2018年5月7日月曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ワ)21684  東京地裁 請求棄却


事件番号
事件名
裁判年月日
 平成30年4月20日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第40部    
裁判長裁判官 佐      藤      達      文    
裁判官                                                遠      山      敦      士  
裁判官勝又来未子は,転補のため,署名押印することができない。    
 裁判長裁判官                                        佐      藤      達      文 
 
「(1) 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならないとしており,いわゆるサポート要件を規定している。
    特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである(知的財産高裁平成17年11月11日判決・判例タイムズ1192号164頁参照)。
(2) これを本件発明についてみると,本件特許の特許請求の範囲の記載は前記第2の2(2)記載のとおりである。本件発明の意義は,前記1(2)のとおり,アルミニウム缶にワインをパッケージングしようとすると保存中にその品質が劣化するという課題を解決するため,①「35ppm未満の遊離SO 2 と, 300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェートとを有する」ワインを製造し,②「アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体」を使用し,③「缶内の圧力が最小25psiとなるように,前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングする」などの方法により,上記課題を解決し,ワインの品質が保存中に  著しく劣化しないという効果を実現しようとするものであると認められる。
    なお,本件特許の請求項3は「前記ワインがさらに,250ppm未満の総二酸化硫黄レベルを有する」こと,請求項4は「前記ワインがさらに,100ppm未満の総二酸化硫黄レベルを有する」こと,請求項5は「前記ワインがさらに,30ppm未満の総ニトレートと,900ppm未満の総ホ  スフェートと,6g/リットル~9g/リットルの範囲の酒石酸として算出された酸性度とを有する」こと,請求項8は「クロージャーによるシーリン
グ後の頭隙が,80~97%v/vの窒素と,2~20%v/vの二酸化炭素との組成を有する」こと,請求項9は「シーリング後の前記頭隙は大部分が二酸化炭素になる」ことを発明特定事項としているが,請求項1にはその ような特定はされていないので,そのような特定をすることなく本件発明に係る効果を奏することが前提とされていると考えられる
(3) 本件発明に係る特許請求の範囲の記載のうち,特にワインの品質の劣化に関連すると考えられる上記(2)①,②について,対応する発明の詳細な説明の記載を検討する。 
  ア  上記(2)①(遊離SO 2 ,塩化物及びスルフェートの濃度)について
  上記(2)①(構成要件B)は,「35ppm未満の遊離SO 2 と,300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェート」を有するワインを製造するというものであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,上記の構成に関し,「上述のようにして製造されたワインは,35ppm未満の遊離二酸化硫黄レベルと,250ppm未満の総二酸化硫黄レベルとを有する。酸,塩化物,ニトレート及びスルフェートを形成することができる陰イオンレベルは,規定の最大値未満である。」(段落【0032】)との記載が存在するにすぎない。このように,本件明細書の発明の詳細な説明には,ワインの品質に影響を与える成分の中から「遊離SO₂」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度範囲を特定することの技術 的な意義,本件発明の効果との関係,濃度の数値範囲の意義についての記載は見当たらない。
      次に,上記構成により本件発明の効果を実現できることが技術常識であったかどうかについて検討するに,まず,「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」のうち,「遊離SO 2 」については,金属腐食性の強い物 質であり,その含有量が低いほど金属缶入りワインの耐食性が向上することは当業者に周知の事項であるということができる(甲39,40,乙29)。
      しかし,「塩化物」及び「スルフェート」については,アルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす因子であることは技術常識であったとして も,一方では,乙29文献の表2に,硫酸及び塩酸が「化学的/物理的安定性」については正の影響を与えることが示されているのであるから,ワインの品質の保持のためには,その濃度を高くすることも考え得るのであって,本件特許の出願日当時,本件発明の効果を実現するためにその濃度を低くすることが当然であるとの技術常識が存在したということはでき ない。
  また,乙29文献の表2及び3によれば,ワインをパッケージングしたアルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす成分等は他に複数あるものと認められるところ(例えば,リンゴ酸,クエン酸,炭酸ガス,酸素,銅イオン,亜鉛イオンなど),その中で「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」の各成分の濃度を特定すれば,他の成分の濃度等を特定することなく本件発明の効果を実現できることが技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。むしろ,当業者であれば,「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」以外の様々な成分等もアルミニウム缶にパッケージングされたワインの品質に影響を及ぼすと考えるのが通常であるということができる。  
      そうすると,「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度のうち,特に「塩化物」及び「スルフェート」の濃度に係る構成については,その濃度範囲を特定することの技術的な意義,本件発明の効果との関係,濃度の数値範囲の意義についての記載がないと,当業者は,特許請求の範囲に記載された構成により本件発明の課題を解決し得ると認識することができないというべきところ,本件明細書にはそのような記載がないことは前記判示のとおりである。
  イ  上記(2)②(耐食コーティング)について
    上記(2)②の「アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされている」ことに関し,本件明細書の発明の詳細な説明には,「この缶 のライニングも同様であり,典型的には,ホルムアルデヒドを基剤とする架橋剤と組み合わされたエポキシ樹脂である。…。典型的には,175mg/375ml缶が,適切な膜厚をもたらすことが判った。…良好に架橋された不透過性膜によって,保存中に過度のレベルのアルミニウムがワイン中に溶解しないことを保証することが重要である。」(段落【0034】) と記載されている。同記載によれば,本件発明の「耐食コーティング」は,アルミニウム缶の内面に架橋剤及び熱硬化性の合成樹脂を含む液体状組成物をコーティングしてこれを熱硬化させて膜を形成するタイプに限られず,平板状のアルミニウムの板に腐食防止性を有するフィルムをラミネートした後,このフィルム付きの平板状のアルミニウムの板を缶に加工するというタイプも含むと解するのが相当である。 
    ところで,耐食コーティングに用いる材料の種類や成分の違いにより,缶内の飲料に与える影響に大きな差があることは,本件特許の出願日当時,当業者に周知であるということができる(乙34~36)。例えば,特開平7-232737号公開特許公報(乙36)には,「エポキシ系樹脂組成物を被覆した場合,ワイン系飲料に含まれる亜硫酸ガス(SO 2 )をはじめとするガスに対するガスバリヤー性が劣っており,かつフレーバー成分の収着性が高い。例えば,ワイン系飲料等を充填した場合,含有する亜硫酸ガス(SO 2 )が塗膜を通過して下地の金属面を腐食する虞があり,場合によっては内容物が漏洩することもある。この亜硫酸ガスは下地の金属と反応して硫化水素(H 2 S)を発生させるが,この硫化水素(H 2 S)は悪臭の主要因となるばかりでなく,飲料の品質保持のため必要な亜硫酸ガス(SO 2 )を消費するため飲料の品質を劣化させフレーバーを損なうこととなる。また,この樹脂組成物は飲料中のフレーバーを特徴付ける成分を収着しやすく,飲料用金属容器の内面に被覆するには官能的に充分満足のできるものではない。」(段落【0004】),「一方,ビニル系樹脂組成物を被覆 した場合,…エポキシ系樹脂組成物と同様に亜硫酸ガス(SO 2 )等に対するガスバリヤー性に乏しく,やはり腐食や漏洩の危険性及び官能的な問題がある。」(段落【0005】)との記載がある。これによれば,耐食コーティングに用いる材料や成分が,ワイン中の成分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼすことは,本件特許の出願日当時の技術常識であったということができる。
 上記のとおり,耐食コーティングに用いる材料の成分が,ワイン中の成分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼし得ることに照らすと,本件明細書に記載された「エポキシ樹脂」以外の組成の耐食コーティングについても本件発明の効果を実現できることを具体例等に基づいて当業者が認識し得るように記載することを要するというべきである。 
    この点,原告は,本件発明の課題は,ワイン中の遊離SO 2 ,塩化物及びスルフェートの含有量を所定値以下にすることにより達成されるのであり,耐食コーティングの種類によりその効果は左右されない旨主張する。しかし,塗膜組成物の組成を変えることにより塗膜の物性が大きく変動し,缶内の飲料に大きな影響を及ぼすことは周知であり(乙34の第1表,乙 35の第2,3表等),ワイン中の遊離SO 2 ,塩化物及びスルフェートの含有量を所定値以下にすれば,コーティングの種類にかかわらず同様の効果を奏すると認めるに足りる証拠はない
    (4) 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,具体例の開示がなくとも当業者が本件発明の課題が解決できると認識するに十分な記載があるということはできない。そこで,本件明細書に記載された具体例(試験)により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得たかについて,以下検討する。
      ア  本件明細書には,「パッケージングされたワインを,周囲条件下で6ヶ月間,30℃で6ヶ月間保存する。50%の缶を直立状態で,50%の缶 20 を倒立状態で保存する。」(段落【0038】)との方法で試験が行われた旨の記載がある。しかし,本件明細書には,当該「パッケージングされたワイン」の「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度,その他の成分の濃度,耐食コーティングに用いる材料や成分等については何ら記載がなく,その記載からは,当該「パッケージングされたワイン」が 本件発明に係るワインであることも確認できない。 
 イ  また,本件明細書には,試験方法について,「製品を2ヶ月の間隔を置いて,Al,pH,°ブリックス(Brix),頭隙酸素及び缶の目視検査に関してチェックする。…目視検査は,ラッカー状態,ラッカーの汚染,シーム状態を含む。…官能試験は,味覚パネルによる認識客観システムを用いる。」(段落【0039】)との記載がある。「頭隙酸素」については, 乙29文献(4頁下から2行~末行)に「ヘッドスペースの酸素は,アルミニウムの放出に関して非常に重大である」との記載があるとおり,ワインの品質に大きな影響を与え得る因子であり,「官能試験」はワインの味質の検査であるから,いずれもその方法や結果は効果の有無を認識する上で重要である。しかし,本件明細書には,「頭隙酸素」のチェック結果や 「目視検査」の結果についての記載はなく,「官能試験」についても「味覚パネルによる認識客観システム」についての説明や試験結果についての記載は存在しない
ウ  さらに,本件発明に係る特許請求の範囲はワイン中の三つの成分を特定した上でその濃度の範囲を規定するものであるから,比較試験を行わない と本件発明に係る方法により所望の効果が生じることが確認できないが,本件明細書の発明の詳細な説明には比較試験についての記載は存在しない。このため,当業者は,本件発明で特定されている「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」以外の成分や条件を同程度としつつ,「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度を特許請求の範囲に記載  された数値の範囲外とした場合には所望の効果を得ることができないかどうかを認識することができない
    加えて,耐食コーティングについては,試験で用いられたものが本件明細書に記載されている「エポキシ樹脂」かどうかも明らかではなく,まして,エポキシ樹脂以外の材料や成分においても同様の効果を奏することを具体的に示す試験結果は開示されていない。
エ  以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「試験」は,ワインの組成や耐食コーティングの種類や成分など,基本的な数値,条件等が開示されていないなど不十分のものであり,比較試験に関する記載も一切存在しない。また,当該試験の結果,所定の効果が得られるとしても,それが本件発明に係る「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」の 濃度によるのか,それ以外の成分の影響によるのか,耐食コーティングの成分の影響によるのかなどの点について,当業者が認識することはできない。  
    そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載された「試験」に関する記載は,本件発明の課題を解決できると認識するに足り る具体性,客観性を有するものではなく,その記載を参酌したとしても,当業者は本件発明の課題を解決できるとは認識し得ないというべきである。 」

【コメント】
 「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」を発明の名称とする特許権(特許第3668240号 )の特許権侵害訴訟の事件です。

 特段ありふれたものではありますが,今回記載要件不備(サポート要件違反,実施可能要件違反)の無効の抗弁成立という,実に珍しくものでしたので取り上げました。

 クレームからです。
A  アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって,該方法が:
B´アルミニウム缶内にパッケージングする対象とするワインとして,35ppm未満の遊離SO 2 と,300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを意図して製造するステップと;
C  アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体に,前記ワインを充填し,缶内の圧力が最小25psiとなるように,前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップと
D  を含む,アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法。

 ポイントは,構成要件Bで,そこに3つの構成物があり,それぞれ数値限定されているということです。
 ですので,これらの構成物だけで,当然効果を奏するものでないといけません。そして,そのことがきちんと明細書に書かれていないといけないわけです(勿論,書かずとも分かる自明なものならばよいのですが。)。

 ところが,この明細書,そう書かれていなかったのです(判旨注目)。
 
 このブログで記載要件不備で権利行使不能の事件を紹介したのは,去年の12月以来ですから約半年ぶりです。そのときの事件は,若干厳しいなあと感じるものでした。ですので,裁判官が変わると結論も変わりそうな感じもありました。

 ところが,この事件は,そりゃ無理でしょ,と誰しも思うものです。むしろ,どうしてこれで特許庁がOK(特許査定)を出したのか非常に不思議な事件と言ってよいと思います。
 原告の代理人を見ると,特許出願の事務所がそのまま代理をしたようですが,どちらにせよ老舗の大きな特許事務所です。
 
 それがこの程度の明細書しか書けないというのでは・・・いやはや,ですね。