2018年4月18日水曜日

審決取消訴訟 特許   平成28(行ケ)10182等  知財高裁 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年4月13日
裁判所名
 知的財産高等裁判所特別部                        
裁判長裁判官    清 水   節
 裁判官            髙   部   眞 規 子                                 
 裁判官             森   義 之                                 
 裁判官             鶴 岡 稔 彦                                 
 裁判官             森 岡 礼 子  

「 1  本案前の抗弁について
  (1)ア  本件審判請求が行われたのは平成27年3月31日であるから,審判請求に関しては同日当時の特許法(平成26年法律第36号による改正前の特許法)が適用されるところ,当時の特許法123条2項は,「特許無効審判は,何人も請求することができる(以下略)」として,利害関係の存否にかかわらず,特許無効審判請求をすることができる旨を規定していた(なお,冒認や共同出願違反に関しては別個の定めが置かれているが,本件には関係しないので,触れないこととする。この点は,以下の判断においても同様である。)。
 このような規定が置かれた趣旨は,特許権が独占権であり,何人に対しても特許権者の許諾なく特許権に係る技術を使用することを禁ずるものであるところから,誤って登録された特許を無効にすることは,全ての人の利益となる公益的な行為であるという性格を有することに鑑み,その請求権者を,当該特許を無効にすることについて私的な利害関係を有している者に限定せず,広く一般人に広げたところにあると解される。
 そして,特許無効審判請求は,当該特許権の存続期間満了後も行うことができるのであるから(特許法123条3項),特許権の存続期間が満了したからといって,特許無効審判請求を行う利益,したがって,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益が消滅するものではないことも明らかである。
イ  被告は,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する特許権の存続期間満了後の取消しの訴えについて,東京高裁平成2年12月26日判決を引用して,訴えの利益が認められるのは当該特許権の存在による審判請求人の法的不利益が具体的なものとして存在すると評価できる場合のみに限られる旨主張する。
 しかし,特許権消滅後に特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益が認められる場合が,特許権の存続期間が経過したとしても,特許権者と審判請求人との間に,当該特許の有効か無効かが前提問題となる損害賠償請求等の紛争が生じていたり,今後そのような紛争に発展する原因となる可能性がある事実関係があることが認められ,当該特許権の存在による審判請求人の法的不利益が具体的なものとして存在すると評価できる場合のみに限られるとすると,訴えの利益は,職権調査事項であることから,裁判所は,特許権消滅後,当該特許の有効・無効が前提問題となる紛争やそのような紛争に発展する可能性の事実関係の有無を調査・判断しなければならない。そして,そのためには,裁判所は,当事者に対して,例えば,自己の製造した製品が特定の特許の侵害品であるか否かにつき,現に紛争が生じていることや,今後そのような紛争に発展する原因となる可能性がある事実関係が存在すること等を主張することを求めることとなるが,このような主張には,自己の製造した製品が当該特許発明の実施品であると評価され得る可能性がある構成を有していること等,自己に不利益になる可能性がある事実の主張が含まれ得る。
 このような事実の主張を当事者に強いる結果となるのは,相当ではない。
ウ  もっとも,特許権の存続期間が満了し,かつ,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存する場合,例えば,特許権の存続期間が満了してから既に20年が経過した場合等には,もはや当該特許権の存在によって不利益を受けるおそれがある者が全くいなくなったことになるから,特許を無効にすることは意味がないものというべきである。
 したがって,このような場合には,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益も失われるものと解される。
エ  以上によると,平成26年法律第36号による改正前の特許法の下において,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は,特許権消滅後であっても,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失われることはない。
オ  以上を踏まえて本件を検討してみると,本件において上記のような特段の事情が存するとは認められないから,本件訴訟の訴えの利益は失われていない。
 
(2)  なお,平成26年法律第36号による改正によって,特許無効審判は,「利害関係人」のみが行うことができるものとされ,代わりに,「何人も」行うことができるところの特許異議申立制度が導入されたことにより,現在においては,特許無効審判請求をすることができるのは,特許を無効にすることについて私的な利害関係を有する者のみに限定されたものと解さざるを得ない。 
 しかし,特許権侵害を問題にされる可能性が少しでも残っている限り,そのような問題を提起されるおそれのある者は,当該特許を無効にすることについて私的な利害関係を有し,特許無効審判請求を行う利益(したがって,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益)を有することは明らかであるから,訴えの利益が消滅したというためには,客観的に見て,原告に対し特許権侵害を問題にされる可能性が全くなくなったと認められることが必要であり,特許権の存続期間が満了し,かつ,特許権の存続期間中にされた行為について,原告に対し,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存することが必要であると解すべきである。 」
 
【コメント】
 知財高裁の特別部,いわゆる大合議の事件の判決です。
 
 薬の特許で,「ピリミジン誘導体」とする発明(特許第2648897号)について,複数の請求人が無効審判を提起したところ,請求不成立となり,それに不服の請求人らが審決取消訴訟を提起した事件です。

 時系列だと以下のとおりです。
 
 平成4年5月28日  出願
 平成9年5月16日 設定登録
  平成27年3月31日  本件の無効審判請求(進歩性欠如とサポート要件違反)
 平成28年7月14日  本件の審決(不成立審決)送達
  平成28年8月8日   本件の出訴
 平成29年5月28日  本件の特許お陀仏(延長登録あり)
 平成30年4月13日  本件の判決
 
 つまり,出訴中に,特許がエクスパイアしてしまったわけです。 
 ですので,被告,つまり特許権者はこう主張したのです。

第3  被告の本案前の抗弁
  1  東京高裁平成2年12月26日判決(平成2年(行ケ)第77号無体財産権関係民事・行政裁判例集22巻3号864頁)は,「本件訴えは,原告が請求した,本件特許を無効とすることについての審判請求は成り立たない旨の本件審決の取消しを求めるものであるから,特許法第178条第2項の規定により,原告が当事者適格を有することは明らかである。しかし,そのことから当然に原告が本件訴えについて,訴えの利益があるということはできない。即ち,原告の請求に係る本件特許無効審判請求は成り立たないとした本件審決は,形式的には原告に不利益な行政処分ではあるが,審決取消訴訟の訴訟要件としての訴えの利益は右のような形式的な不利益の存在では足りず,本件審決が確定することによりその法律上の効果として,原告が実質的な法的不利益を受け,又はそれを受けるおそれがあり,そのため本件審決の取消しによって回復される実質的な法的利益があることを要するものである。したがって,特許権の存続期間中であれば,無効とされるべき特許発明が,特許され保護を受けることによって不利益を被るおそれがあるとして当該特許を無効とすることにつき,審判請求は成立しないとした審決の取消しを求める訴えの利益が認められる者であっても,当該特許の有効か無効かが前提問題となる紛争が生じたこともなく,今後そのような紛争に発展する原因となる可能性のある事実関係もなく,特許権の存在による法的不利益が現実にも,潜在的にも具体化しないままに,当該特許権の存続期間が終了した場合等には,当該特許の無効審判請求は成立しないとした審決の取消しを求める訴えの利益はないとされるというべきである。」と判示している。
2  本件特許権は,平成29年5月28日の経過をもって,既に消滅している(乙76)。
 原告らは,本件特許権存続期間中に,本件特許権の実施行為に相当する行為を行っておらず,被告は損害賠償請求権,告訴権等を有していないことは明らかであるから,原告らの訴えの利益は既に消滅しており,本件訴えは,却下すべきである。 
3(1)  特許権の有効期間中,禁止権の効力を受けていたことは,審決を取り消しても回復できるものではない。
 審決取消訴訟は,行政事件訴訟の一種であり,行政事件訴訟法上,期間の経過により,処分を取り消すことによって何らの法的利益もない場合,訴えの利益がないとするのは判例,通説である。
  (2)  特許法123条3項は,特許権の消滅により,直ちに訴えの利益が失われることがない旨を確認した規定にとどまり,訴えの利益がない場合であっても無効審判,審決取消訴訟を追行できるとする規定ではない。

 つまり,先例,判例(東京高裁平成2年12月26日判決)がある,エクスパイアした特許の有効・無効に関する審決取消訴訟というのは,訴えの利益がない!のだ!というわけです。要するに,もうエクスパイアしたんだから,どうでもよくね?ってわけですね。
 
 訴えの利益というのは,難しい定義ですが,審判対象である特定の請求について,本案判決をすることが,特定の紛争解決にとって必要かつ有効,適切であることをいう,というものです。
 つまり,裁判所で判決をすることで,その紛争が終局的に解決できるか否か?というものです。
 
 例えば,私の発明はノーベル賞級のものだ,だから,ノーベル賞が付与されないのが,おかしい!ということで,ノーベル財団か何かをとち狂った教授が訴えた所で,この争いが解決できますかねえ~できません。
 
 特許の場合,よくあるのが,差止請求権不存在確認訴訟を本訴提起して,これに応じて特許権者側が,反訴で通常の特許権侵害訴訟を提起すると,先に本訴提起した不存在確認訴訟は,訴えの利益なし!ということで,却下になります。
 
 この場合,不存在確認訴訟の判決を出すのではなく,特許権侵害訴訟の判決を出せばそれで終わりですので,紛争解決に不要な不存在確認訴訟の方については,却下ですね。
 勘違いしてほしくないのは,このとき,特許権者が面倒臭がって,反訴で特許権侵害訴訟を提起しない場合は,不存在確認訴訟の方は,却下にならない!ということです。 
 
 こういう風に具体的に考えると,訴えの利益というのがどういうものか多少分かるのではないでしょうか。
 
 さて,本件でも,被告の方は,上記のとおり,主張したのですけど,・・・・まあいやでもしかし・・・という感じですけどね。
 
 これに対しては,原告の方は,こう反論しています。 

第4  本案前の抗弁に対する原告らの主張
  特許権の存続期間が満了した場合であっても,無効審判請求ができることは条文上明らかであり,本件のような薬剤に関する発明について,競業する製薬会社間にその特許の有効性に関して争いがある場合,東京高裁平成2年12月26日判決の事案のように,自らが特許の存続期間中に実施し得たという現実的・具体的な可能性がないに等しいコンサルタント業者が特許の有効性について争う場合とは,事案が異なる。
 原告らは,本件特許権の存続期間中,本件特許権の侵害行為と評価されるような実施行為は行っておらず,その意味において,被告が原告らに対して損害賠償請求権や告訴権等本件特許権の侵害を前提とする各種責任追及に関する法的権利を現時点において有していないことは争わないが,本件特許の禁止権の効力を現実的・具体的に受けていたものであり,しかも,その特許の成立に影響を与えたデータについても疑義があるという事案であるから,その特許の有効性に関する審決の取消訴訟において司法判断を受けられるのは当然である。

 どう考えてもこっちの方に理があるという感じがします。
 
 判決も。エクスパイアしたからちゅうて,「損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が」あるじゃろ~だから訴えの利益はあるのじゃ!としたのですね。
 まあ当然という気がします。
 
 知財高裁のサイトには,本件の論点について,
◯平成26年法律第36号による改正前の特許法の下において,特許無効審判請求 を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は,特許権消滅後であっても,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失われることはない。
 〇 引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」(特許法29条1 項3号) であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできない 。
とあり,これらが大合議に付した理由のようです。

 ですが,後段の引用発明の認定については,大合議でやること?と思いますし,前段の訴えの利益も実に弱い感じがします。
 合わせ技一本で大合議と判断したのかもしれませんが,これは合わせても,有効程度だと思いますね。