在かつプレート非対応部分,④ブリッジ部,⑤プレートと対応しない開口部が存在する。また,本件発明1の「冷却フィン(18)」に相当する被告製品1の冷却フィンは,熱放散部材の底面に複数個設けられ,①及び⑤の部分に配置されている。
(イ)  そして,被告製品1の構成によれば,①ないし⑤の部分は,いずれも,本件発明1の「熱放散ブリッジ(16)」に相当する熱放散部材の底面によって半径方向(長手方向)の壁が形成されており,冷却流体が,半径方向に吸い込まれて,上記⑤の開口部の方に流れ,該空気流により上記壁を形成する熱放散部材の底面を冷却するものであり,少なくとも③及び④の部分は,本件発明1の「後部軸受け(4)」に相当する上側ベアリングによって,他方の壁が形成されているものである。
 したがって,①ないし⑤の部分は,全体として構成要件1Gの「冷却流体通路(17)」に該当する。また,①ないし⑤の部分に存在する複数個の冷却フィンは,構成要件1Hの「前記流体通路(17)内に配置された複数個の冷却フィン(18)」に該当する。
(ウ)  以上のとおり,被告製品1は,本件発明1の「熱放散ブリッジ(16)」に相当する熱放散部材の底面が,本件発明1の「冷却流体通路(17)」に相当する前記①ないし⑤の部分の長手方向壁を形成し,①ないし⑤の部分の他方の長手方向壁は,本件発明1の「後部軸受け(4)」に相当する上側ベアリングにより形成されている回転電気機械であるといえる。よって,構成要件1Gを充足する。 
 また,被告製品1は,本件発明1の「熱放散ブリッジ(16)」に相当する熱放散部材の底面が,本件発明1の「前記流体通路(17)内に配置された複数個の冷却フィン(18)」に相当する,前記①ないし⑤の部分内に配置された複数個の冷却フィンを有するといえるため,構成要件1Hを充足する。 」

【コメント】
 自動車のオルタネーターの特許権(第4392352号 )を巡る,特許権侵害訴訟の事件です。
 
 一審(平成28年(ワ)第13239号,平成29年8月31日判決。東京地裁民事46部,柴田部長の合議体でした。)では,構成要件充足性なし(1Hの充足性なし)として請求棄却だったものです。
 ところが,この控訴審では,構成要件充足性あり(均等論までも行かず),無効の抗弁も功を奏さず,ということで,逆転で請求認容となったものです。
 ですので,なかなか注目すべきものです。
 
 クレームからです。
1A  回転電気機械であって,
 1B  1.半径方向の冷却流体排出スロット(4a)(4d)を有する後部軸受け(4)と,
 1C  2.少なくとも前記後部軸受け(4)によって支持された回転シャフト(2)上に中心が位置して固定されたロータ(1)と,
 1D  3.前記ロータ(1)を取り囲み,回転電気機械の相を構成する巻線を有するアーマチュア巻線(7)を含むステータ(3)と,
 1E  4.前記ステータ(3)相の巻線に接続された電力電子回路(15)と, 
 1F  5.前記電力電子回路(15)を搭載した上面と,上面と反対側で前記後部軸受け(4)の方を向く底面を有する熱放散ブリッジ(16)と,を備えていて,
 1G  前記底面は,冷却流体通路(17)の長手方向壁を形成し,冷却流体通路(17)の他方の長手方向壁は,前記ステータ(3)を支持している前記後部軸受け(4)により形成されている回転電気機械であって,
 1H  イ.前記熱放散ブリッジ(16)の底面は,前記流体通路(17)内に配置された複数個の冷却フィン(18)を有すること,
 1I  ロ.前記熱放散ブリッジ(16)は,少なくとも2個の固定スタッド(21)によって後部軸受け(4)に固定されていること, 
 1J  ハ.前記熱放散ブリッジ(16)に固定された複数個の冷却フィン(18)の全ての軸方向端部は,後部軸受け(4)から所定の間隔を置いた位置にあること,を特徴とする
 1K  回転電気機械。
 1L  前記ロータ(3)の回転シャフト(2)と熱放散ブリッジ(16)の間に,軸方向流体通路を形成する少なくとも1つの空間が設けられていることを特徴とする
」 

 と言っても,これはメカ系の発明ですので,これだけじゃよくわかりません。
 明細書の図です。
 

 これで見るといいかもしれません。
 クレームのポイントは,1Gと1Hの「冷却流体通路(17)」です。上記の図2にも図示されています。 
 
 自動車の電装部品の技術に明るい人ならすぐにわかると思うのですが,オルタネーターというのは,自動車の発電機なわけです。プラグの火花やガソリンを組み上げるポンプや燃料噴射装置に必要なわけです。
 
 で,エンジンからの動力で回転シャフト2を回すわけですが,そのとき,高回転とエンジンの熱気で,凄い温度になってしまいます。機械部品だけならそれでもある程度はいいのでしょうけど,コレ自体が電装部品です。
 この発明で, 15  電力電子回路、電力電子装置の部分がソレなのですけど,あまり温度が上がりすぎるとこれが壊れてしまいます。ですので,空冷式で効率よく空気を流す必要があるのです。
 
 ですが,冷却自体に重きを置き,空気穴ばかりにすると,今度は,15  電力電子回路、電力電子装置を置くスペースが無くなってしまいます。
 なので,この発明は,半径方向の空気の流れ17と回転シャフト方向の空気の流れ22を併用したところにポイントがあるようです。
 
 次に,イ号です。
 
  オルタネーターをパカっと開けた写真のようです。
 
 上の写真1が,クレームの「後部軸受け(4)」に該当する,上記の図でいうと下の方にくる部品のようです。
 他方,下の写真2が,クレームの「 熱放散ブリッジ(16)」に該当する,上記の図でいうと上の方にくる部品のようです。
 
 で,一審は何故構成要件充足性なしとしたか,それは1Gのクレーム解釈とあてはめによります。 
 
 まず,クレーム解釈で,「そして,前記⑵において説示した本件発明1の意義に照らすと横方向の冷却流体通路を形成する後部軸受け側は壁面であれば足りると解される。
  上記に照らすと,本件発明1における「後部軸受け」は,これに固定された部材が存在する構成を含むものと解するのが相当である。
」としました。
 
 つまり,写真1側も現に壁面になっていないと,「長手方向壁」に当たらないと解釈したわけです。
 
 そうすると,どうなるかというと, 「 被告製品は,「後部軸受け(4)」に相当する上側ベアリングの外表部につき,前記前提事実⑷(構成1g,被告製品写真1及び2)のとおり①「熱放散ブリッジ(16)」に相当する熱放散部材の底面に設置されたプレートと対応する部分,②上記プレートと対応せず,上側ベアリングに固定されたC字状部材で覆われた部分,③C字状部材不存在かつプレート非対応部分,④ブリッジ部,⑤プレートと対応しない開口部がある。・・・ 
 他方,上記⑤の部分は,開口部である以上,上側ベアリングの構成部材によって長手方向壁を形成しているといえず,前記⑵に照らし,「冷却流体通路(17)」といえる部分ではない。」  

 と判断したわけです。写真1を見てください。そこには開口部があります。ここは,実は,冷却フィンが対向する部分でもあるのですけどね。

 兎も角,そこは「冷却流体通路(17)」ではないと判断したわけです。
 
 その結果1Hのあてはめでは, 「そうすると,「冷却フィン(18)」は,「熱放散ブリッジ(16)」に形成されて「冷却流体通路(17)」に配置される必要があると解される。
・・・
 上記「冷却フィン(18)」に相当する被告製品の冷却フィンは,前記前提事実⑷(構成1h,被告製品写真1及び2)のとおり,「熱放散ブリッジ(16)」に相当する熱放散部材に形成され,上側ベアリングの開口部に対応した部分に配置されている。しかし,被告製品の上側ベアリングの開口部は,前記3⑷のとおり,「冷却流体通路(17)」に当たらない。
 したがって,被告製品の冷却フィンは構成要件1Hの「前記流体通路(17)内に配置された」を充足しない。
 と判断されたわけです。
 
 分かりますかね。フィンは「冷却流体通路17」内にないといけない,でも,被告製品ではそこは冷却流体通路じゃない!だから構成要件充足性がない!と判断したのです。
 

 他方,控訴審は上記のとおりです。
 まず,写真1側が,必ず壁面になっていないと「長手方向壁」に当たらないわけではないと解釈したのです。
 だって,図2とか見てみなさい, 4bとか4cとか穴が空いているじゃないの,だから,開口や穴があるのは想定内なのですよ,と解釈したわけです(これに対して,写真2側は必ず壁面になっていないといけない,と判断してますね。)。
 ここが一審との大きな違いです。結論の違いはここが原因です。
 
 つぎに,そうすると,そこも「冷却流体通路17」内なんだから,被告製品もそこにフィンが来ている以上,構成要件充足性はある!という結論になったのですね。
 
 個人的には,これは一審の結論も,控訴審の結論も,両方あり得る所で,どっちがどうだなど言えない感じがします。
 通路というと,普通は開口のないものを想像します。だけど,一歩踏み込み,具体的に考えると,例えば,マンションなどで入り口のドアや吹き抜けがあったりしても,通路は通路ですからね・・・。
 
 なかなか難しい所です。しかし,こういう180°違った結論だと,予測可能性が皆無ですので,原告側被告側にとっても,計算ずくの戦略が取れず困ったものとは言えます。